中の人にも色々事情があるんです!
瑪瑙 鼎
1:中の人しかいない!
此処は、とあるゲームの中。
「ギィィエァオオオオオオォォォォ!」
乾き切った土で塗り固められた塔が並び立つ大地に地響きが走り、砂埃が舞う。振動に耐え切れず土の塔が割れ、崩壊する建物から逃げ出すように、岩塊が転がり落ちる。
直後、土の塔は硬い鱗に覆われた巨大な尾に薙ぎ払われ、上半身が粉々に砕けながら宙を舞い、無慈悲なブレスの直撃を受け、霧散した。
ブレスは、動線上にそびえ立つ数本の土の塔を消滅させながら、疾走する標的を追い続ける。ドラゴンの怒りを買ったエルフの女は、蓄積するダメージに秀麗な顔を顰め、回避行動を続けながら叱咤した。
『畜生!ヘイト外れてんぞっ!ヤマト、とっとと取り返せっ!』
『もちっと耐えてろ!≪ヘイトレッド≫、≪プロボーグ≫』
エルフの女に呼応するように男の声が飛ぶ。途端、女を追っていたブレスが急転換し、正面に仁王立ちする男へと向かった。ブレスが男を包み込み、男の影は灼熱の輝きの中で潰えると思われたが、男は重厚なタワーシールドの陰に隠れ、歯を食いしばって耐え忍ぶ。男は精悍な顔立ちで、側頭部から2本の角がかぎ爪のように前方へとせり出し、背中からは蝙蝠の様な羽が生えている。ドラゴノイドだ。
『≪レジストファイア≫、≪エクストラヒール≫、≪リジェネーション≫』
『サンキュー、先生!』
物静かな男の声と共にドラゴノイドの姿が淡く輝き、ブレスの直撃で急減した体力が回復する。ドラゴノイドはタワーシールドの陰に隠れたまま、支援魔法をかけてくれたエルフの男に親指を立てた。
『≪ブリザード≫、≪アイスジャベリン・トラインデント≫』
『≪プロボーグ≫』
ドラゴノイドにブレスを浴びせ続けていたドラゴンに氷雪が吹き荒れ、横っ面に3本の巨大な氷柱が突き刺さる。ドラゴンは痛みに顔を顰め、氷柱を突き刺した小柄な女へとブレスを向けようとしたが、ドラゴノイドの声に引き寄せられ、標的を変える事ができない。つばの広い、大きなとんがり帽子を被った小柄なヒューマンの女は、起伏の乏しい体の前で杖を振って詠唱を続けた。
『≪エンチャントウェポン・アイシクル≫。イリス、トドメよろしく!』
『あいよぉ!』
疾駆する女エルフの両手に持つ2本の剣が、水色の輝きを放ち始める。女エルフはブレスから逃げる余勢を駆ってドラゴンの周囲を四分の三周すると、内側へと飛び込み、無防備な土手っ腹に向かって2本の剣を突き込んだ。
『≪デュアルスティール・エクスプロージョン≫』
ドラゴンの横腹に埋没した2本の刀身から幾本もの光の柱が噴き出し、水色の煌めきを放ちながら爆発する。ドラゴンは、自分の十分の一ほどの大きさしかない女エルフから逃れるように腹をくねらせた後力尽き、横倒しに崩れ落ちる。遅れて長い首が大地に叩きつけられ、動かなくなった。
数瞬の静寂の後、女エルフがドラゴンの許へと駆け寄り、鋭い牙に手を掛けてよじ登る。そして、絶命したドラゴンの頭にある禍々しい角に片足を乗せ、剣を持った右手を勢い良く天に掲げた。
『よっしゃぁっ!レッドドラゴン、初ゲットぉ!』
『…イリス、パンツ見えてるわよ』
ミニスカートにも関わらず大股を開きガッツポーズを決めるエルフの女に向かって、ウィザードの女がジト目を向けている。ウィザードの指摘にエルフの女は足を閉じ、しかしウィザードに向かって勝ち誇った笑みを浮かべながらミニスカートの裾を両手で持つと、ドラゴンの頭の上で裾を上げ下げしながら言い放った。
『好いんだよ!目の保養のために、わざとやってんだから』
『あぁー、ヤダヤダ、これだから男は…。ちょっとヤマト、何ガン見してんの?アレ、中身男だかんね!?』
『いや、見てないって』
ウィザードの女は心底嫌そうに顔を背けた後、杖を持った手を振って、ドラゴノイドの頭に叩きつける。痛がる様子もなく、横を向いたままぶっきらぼうに答えたドラゴノイドの許にエルフの男が近づいた。
『もう12時50分ですよ。皆さん、もうすぐ上がる時間でしょ?早く清算してしまいましょう』
『あ、もうそんな時間?何かレア出た?』
『ちと待ってろ…、うぉ!?竜胆が出てる!』
『え、マジで!?』
レッドドラゴンの腹の中に手を突っ込んでいた女エルフが驚きの声を上げ、女ウィザードが目を剥く。そのまま四人は横倒しになったドラゴンの腹を裂きながら、数瞬の歓談を楽しんでいた。
『みんな、お疲れ様。先生はこの後もログインしてるでしょ?竜胆のオークション、任せてもいい?』
『ええ、いいですよ』
『悪いな、先生、いつも』
『いえいえ、気にしないで下さい』
街に戻って来た四人は、広場の前で別れの挨拶を交わす。すると、女ウィザードがドラゴノイドの前に立ち、物欲しそうな表情を浮かべながら両手を広げた。
『ヤマト…おやすみのギュー、して』
『はいはい』
ドラゴノイドは穏やかな笑みを浮かべ片膝をつくと、その大柄な体で女ウィザードを包み込むように抱き締める。そのまま動かなくなった二人の姿を眺めながら、女エルフが後頭部で両手を組み、下唇を突き出す。
『あー、ハイハイ。リア充は死ね!』
『まぁまぁ』
不貞腐れる女エルフを男エルフが宥め、二人の抱擁が終わる。そして四人が互いに手を振っていると、やがて男エルフを除く三人の姿が朧げになり、霞のように消えていった。
『じゃ!また明日な!』
『うん、またね。おやすみなさい』
『おやすみ』
『はい、おやすみなさい』
***
次に私が目を開くと、其処は見慣れた板張りの部屋の中だった。私達の間で支度部屋と呼ばれる部屋の中には沢山のクローゼットが並び、外へ通ずる扉が一つある。私は即座に床にしゃがみ込み、顔から火を噴き上げながらミニスカートの裾を引っ張って、剥き出しの太腿を少しでも隠そうとした。
「も、もぉぉぉ!マスターったら、信じられないっ!な、何で自分から率先して下着を見せびらかすのぉぉぉ!?」
いくら私の創造主だからって、やって好い事と悪い事があるでしょ。私が涙目になりながら創造主に向かって決して届かないであろう抗議の声を上げていると、背後から女の舌打ちが聞こえて来る。
「貴方はまだマシよ、イリス。露出狂さえ演じてれば好いんだから。アタシなんて、こんなデカブツと延々恋愛ごっこしなきゃならないんだよ!?」
「あぁ!?ガーネット、それは俺の台詞だ!」
「露出狂って言うな!」
私に対する謂れのない不当な評価…いや、マスターのせいで謂れはあるんだけどさ…に、思わず振り返ると、つばの広い、大きなとんがり帽子を被った小柄なヒューマンの女と、大柄なドラゴノイドが憎々し気に睨み合っている。ドラゴノイドはそのまま唾を吐きかける勢いで、ヒューマンの女を怒鳴りつけた。
「何でこの俺様が、こんな麺棒みたいな凹凸のない女と付き合わなきゃなんねぇだよ!?ウチのマスターの好みが、わっかんねぇよ!付き合うなら、こう、出るトコ出て、締まっているトコはギュッと締まっている女に限るよ!なぁ、イリス!?」
「それ、私にも喧嘩売ってる?ヤマト?」
「ぁ…いや…スマン…」
ヤマトががなり立てるように私に同意を求めて来るが、私が殺意を籠めて睨みつけると、ヤマトは慌てて口を噤む。私もガーネットほどではないが、些か…うん、些か…慎ましい体をしている。マスターの性癖を支持するわけではないが、決して悪くないと思う、うん。私が前言を撤回し、内心でマスターの名誉を挽回していると、ガーネットが頭の上のとんがり帽子を取りながら、諦めにも似た溜息をついた。
「…はぁ、ヤメヤメ。いくら文句を言っても状況は変わらないんだから、もうお終い!ヤマト、いくらアタシが貴方の好みから外れていたとしても、マスターから『生』を受けた以上、恩返しと割り切って、マスターの夢を叶えてあげなきゃ。アタシと貴方のマスターは、『りあじゅう』なんだよ?」
「わかってるよ…俺だって、マスターの夢を壊すつもりなんか、ねぇよ」
ガーネットの指摘にヤマトは渋々同意しながら、漆黒の頭髪を手で掴む。すると手の動きに沿って漆黒の髪が外れ、中から紺色の髪が現れた。ヤマトはそのまま自分の目に指を当て、器用にカラーコンタクトを取り外していく。漆黒の瞳からドラゴノイド由来の金瞳に変わったヤマトは、そのまま私達に背を向けてクローゼットの扉を開け、中にある衣装を取り出しながら、背中越しに私達に声を掛けた。
「…で、お前達、この後どうすんだ?」
「アタシはこの後、イリスとショッピング行くんだ。イリス、夜ご飯も一緒で好い?」
「うん、好いよ。私、魚介が食べたい」
「そうか、気を付けてな。俺は今日こそ、あのお姉ちゃんを口説いてみせる!」
「貴方がそれ言うの、何度目よ?」
背後で湧き立つ戦意をスルーし、私も壁際に並ぶクローゼットの扉を開く。頭に手を伸ばし、煌めく金髪を取り外すと、中からエルフ由来の水色の髪が姿を現した。目に指を当て、紫のカラーコンタクトを外して、緑の瞳へと戻る。隣のガーネットも、銀髪銀瞳からヒューマン由来の茶髪茶瞳へと手早く切り替えていた。
マスターから支給された装備をクローゼットに放り込み、代わりにエルフの種族衣装を身に着ける。ヒューマンと違って、エルフの種族衣装は総じて布地が少なく、特に女性衣装は側面に深いスリットが入っていて、太腿が見え隠れする。マスターから貰った装備と比べれば下着が丸見えにならないだけ遥かにマシだけど、嫁入り前の乙女が身につける物として、どうかと思う。でもまあ、私が何と言ってもこれが「うんえい」の意向だし、「えぬぴーしー」の服として指定されているので、すでに諦めていた。
「お待たせ、イリス。行こうか」
「うん」
ガーネットも手早く着替えを済ませ、すでに町民の姿へと変わっている。ふと後ろを見ると、ヤマトが革鎧に腕を通していた。って言うか、「ろぐいん」中もフルプレート着なきゃならないのに、「ろぐあうと」した後も革鎧着なきゃいけない
扉の外は大通りに面し、大勢の「えぬぴーしー」が行き交っていた。「りある」では夜中みたいだけど、「わーるど」には太陽の光が燦々と降り注いでいる。目立たない種族衣装に身を包んだ「えぬぴーしー」に紛れ、数人の目立つ衣装の人々が足早に駆け抜けていく。「ぷれいやー」だ。私達は原則として、「えぬぴーしー」の時には、自分達から「ぷれいやー」に話し掛けてはならないと、定められていた。
「で、ガーネット、何処に行くの?」
「今日、あっちの大通りで特売あるんだって」
私はガーネットに手を引かれ、「えぬぴーしー」として街へと繰り出していく。
明日、また「ろぐいん」するまでの、束の間の休息だ。
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