第4話 薄暗い牢の中で・1

 ラッフレナンド城は、”正直者が住む城”と呼ばれているらしい。

 由来は知られていないが、少なくとも此処最近、言われるようになったのだとか。


 城に住む者と言えば、王族以外にいるはずもない。

 王族が大嘘つきでは民に示しがつかない、と考えれば、何の変哲もない、極々当たり前の寸言のようにも思えた。


 今日、この時までは。


 ◇◇◇


 ぶら下がる拘束具、内側にトゲが仕込まれた檻、人を模した鉄の入れ物、木馬のような置物、ムチ、鉄の棒。

 それらが何に使われるものなのか、考える余裕すら与えられない今は、まだ幸せな時間なのかもしれない。


 ガチャン、ガチャン。


「いやっ…、ひ、あ、やめっ、もうっ………やめてぇっ…ダメぇ…!」


 金属の擦れる音と共に、リーファはか細い悲鳴を上げた。


 尋問官二人は、声を押し殺して笑う。品のない吐息が、無骨な灰色レンガの拷問部屋に零れ落ちる。


「はあぁ………いやなんかさぁ。こう…女の子の悲鳴ってさぁ」

「悪い事してるわけじゃなくても、イケナイ気持ちになるよなぁ」

「なぁ」

「そう思ってるんならやめて下さいよぉっ…ひあぁっ!」


 抗いようもない衝撃に、リーファの体がびくりと跳ねる。鎖の軋む音が部屋中に響く。

 賑やかにしている拷問部屋に隣接した廊下から、こつりこつりと、複数の靴音が聞こえてきた。


 尋問官のひとりはそちらをチラ、と見たが、すぐにリーファに顔を向けた。


「しょうがないじゃんよお。俺達だって好きでやってるんじゃないんだぜ?」

「そうそう。こんな因果な仕事、俺らだって御免だよお」

「早く白状した方が、身の為だぜ。

 ほら、さっきまで元気だったのに、ぐでんぐでんじゃねえの」


 リーファは荒く呼吸を繰り返し、緊張に溜まった唾液を嚥下した。瑪瑙色の瞳からは、大粒の涙が一筋零れて行った。


「…でも、でも白状したら…殺されちゃうんじゃないですか…?この、場合…」

「あー、そうなるんじゃねえかな。何知ってるか知らんけど」

「そういえば、俺ら、この嬢ちゃんに何言わせればいいんだ?」

「さあ?何かこう、国家の存亡に関わるようなアレじゃね?」

「だから、何も知らないって………うぁんっ」

「あー、何かその声いいなー」

「なあ、だんだん気持ち良くなってきてない?」

「なって、ない、です!………んうっ!」

「強情だなあ。早く楽になっちゃえよー」


 廊下から聞こえてきた靴音は拷問部屋の前で止まった。

 がちゃりと音を立てて扉は開かれ、男達が入ってきた。


 顔を出したのはアランと、亜麻色の短髪の青年、そして兜を目深にかぶった小柄な少年兵だった。


 入って拷問部屋を見るなり、アランが眉根を寄せた。


「…何をやっている」

「何って…」

「尋問ですが?」


 アランの問いに、尋問官達があっけらかんと答える。


 リーファは壁際に座らされ、両手首を壁に留められた拘束具で拘束されていた。

 足は枷による拘束はされていなかったが、靴と靴下は脱がされ尋問官達によって左右目一杯に開かされている。


 そして彼らは足首を掴んだまま、持っていたねこじゃらしで彼女の足をくすぐっていたのだ。

 足の裏、指の間を丹念にくすぐられ続けたリーファは顔を赤くし、息も絶え絶えで意識も朦朧としていた。

 拷問としては何とも手ぬるい光景に、アランは無表情で固まり、後ろにいた従者は顔を覆った。


「小一時間ずっとくすぐり尋問?他にも拷問用具は預けただろうに」

「だって…こんないたいけな嬢ちゃんを痛めつけるとか、考えられないですよ」

「悲鳴とか聞きたくないし」

「女の子泣かすなって母ちゃんに言われてるし。

 エリナさんに知れたら引っ叩かれちまう」


 尋問官達の言い分は、まるでリーファにやましい事がないような言い方だ。

 何故そう思ったかは分からないが、少なくとも『エリナの知り合いだから』という安直な理由ではないような気がした。


 尋問官達は、再びリーファの方に顔を向けた。熟練の職人のような目つきで、尋問官達はリーファの足の裏と向き合う。

 ただのねこじゃらしだと思ったが、何故かキラリと光った気がした。


「それにほら、もう少しで白状しそうな感じですし」

「し、しませんっ…ひっ」

「ほーらほーら」


 ざわ、と。

 最後の仕上げとでも言うように、尋問達は丁寧かつ大胆な動きでねこじゃらしを足裏に這わせた。


「い、いやっ、やめっ、~~~~~~っ!!!」


 怖気が走ったのは最初だけ。後から言いようのない感覚が全身を駆け抜け、リーファは顔を真っ赤にして悶絶した。


 まるで今までのくすぐりなどお遊びだったかのようだ。

 リーファの苦手な場所は的確に突かれ、そこより駆け上がってきた感覚は、くすぐったいなどという生易しいものではなくなっていた。

 止めてもらわなければ、いつか確実に意識が飛んでしまう。

 命の危険すら覚える、痛みのない拷問だった。


「ひゃあ~~~!?いっ、ぎっ、あ~~~っ!!!」


 拷問部屋にこだまする悲鳴に耳を塞ぎながら、従者がアランに訊ねている。


「…どうする?そろそろ根を上げそうだけど?」

「まだるっこしいのは嫌いだ。他の方法にする。お前達、下がれ」

「「えー」」


 アランに拷問中止を命じられ、尋問官達は仲良く唇を尖らせた。

 しかし命令には忠実で、不満そうにリーファの足を解放した。

 従者に促され、尋問官達は何故かねこじゃらしを持って拷問部屋から出て行った。

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