第17話 1ヶ月前。HARD DAYS NIGHT

翌日からワタシの、1ヶ月後のライブに向けて音楽練習と仕事と母の看病の忙しい生活が始まった。


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X◯月△X日(土曜)、高円寺ライオンスタジオ。

「リエさん、あなたが作ったこの歌は素晴らしいからアレンジも加えてきたわ。ほぼ完成品よ」

H@RUKAがピアノを弾きながらリエに語りかける。

「はい」

「でもね、リエさんあなたはまだまだヴォーカルの面で全力を出していない、未熟だわ。あなたが歌いたいという欲求、愛する人に向けての愛を載せた歌を、私H@RUKAは欲しいの。この伴奏で歌ってみて」

「はい」

♬〜

リエはH@RUKAが求める全力の歌を歌い続ける。

「まだまだ、今のBパートは薄い氷のように折れそうな心で歌って」

「はい」

 こうしてH@RUKAによるレッスン授業は2時間にも及び。

「リエさん。今日は終わりです。平日の仕事帰りもスタジオに来て下さい。1時間は練習します。休日は8時間ぶっ通しであなたを鍛え上げます。ライブ前日まで休みなしにレッスンをします。頑張ってください」

「は~い、お疲れ様でした」リエがヘロヘロに疲れてスタジオを出てゆくとアレクが待っていた。

「練習お疲れ」アレクは、常温のミネラルウォーターをリエに差し出す。

「アレクさん、待っててくれたんですか?」受け取ったミネラルウォーターをのむリエ。

「はい、時間が空いたからリエさんを待ちながら高円寺の風景を見て和んでました」

「ありがとう」

「さっ、リエさん帰りましょう。ご飯は作ってますから。豆乳鍋です。」

「オッシャレ!美味しそー」

チュッつとキスして家路に着く二人だった。


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X◯月Y△日(火曜)、菱菱商事繊維課。

 忙しくオフィスで働くリエ。英語で海外のアパレルディーラーとやり取りしながら、複数のノートPCを操作している。

仕事に集中しながらもリエは色々考えてしまう。

 アレクは銃撃騒動の影響からなのか、繊維課には出社せず別行動を取っている。菱菱商事内の別フロアーに自分専用のオフィスを設置して投資活動したり、極東連邦の政治的根回し活動を日本政府やアメリカ政府とかとしている様だとリエは感じている。アレクが同じオフィスにいないからといって寂しいという感情は全く感じない。家に帰れば、アレクがご飯作ってくれて待ってたり、高円寺の焼き鳥屋で待ち合わせしたりして楽しい。政府役人の近藤や沖田もアレクがいないからこのオフイスにはやって来ない。

 リエにとって変わった事といえば、同僚だが姉貴分の若山が高円寺の古着屋オーナー健吉さんと婚約前提に付き合い同棲を始めた。住んでるマンションが同じなので、出社も退社も若山と一緒になって以前よりも毎日が楽しい。

 アレクが来てから、秋山部長からの正社員への転籍誘いが激しい。秋山部長は百戦錬磨の大人のビジネスマンだから、アレクの登場による化学反応で私が繊維課をやめる可能性があるかもしれないと想定して契約社員から正社員に引き込もうとしてるのだろうか?アレクが言っていたが秋山部長の右胸には若い時に撃たれた銃創があるらしい、ニコニコ笑ってる外見と比べて意外だ。

 私もこの菱菱商事繊維課での大きな仕事をやって行くのは楽しい。丸の内のフリーザみたいなスーパービジネスマンと仕事して刺激になるし、海外のビジネスマンとやり取り出来たり、普通なら経験できない金額の取引を20代前半で任せてもらっている。今でも収入的には問題はないし、正社員になればもっと収入は増えるだろう。

 でも、歌手になれるとは思っていないが、歌手への夢は追い求めていきたい。アレクに言われて人前でライブをしていない事やボーカルトレーニングしていなかった事に気付かされた。まだまだ私は修行の身だ。


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X◯月△◯日(月曜)、東京都中央区 東京中央ペテロ病院。

 母の見舞いで来たリエが個室に入る。以前の市民病院の個室と大違いで、母だけの個室なのに部屋が3つもある。母のベッド部屋、母の状態を24時間監視する医療スタッフルーム、主にリエだけだが来客宿泊用の部屋。

 母専用の複数の医者や看護師に挨拶して、昏睡状態で寝たきりの母を見舞うリエ。以前の病院では無かった、全身をチューブと見た事ない化学機器に覆われた母親を見るのは複雑だ。寝たきりの母親に話しかけて手を握るリエ。

 アレクが金に糸目をつけず世界最高の治療法とスタッフを揃えてくれたからなのか、色々な国の医療スタッフが母を治すためだけに連日この病院で働いてくれている。

 アフロ系クロアチア人らしいチーフ医師の教授がリエに英語で話しかけてきた。

「お母様は昏睡状態で変わらない様に見えますが、神経伝達反応で前日に比べて良性の数値上昇変化が見られました。このままの流れでいけば、半年以内にはいい結果が出せると思います。アレク様には了承済で、カーネギーメロン大学から脳細胞機能回復補助システムの機械と脳神経外科の先生を呼び寄せます。お任せ下さい」

「よろしくお願いします」医療スタッフに挨拶し、母に挨拶のキスをして病室を後にするリエ。

 リエにはアレクに感謝の言葉しか思いつかない。素人の概算だが、アレクは母の医療チームに少なくみても5億円は使っているだろう。沖田が茶化したが、やっぱりアレクは石油王だとリエは納得した。アレクと会っていなかったら、母の病状は全く回復せずに希望など見えなかったのだろうかと今更ながらゾッとするリエだった。


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X◯月⬜︎△日(日曜)、高円寺ライオンスタジオ。

 リエはH@RUKAの厳しいレッスンを5時間も受けて疲れ切ってたが、ふとレッスンブースの潜水艦のような丸窓を見ると若山がニコニコしながらコチラに手を振って覗いていた。

 H@RUKAも若山に気づいた様で

「リエさん、今日のレッスンはこれまでにしましょう。終わりです」

「はい」

 リエがレッスンブースの扉を開けると若山がペットボトルのお茶を差し出し

「リエちゃんレッスンお疲れ様。ヴォーカルトレーニングの時のリエちゃんは会社の時と違って怖い真剣さね」

リエは受け取ったお茶を飲みながら

「えー、そうですか~。集中してたから分からなくてー」

 リエが話しているとH@RUKAがレッスンブースから出てきて、若山が挨拶に行く。

「お疲れ様です、H@RUKA先生。いつもリエちゃんがレッスンでお世話になっております。ワタクシ、リエちゃんの姉がわりの若山と申します。これからもリエちゃんをよろしくお願いします。先生もお茶どうぞ」

H@RUKAにもペットボトルのお茶を渡す若山。本当の姉のような若山の挨拶に思わず苦笑するリエだった。

「若山さんって、あの~健吉兄貴と一緒に住んでるフィアンセの方ですか?」

若山は胸を張り宝塚歌劇風に扇子を口に当てる仕草をしながら

「そうよ、ワタクシが健吉さんの花嫁候補の若山歌子よ!ホホホホホホッ!」

「それなら健吉兄貴の奥様になる方ですから、アタクシにとっても若山さんは姉がわりですわね!ホホホホホホホホッ」

H@RUKAも宝塚風に若山に返答する。

若山とH@RUKAの宝塚寸劇をポカーンと見ていたリエとスタジオエンジニアの男性に、若山がツッコミを入れる「あんた達、ノリが悪いわね。ロック兄ちゃん、あなたもお茶どうぞ」。

スタジオ内が爆笑に包まれる。

「あっそうだ、なんでスタジオに私が来たかというとね、リエちゃんとH@RUKA先生、今から駅前の焼き鳥屋で女子会するから一緒に飲みに行かない?」

「行きます行きます」すぐに同意するリエとH@RUKAだった。


 高円寺駅前の焼き鳥屋「ME IN HONEY」にリエ、若山、H@RUKAが行くと店内ではアレクの妹エレナと内調の近藤明日香が先にビールを飲んでるところだった。

「エレナちゃん、近藤さん、ビール先に飲んでるなんてずる~い」エレナが日本語ができないので、2人に英語で話しかける若山、続けて英語で「さっ、リエちゃんもH@RUKA先生も座って!」「店員さん、ビール3つと焼き鳥セット10人前ね」店員さんへの注文は日本語だ。

 H@RUKAとエレナは目が合い「きゃーっ、久しぶりー」手を取り合って盛り上がる。

「先生とエレナさんはお知り合いなんですか?」英語で質問のリエ。

「ええ、リエさん。2年前にロンドンで映画のスコアの発注が会ってその時のクライアントがエレナさんだったのよ。世の中は狭いわねー」

 ビールが揃い改めて5人で乾杯する。会話は全て英語だ。

「兄のアレクセイが日本に亡命しなかったら、私達ってこうして飲んでないんですよね」

「私はアレクくんの護衛で、皆さんと仲良くなって」近藤明日香。

「私はアレク君の会社の同僚で、古着屋健吉さんの奥さん」若山。

「まだ、結婚してないですよ若山さん」リエとH@RUKAが突っ込む。

「私はアレクさん発注でリエさんの音楽レッスンしてて健吉さんの妹分」H@RUKA。

もじもじしながらリエが赤面して答える「アレクさんは私の恋人で・・・・」。

「いいわね少女!それよっ!リエさん」リエの背中を叩くH@RUKA。

「はい~」タジタジなリエ。笑う一同。

「若山さん、健吉さんの古着屋に今度連れて行って下さい。近藤さんと遊びに行きます。ウチの俳優達で古着好きなのいるから、買いに行きます」

「健吉さんに言っときます」

 こうして女子会が盛り上がってきた時、エレナがリエに頭を下げる。

「リエさん、私をアレクの恋人と勘違いした騒動があったんですってね。悲しませてごめんなさい」

「いえ、いいんですよ」

「そうだ私も、エレナさんとリエさん。アレクさんの銃撃事件、私達がついていながら防げなかった件、申し訳ございませんでした」エレナとリエに謝る近藤明日香。

「いえいえ、いいんですよ。兄のアレクは撃たれること前提でシベリアの石油会社のCEOやってるんですから、気にしないでください。あんな傷、アメリカじゃ擦り傷程度の笑い話ですから」

ドン引きするリエだが

「昔の歌でね「鉛の玉の1つや2つ、胸にいつでも刺さってる~」ってやつよ、男なんて怪我して一人前だから、リエちゃん」大笑いするH@RUKAと若山。

「少女には刺激が強いわね、リエちゃんお姉さん達はこれくらい動じないわよ」それに釣られてエレナと近藤明日香も大笑いする。

「エレナさん。アレクさんには感謝の言葉は言ってるのですが、私の母の治療費とライブのお金はいつかは返そうと思ってるんです」

「アレクなんて石油王でお金なんて腐るほど持ってるんだから、自己満足でお金使ってるんですよ。お金なんか返さなくてイイですイイです。男なんてバカだから5億でも10億でも使えるなら使わせればいいんですよ」

「わかるわエレナ~、男なんてバカよ」H@RUKAがビールを飲み干し呟く。

「私も私も、ウチの旦那は刑事だけど脳筋だから、車、唐揚げ、ガンダム、筋トレ与えとけば満足するのよ。若山さん、将来の旦那さん健吉さんもビールと唐揚げ与えときなさい」

「判ります、健吉さんは本当に唐揚げとビンテージジーンズだけでお酒何杯も飲めますから、バカですよねー」

エレナは酒が進んだようでリエにも聞いてくる「リエさん、お姫様はアレクとはどんな感じなの?さあさあビール飲みなさい」

「わわわわわ」年上のお姉様たちのクダマキに困惑するリエだった。


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こうした感じで、ワタシは忙しい日常を過ごしながら初ライブに備えていった。

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