第446話 携帯電話作ろうぜ!

 夕刻前、ゼアト領内の研究棟にて。

 シャルロット、ルドルフ、キャロライン、フローラ、そして見届け人としてレオルド、シルヴィア、テスタロッサが揃う中、ついに――


「魔導通信装置・試作一号、完成しましたー!」


 ルドルフが両手を掲げて叫んだ。

 銀色の筒状の物体には、魔導式結晶が詰め込まれ、複雑な符紋が浮かび上がっている。

 見た目はやや武骨だったが、確かに通信を目的とした魔導具には見える。


「ふっ……。記憶を覗かれた甲斐があったな」

「レオルドのあやふやな説明じゃ無理だったからね~。貴方の記憶を覗くのが一番手っ取り早かったから仕方ないわね」

「記憶を覗く魔法は安全なのですか?」


 シルヴィアがシャルロットに尋ねる。


「変なことをしなければ安全よ~。でも、記憶を弄るのはよろしくないわね。たとえば、記憶を消したりとか、別の記憶にしたりとかは弊害が発生するから使用には要注意な魔法よ」

「では、記憶を見る、という単純なものであれば安全なのですね」

「そうよ~。まあ、レオルドの記憶を見るのはちょっと大変なんだけどね~」


 レオルドは真人の記憶も有している為、記憶を覗くと二つの景色が流れてくる。

 一つはレオルドの記憶、そしてもう一つは真人の記憶だ。

 シャルロットは簡単に言っているが他人の記憶を覗くのは相当な負荷が術者にかかる。


 しかも、本来は一人の記憶だけなのにレオルドの場合は二つもある。

 シャルロットの負荷は相当なものだっただろう。

 とはいえ、異世界の知識を知ることが出来るのならば、多少の危険など顧みないのがシャルロットであった。


「それでルドルフ。どういったものか説明してくれるか?」


 レオルドが試作機を掲げているルドルフに機能の説明を求めた。

 ルドルフは待ってました、と言わんばかりにその場にいる全員へ説明する。


「通話ボタンはここです。送信符紋を刻んだこの水晶を押してから、音声入力。これで相手と繋がる、はずです」

「……はず?」


 シルヴィアが不安げに眉をひそめる。


「まだ魔力同調と転送領域が不安定だからね~。でも、理論上は通じるはずよ?」

「理論上はな」


 レオルドは小さく呟きながら、試作機を受け取った。


「じゃあ……俺が第一声をやろう」

「どうぞどうぞ~! 世界初の通信ですよ!」

「通信先は?」

「この部屋の隣にいます。イザベルさんです」


 ルドルフが笑顔で親指を立てる。

 レオルドは深呼吸し、送信符紋を押し、ゆっくりと語りかけた。


「こちらレオルド。応答せよ。聞こえているか?」


 一同が息を呑んで見守る中――

 魔導通信装置から響いてきたのは――


 ザッ……ザザッ……ザーッ!


 砂嵐に似たような音であった。

 レオルドは失敗だとわかり、がっくりと肩を落とす


「これは失敗だな……」

「う~む……。波長が合っていなかったのでしょうか?」

「受信側に問題があったのでは?」

「理論上は間違っていなかったはずだ。上手く魔力が同調しなかったのではないか?」

「なんにせよ、失敗ね~。さあ、次いってみましょう~!」


 テスタロッサは顔を伏せて笑いをこらえ、シルヴィアは両手で口を押さえていたが、肩が震えている。


「……これが王国初の通信結果ですの?」

「……凄い前向きですね。一度の失敗じゃへこたれないのは流石と言えばいいのかしら」


 シャルロットがにやにやと笑いながら、別の試作機を手に取った。


「今度はこっちにしてみよ~。こっちは魔力強度を調整した改良版よ?」


 そして二回目の実験。

 シャルロットが符紋を押すと――


『……こちら、応答します。ゼアト第一研究室、イザベルです』

「おお……!」


 一同から歓声が上がる。

 今度は成功だ。


「こちらレオルド。音声は届いているか?」

『はい、鮮明に。魔力干渉もほとんどありません』

「やった……! これでようやく、通話でき――」


 その瞬間、装置の符紋が急に赤く光り――


『むっ――ボンッ!!!』


 爆発音。

 向こうの通信先からだったはずが、同時にこちら側でも煙が吹き上がった。


「なっ――!?」


 反応は一瞬早かったはずだった。

 だが、ほんの少しだけ――わずか数瞬、レオルドは投げ捨てるのが遅れた。


「ぐわーっ!?」


 次の瞬間、ポンッという軽い爆裂音とともに、レオルドの前髪がフワッと舞い上がったかと思うと、焦げ臭い匂いが研究室に立ちこめた。

 その場にいた全員が、絶句する。

 レオルドの金髪は、前髪の一部がチリチリに縮れ、まるで雷に撃たれたかのような状態に。


 その姿を見たテスタロッサが、まず口を抑えてプルプルと肩を震わせた。


「ぷ……っ、く……っ」


 次にシルヴィアが、ぐっと堪えるもダメだった。


「……ふふ、く……ふふふふっ……!」


 ついにはシャルロットが大爆笑を爆発させた。


「ひーっ! なにその前髪~!? 狙ってやったの~?」


 ルドルフも、申し訳なさそうな顔をしながら、頬をピクピクと痙攣させていた。


「す、すみません。レオルド様! まさかこんな風になるとは……! 魔力逆流の逃げ道が……!」


 同様にキャロラインとフローラは咄嗟に顔を逸らして、レオルドを見ないようにしているが、やはり堪えきれないようで肩をプルプルと震わせていた。


「……く! どうして俺だけ!」


 レオルドは焦げた前髪を押さえながら、涙目で叫んだ。

 が――

 爆笑の渦は止まらなかった。

 やがてレオルドも諦めたように、深いため息をついて近くにあった椅子に腰を下ろす。


「……面白いか?」

「ぶっ……! だ、だめ……お腹痛い……っ!」


 腹を抱えて転げ回るシャルロットに、つられて全員がまた笑い出す。

 しばらくの間、笑い声に包まれていたが落ち着きを取り戻した。


「それでは次に行くとしよう」

「キャロラインの試作品ね~。どんな感じなのかしら~?」


 シャルロットの問いに応じるように、白衣の袖を翻し、金属製の小箱を胸に抱えるキャロライン。


「爆発はしないと思うぞ」


 気だるげに言いながらも、その目は真剣そのもの。

 細い指先が魔導回路のスイッチを操作すると、小箱から微かな振動音と共に魔力の波が放たれる。


「仮称:魔導通話装置マジックフォン、試作型。今回は距離通信だけじゃなく、録音機能もつけてみた。音質は保証できないが、聞こえているか?」


 装置の向こうから、機械的で少しかすれた声が響いた。


『—―こちらは厨房、つまみ食いをした犯人を見つけました。どうぞ』

『ニャ―オ!』

「……えっ?」


 全員が固まる中、キャロラインは軽く頬を掻いた。


「実験用に領主館の厨房の料理人に持たせてた。多分、報告訓練中だったのだろう……。そして、つまみ食いの犯人は猫のようだ」


 全員が思わず吹き出す。


「……ハハハ! いいじゃないですか!」

「笑わせてくれるわね~!」


 シャルロットは机に突っ伏して笑い、ルドルフはひげを震わせながら肩を揺らす。

 レオルドも前髪が焦げたままの顔で、苦笑混じりに言った。


「……いや、しかし。方向性は間違っていない。これは……面白くなってきたな」


 笑いの余韻がようやく収まったころ、今度はフローラの番だった。


「次は……私の番、ですね?」

「準備は万端か?」

「はい、たぶん……ですけど」


 彼女が机の上に置いたのは、他の試作品とは一線を画す、非常にシンプルで美しいデザインの小型通信装置だった。

 見た目はまるで、貴族の懐中時計か、工芸品のようだ。


「機能は最小限に絞りました。通話のみですが、安定性と秘匿性を重視しています。通信経路は三重の魔導結界で保護し、暗号鍵は毎回ランダムで変わるようにしてあります」

「おお、優等生的な仕上がりですね~。でも……それって、どこまで実用なのかしら?」


 シャルロットが片眉を上げたまま訊ねると、フローラは少し自信なさげに魔力を流し込んだ。


 カチッ。


 通信装置が光を放ち、次の瞬間――


『もしもし、こちらの声は聞こえてますか? 聞こえていたら返事をし……て……くだ……さ~~い~~~……』


 今までの中で一番出来がいいものであったが、どうやらダメだったらしい。

 通話の途中で切れてしまった。


「あ、あれっ!? おかしいな~? 安定してるはずなのに」


 フローラは頭を抱えて、試作機を見詰めていた。


「これはこれで素晴らしい成果だな。一番、良かったと思うぞ」

「そうね~。これをベースにするのがいいかしら?」

「確かにこれなら持ち運びも便利そうですし、いいのではないですか?」

「しかし、この形だと懐中時計と間違えてしまうのでは?」


 レオルド、シャルロット、ルドルフ、キャロラインの四人はフローラの試作品を眺めながら話し合う。


「……まあ、とにかくだ。今は完成させるのを優先させよう。見た目については後々で構わない」


 その言葉に、皆が静かに頷いた。

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