第6話 才、と呼ばれるもの・1
アランとヘルムートは老人の向かいのソファに腰をかけ、リーファがふたりと老人に紅茶を淹れる。
おやつはロールケーキだが、何故四人分あったのかはよく分からない。
ロールケーキと紅茶を配し、老人の隣の席にも自分の分を置くと、リーファはようやくソファに腰掛けた。老人の隣で、ほっ、と息をつく。
「助かりました………書庫を一人で掃除するのはさすがに骨が折れると思ってましたから。
本の並びもさっぱりでしたし」
「ワシも歳のせいか不精でなあ。こちらの部屋も掃除してくれて助かったわい」
「お役に立てて何よりです」
老人がにこーと微笑むので、思わずリーファもにこーと微笑み返してしまう。
◇◇◇
───この司書室に入ったリーファは、すぐに司書を名乗るこの老人に会う事が出来た。
好々爺な雰囲気の老人だったから、あの非人道的とも思えた延命の魔術を提案してきたとは思えなかったが。
何にせよ『禁書庫の掃除に来ました』と事情を説明したら、老人はてきぱきと掃除の仕方を教えてくれたのだ。
本棚の上の方から埃を落とし、積んであった本の表面を乾拭きしてから元の棚へ戻し、テーブルを拭いて、椅子をひっくり返してテーブルに移し、ほうきで埃やゴミをかき集め、モップで床を拭いて回って、床が乾いたら椅子を元に戻して。
壊れていた扉や椅子は、老人が用意してくれた工具で補修をした。
扉の傷も、渡されたソフトワックスを埋め込んだら目立たなくなっていったのだ。
城に来て塞ぐばかりだったリーファの心は、禁書庫が整えられていくにつれて晴れやかなものになっていた。
禁書庫が片付き、勢いそのままにこの司書室の掃除も手伝っていたら、気が付けばこんな時間になっていた。
◇◇◇
「───という訳でして」
リーファが今までの経緯を説明する中、アランは黙々とロールケーキを頬張っている。
(なんて言うか………こういうの、なんて言ったらいいのかな…)
いい歳した男性が無表情のまま無心で菓子を頬張る様はなかなか微笑ましい気持ちになるが、それを言ったら怒られてしまいそうだ。
「それで?幽霊騒動は解決したの?」
紅茶を飲んで説明を聞き入っていたヘルムートに訊ねられ、意識がそちらに向いた。
リーファは首を傾げ、アランが言っていた話を思い出す。
「幽霊?
………ああ、そんな話もありましたね。すっかり忘れてました」
リーファがそう答えると、ヘルムートがきょとんとしている。
「幽霊、いなかったの?」
紅茶の入ったカップに砂糖を大量投入し始めているアランを気にしつつ、リーファは説明した。
「死者の魂は、自身の思い出のある場所に居つくものなんですよ。
まあ、寂しがりやなので、他の魂も集まる墓場にいる事も多いんですが。
禁書指定されるような物騒な本のある場所に、子供の霊がいるわけないじゃないですか。
むしろ、部屋に何か仕掛けがあると考えるのが自然なんですけどね、爺様?」
フォークでケーキを切り分けながら老人に話を振ると、彼はまた、ほっほっほ、と笑う。
「ここに入った時、テーブルに本が一冊開いたままになってたじゃろう?
人間が来たら幾つかの魔術が発動するよう仕掛けておいたんじゃ」
「私が来た時は何も発動しませんでしたよ?」
「開きっぱなしにしとったから本の魔力が切れたんじゃろ。
魔力を吹き込んでやれば動くが、片付けてしもうたからの。
…まあ、嬢ちゃんは人間ではないようじゃから、どのみち動かんかったろうがなぁ」
ロールケーキを咀嚼しながら、リーファは目を瞬かせた。
「…ご存知だったんですか?」
「ワシには種族を見分ける才があるからの」
「才…?」
聞きなれない言葉を、リーファはオウム返しした。
カップソーサーにカップを置いたヘルムートが、その疑問に答えてくれる。
「人間誰しも、他の人にはない特別な力があるらしくてね。
アランの嘘を見抜く力も、才によるものらしいんだ。
…んーと、”嘘つき夢魔の目”だっけ?」
「ヘルムートは”山彦の耳”だったな」
アランは既に、自分のロールケーキを完食していた。皿にはクリームの欠片も残っていない。
ヘルムートは何も言わず、自分のロールケーキをそっとアランの側に差し出した。
「山彦…耳が良いって事ですか?」
「遠くの音や声が、反響するように聞こえてくるんだ。
これがまたコントロールができなくてね。
聞きたくない時に聞きたくない会話とかも聞けるから困るんだよ。
…時々夜に聞こえる、拷問部屋の声とか、ね」
「あ…!」
顔を真っ赤にしてリーファは俯いた。アランの希望で拷問部屋に連れていかれる事があったから、恐らくその話だろう。
(そ、そういえば、ヘルムート様の私室って、側女の部屋の真下なのよね…!)
されている事はともかく、毎晩ベッドの上であられもない声を上げさせられているのは事実だ。ヘルムートにとってはたまったものではないだろう。
(声、あまり出さないようにしないと…)
掃除をして晴れやかだったリーファの気持ちは、一気に最底辺まで落ち込んだ。
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