第8話 魂は呪いのゆりかごに・1
落とし穴に落ちかけて、先客の骸骨とご対面し損ねたり。
降ってきたトゲ付き吊り天井から逃がす為にアランに突き飛ばされ、顔面からスライディングしたり。
何故か落ちていた果物の皮を思いっきり踏んですっ転んだり。
とにかく、リーファの災難は続いた。
そんな中、幻覚作用のあるキノコの胞子をモロに食らって、ムチとろうそくを携えたアランのそっくりさん十人に笑顔で追いかけられる幻覚が発症。
悲鳴を上げながら全力で逃げ回った結果、道中後半の罠という罠をことごとく回避出来たのは、奇跡と言えるのかもしれない。
◇◇◇
傾斜のきつい細道を抜けると、唐突に視界が開けた。
「わあ…!」
幻想的な広場の光景に、リーファはしばし見惚れた。
ラッフレナンド城の庭園位の広さはあるだろうか。むき出しの岩肌に入り混じって、至るところにクリスタルの結晶が顔を出していた。
松明をかざすとクリスタルが色めき、周囲のクリスタルに光が反射して広場が一斉に華やぐ。
「このクリスタルは儀式の為の仕掛けの一つ。不用意に触れない事だ」
「は、はい」
アランに脅され、リーファは緩んだ顔を引き締めて奥へと向けた。
広場中央へ続く道だけ、レンガの道で舗装されている。
道なりに進むと、階段を上がったその先にガラスのように透き通った幅広の剣が突き立っていた。
剣、と言っても実戦向けの武器ではないようで、柄の部分が異様に大きく、握りの部分に何かを入れるような構造になっている。
(…燭台…かな…?)
杖を見やると、ラベンダー色に染まった結晶球が強く明滅を繰り返している。呪術の本体がすぐ側にあるらしい。
影響はないだろうが、呪術の本体に接触しないようリーファは階段の手前で足を止めた。後ろにいたアランも、真横で立ち止まる。
「儀式は、どのように?」
「中央に剣を模したクリスタルの燭台があるだろう。
油を差し火を灯せば、燭台と周囲のクリスタルが反射して祠の外に光が漏れる。
外の人間がそれを確認出来れば儀式は完了だ。
その為、普通儀式は夜行う」
リーファは再び、周りにあるクリスタルを見やる。燭台の小さな火の光が、あの長い道中を抜けて外まで出て行くとなると、かなり大掛かりな仕掛けだ。
(燭台か、土台か…)
呪術がかかっている場所の当たりをつけつつ、念の為リーファは訊ねてみた。
「あの燭台だけに呪術が付与されてるとして…。
燭台だけ交換、という訳にはいかないんでしょうか?」
「…あれは地面に張り付いているから抜く事は出来ん。
緻密な計算の上で光が漏れるよう細工されてるから再設置も不可能だ。
廃れた技術だから、似た物を作り直す事も難しいだろう」
「うう、壊すのが一番手っ取り早いんですけどねえ」
「壊したら一生強制労働だぞ。毎日私の為に奉仕するのだ。
無論口答えはしない、どんな要求も喜んで受け入れる。身も心も私の為だけに捧げるのだ。
…ああ、いい事尽くめではないか。壊してくれても構わんぞ」
爽やかで素敵な笑顔を向けてくるアランを見上げ、リーファはげんなりした。
「なんか、壊しても壊さなくても、私の身の振りはさほど変わらない気がしますね…?
…まあ、土台に展開されているかもしれませんし、サイスで解呪してみましょう。
陛下、体を預かってもらっていいですか?」
「ふん、貸しは高くつくぞ」
「解呪でチャラにして下さい。おつりが欲しいくらいですよ」
リーファは松明と杖を地面に置き、人間の肉体の内からグリムリーパーを出す。糸が切れた人形のように倒れたリーファの体を、アランは渋々抱き上げた。
グリムリーパーのリーファは地面よりほんの少し宙に浮いて、階段上の燭台に近づいていく。
手の内に力を込め、集まってくる光の粒子で身の丈ほどの大きさのサイスを形作る。
サイスの出現に反応するように、燭台を中心に青い光の筋が走り、地面に複雑な模様の魔術陣が展開される。思ったよりも規模が大きく、魔術陣は階段の手前まで広がっていった。
(土台いっぱいまで呪術を形成したのね…)
魔術陣の外周には、呪術言語で呪術の内容が書かれていた。あまり得意ではないが、呪術言語からおおよその意味を推測する。
(”歓迎”、”否定”、”哀れな”、”小さな王”、”生命”、”否定”、”与える”…。
”歓迎されない王の血族は、生命が与えられない”………そんな所かな…)
魔術陣の内側にも文字が書かれていた。こちらは呪術言語ではない。ラッフレナンドの公用語だ。
(”この子と同じ子が二度と生まれませんように”…)
呪術に影響するような強力なものではなさそうだが、製作者である魔女の心からの願いにも見える。
(王から最も寵愛された女性との間の子供が、”歓迎されない”…)
心の中で何かが引っかかる。王家を恨んでの凶行かと思ったが、どこか違うような気がする。
「おい、何をしている」
階段下からアランが急き立てる。
「あ、す、すみません。呪術の内容を確認していて…」
「呪いが解ければ内容などどうでもいい。早くしろ」
アランの言はもっともだった。
彼は王としての時間を割いてここに来ているのだ。リーファの好奇心に付き合わす訳にはいかない。
「…そう、ですね───ん?」
魔術陣の中心に向き直り、リーファは燭台の火を灯す部分に釘付けになった。
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