第6話 呪いの定義・解析・推測

 十分ほどして、アランとヘルムートは側女の部屋に戻ってきた。

 ヘルムートはにこにこしていたが口元が引きつっており、アランはいつもの不機嫌な顔に戻っていた。


「”汝は雫、想い願い恨み痛みの欠片、溜まり澱みて、瓶に沈む雨水の如く、その欠片を形に変え、光に照らされ形を成せ───”」


 リーファは呪文を唱えながら、首を垂れてふたりをソファに招いた。二の腕ほどの長さの杖に、赤い宝石のついた装飾具をくくりつける。


「”見るがいい、我は鏡、我は器、我は移し身、汝の欠片をこの身に貯める者なり───”」


 杖の先には透明な結晶球が備わっている。リーファがナイフで指を浅く切り、こぼれた血で宝石と結晶球に文字を綴る。


「”姿無きものよ、思と念の具象の欠片よ、応えよ、汝の姿を我が身に宿し、白日の下に晒せ”」


 詠唱の終了と同時に、宝石と結晶両方に淡い光が溢れた。

 リーファはちょっと誇らしげに鼻息を荒くする。初めて作ったにしては上出来だ。


「これでよし」


 アランはソファに腰掛けながら、赤い装飾具に目をくれる。


「そのペンダントは…」

「この間陛下に買って頂いた発動体です。こんな風に使うんですよ。

 呪い解析用に使っちゃったので、また買って来ないといけませんね」

「また次のゲームを考えねばな」

「今度はルール守って下さいよ?」

「私がルールだが?」

「はいはい。で、その杖をどうするんだい?」


 ヘルムートに促され、リーファは装飾具を指差した。


「これで呪いの種類を調べます。種類によって解呪の方法を考えます。

 この装飾具をこんな風に頭に当てるんですけど、そうすると結晶体に色が…」


 言いながらリーファの頭に装飾具を当てると、結晶が墨汁をこぼしたように真っ黒に染まる。


 アランとヘルムートが不思議そうに杖を見ている事に気がついて、リーファは杖を降ろして結晶体の色を見る。

 口に手を当てて、リーファは怪訝な顔をした。


「あれー…?」

「お前も呪い持ちか」

「そんなはずは………あ、ああ、そっか…」

「何?」


 結晶体の色が、元の澄み切った透明に戻っていく。杖を置き、呪いの判別書をめくりながら、リーファは説明した。


「グリムリーパーにも魂を縛る制約があるんです。呪いみたいなものですね」

「…それって聞いてもいいのかな?」


 少しだけ気まずそうに訊ねてくるヘルムートに、リーファは表情を緩めて応えた。


「そんなに面白い話じゃないですよ?

 グリムリーパーの王が、人間の女性と愛し合う仲になるんですけど、結局女性が寿命で死んでしまうんです。

 彼は女性の魂を泣く泣く浄化して、嘆いて神に願いました。

『これほど辛い思いをしなければならないなら、愛する想いなどいらない』って。

 神はこの願いを聞き入れて、以降グリムリーパーは恋愛感情を無くしたと言われています。

 ………これですね。エェルト型呪術ってやつです」


 と言って該当ページを開き、テーブルの上に置いて指し示す。


 しかし、アランとヘルムートは眉間にしわを寄せ、とりあえず木のような形の図解だけ見ているだけだ。


「…よく分からん、訳せ」

「っていうか、何語?これ」


 きょとんとしていたリーファが、気がついて本を自分の方に向ける。書いてある文字は魔物界隈で使われている古い言語なので、彼らに読めるはずはない。


「え…あ、ああすみません。これじゃ読めませんよね。

 …えーっと…”エェルト”っていうのは、木の事ですね。

 この絵は、呪いを受けた者を幹に、血縁者を葉や花に見立ててるんだそうです。

 要は、呪いを受けた者とその血縁者全員にかかる呪いなんですね」


 ほお、とヘルムートから溜息が零れる。


「血縁者全員か…随分、強力な呪いなんだね。

 ………ん?でも君の両親は結婚したんだよね。それで君が生まれた」

「はい。多分、それほど強い制約ではないんだと思いますよ。

 見た目はともかく、グリムリーパーは長生きですからね。

 あまり他人に深入りしないように、恋愛にちょっと鈍感になる位、なんじゃないかと」

「呪いを解く方法は?」


 唐突に湧いて出たアランの問い。

 今の今まで興味を示しているとは思えなかったアランから、そんな言葉が出てくるとは思わなかったので、戸惑いながらもリーファは本の内容を読み解いた。


「え、え、ええっと…”幹を断て”、とありますね。

 多分、グリムリーパーの王が死ぬ事で呪いが解けるんでしょう。

 まあ元気な方なので、当分の間は解けないと思いますけど。

 ………さあ、そろそろ本題に戻りましょうか。

 陛下、ヘルムート様、失礼します」


 リーファは杖をかざし、アランとヘルムートの頭にそれぞれ装飾具を押し当てた。


 結晶体はどちらも、薄い紫色に染まっていく。

 杖をテーブルに置き、色が消える前に判別書を探っていく。


「紫…じゃないですね。ラベンダーかなー………あった。

 ”レゥトルブ型呪術”。

 ”生贄と同じ血筋を持つ者が、呪術のかかった物体に接触する事で発動”…となっていますね。

 …随分条件を絞り込んでいるなとは思いましたけど、やっぱり呪術なんですね…」


 呪術の種類を見て、リーファは首を傾げた。先に聞いた呪いの経緯と照らし合わせても、この呪術で間違いはないようだが。


(…そんなに恨んでたのかな…)


 あるいは、と思案に耽りかけていると、ヘルムートが不思議そうに訊ねてきた。


「呪いと呪術、ってどう違うの?」


 は、と我に返り、リーファは判別書の最初の方のページをめくった。先程見つけた、呪いの定義が書かれたページを開く。


「ああ、はい…ええとですね。

 呪いは、作成者が自身の魂を削って、他者に影響を及ぼす力の総称なんです。

 魂には、感情、記憶、思念が含まれてて、呪いはそれが動力源になります。

 極端な事を言うと、嫌いな人に対して恨み辛みの気持ちを向け続けるだけでも、呪いとして成立します」


 ざっくりと呪いの説明をすると、アラン達の顔が渋くなっていく。


「…そ、そんな事で呪いになるの?」

「影響を受けるかどうかは別問題ですけどね。

 呪う気持ちの強さや、呪いを受けた人の心身の状況によって、影響の度合いは変わりますよ。

 軽いものであれば、体調管理の見直しやカウンセリングで払拭出来るそうです」

「…なんか、怖いね」


 こういう話は苦手なのかもしれない。苦笑いを浮かべているヘルムートを見て、リーファは思わず失笑した。


「言葉自体は物騒ですけど、おまじないや願掛けと考え方は同じなんですよ。

 物に想いを込めて、良くも悪くも気持ちを変える力って言うか」

「…ああ。戦勝祈願や、騎士の誓いの言葉、みたいな?」

「そうそう、そうです。

 あとは、『美味しくなりますように』と願って作った料理、『感動してほしい』と願った描いた絵画、『愛読書になってほしい』と願って綴った小説…。

 想いを込めて贈るばかりでは、魂が摩耗して心が病んでしまいます。

 でも、心地良い見返りがあれば、見返りに込められた想いが魂に取り込まれ、癒し、良い影響を───」

「…話が脇道に逸れているぞ」


 黙り込んでいたアランから苛立たしげな横やりが入り、リーファはハッとした。つい夢中になってしまっていたようだ。

 話を戻しながら、レゥトルブ型呪術の説明ページを開き文字を読み解いていく。


「し、失礼しました…。

 …で、呪術なんですけど、こちらは魔術と呪いの合成術と考えて下さい。

 分類上は呪いの枠に含まれてるんですが、魔術の要素が絡んでいるので解呪方法が限定されます。

 今回の場合………呪術のかかった物体の破壊が、解呪の手段になるみたいですね。

 グリムリーパーのサイスでも、解呪は出来るはずです………多分、これなら」


 断言はしてみせるが、リーファの心中はほんの少しだけ怯んでいた。


(二百年以上維持し続けている呪術なんて、私に解呪出来るかな…)


 グリムリーパーのサイスは物体から魂を刈り取る力があり、この場合呪術そのものを叩き切るだけで事足りる。

 父から教わった時は問題なくこなせたが、呪術によっては太刀打ち出来ないものもあるかもしれない。


 そう考えるリーファの気持ちが伝わってしまったのか、アランはせせら笑った。


「ふ、何故お前が気負うのだ」

「仮にリーファが解呪出来なくても、僕達は全然気にしないよ?

 そうやって、今までやってきたんだからさ」

「はい…」


 一人で張り切っていたのだと気付かされ、リーファは何だか恥ずかしくなってしまった。


「この場合、血筋っていうのは王家の血筋って事だよね?

 じゃあ呪術のかかった物体っていうのは?」

「陛下とヘルムート様が直接触れるような…というか、過去に触れた何か、という事ですね」


 落胆の籠ったアランの溜息が聞こえてきた。呆れ気味にソファにもたれている。


「お手上げだな。そんなもの、いくらでもあるだろう。どう探せというのだ」

「そうでもないと思いますよ?

 この手の呪術は、物品よりは土地に呪いをかける事が多いみたいなんです。

 持ち出しが出来るものだと、対象者に呪いをかける事が難しくなりますからね」


 ほお、と感心の吐息がヘルムートから零れた。


「なるほど…王様なんて、お城でふんぞり返ってるのが仕事だからね。

 確かに、呪術も同じ場所にあった方がかけやすいかもね」

「件の魔女が呪いをかけたとして…。

 王家の、特に王様の出入りがある、生贄が暴れても気付かれないような場所。

 …心当たりはないですか?」

「ふむ…」


 リーファからの問いかけに、ふたりは腕を組んで唸り声を上げる。

 恐らく、ある程度場所は絞り込めているのだろう。一つ一つ条件に合わない場所を除外していく。


「城の中は無理だね………城下は、素通りする事が殆どだし…」

「地方、か…?しかし王が必ず行く場所など…」

「…いや、呪いと思しき不妊の症状は、王じゃなくても発現してる。

 呪術との接触は、もっと若い頃…幼少期かもしれない」

「───まさか」


 何かに気が付いたアランは席を立ち、部屋にかけられていた一枚の額縁を外して持ってくる。


 これがもし余所の国にあれば、色々問題がある物品だ。アランの私室という一面を持ち合わせているこの部屋だからこそ、置く事が許されている。


 テーブルに置いたそれは、ラッフレナンド領全域を記した地図だった。

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