第61話 デビュタント



「レティ、『王都技術開発品評会』に出展するんだって?」


 その日の夜……モーリス家の夕食の場で、アンリがその話題を口にした。


 今日伺書の決裁を行ったばかりだというのに……流石は公爵の情報網と言うべきか。


 当のレティシアは、普段から父の情報入手の速さには慣れているので特に疑問は感じなかった。



「うん。私も今日初めて聞いたんだけど……宣伝と、他にも参入してくれる事業者が現れることを期待して……って事で、大々的にこれ迄の成果を発表する事になったんだ」


 リディーや、モーリス商会技術開発質のメンバーも後押ししてくれると言う話だったので、レティシアはありがたく話に乗ることにしたのだ。



「そうか……なら、丁度いいかな?」


 そう言って、アンリは意味ありげに妻に目配せをする。



「丁度いい……?」


 レティシアの疑問に答えたのは、アデリーヌだった。



「あなたの社交界デビューよ。この間、12歳の誕生日も迎えた事だし……あなたもこれまで色々な人と面識を得てきたでしょうけど、これからの事も考えれば頃合いでしょう」


 と言う事らしい。



 イスパル王国の貴族子女が社交界デビューする年齢には特に決まりはないが、大体は男女共に13〜15歳くらいにデビューするのが一般的である。

 それからすればレティシアはまだ少し早いと言う事になるが、おかしいと言う程ではない。


 それに、アデリーヌの言う通り……既に国王を始めとした国家重鎮とも面識がある現状を踏まえれば、むしろ妥当とも言えるだろう。



 しかし。


「うぇ〜……面倒くさ……」


 レティシアはあからさまにイヤそうな声を漏らす。

 彼女にとって、華やかな社交界と言うのは全く興味を惹くものではないのだ。


 彼女の気質を知る両親は苦笑いして何も言わないが、その視線は『これは決定事項である』と言外に語っていた。



(……まぁ、私も公爵令嬢の端くれだもんねぇ。確かに顔繋ぎとか色々あるのは分かるし、仕方ないと言えばそうなんだけど。面倒くさいものは面倒くさいよねぇ……)



 そんなレティシアの内心を知ってか知らずか……アデリーヌは更に続ける。


「出来れば、良い殿方に見初められて、婚約者でもできれば良いのだけど」


「こ、婚約者!?」


 全く予想していなかった単語に、思わず動揺するレティシア。



「あら……あなたも年頃だもの。そろそろ婚約者くらい居てもおかしくないでしょう?ルシェーラちゃんなんか3歳でリュシアンと婚約したのよ?」


「いや……アレは流石に特殊ケースじゃ……」


「そうでもないぞ。昔はそれこそ、生まれた時から婚約者が決められていたのが普通だった。今は本人の意思を尊重する風潮だから、最近はかなり減ってるとは思うがな」


「は、はは……う、うちも、私の意思を尊重してくれるんだよね……?」


 アンリの言葉に恐ろしくなったレティシアは、引きつった顔で確認する。



「もちろんだとも」


「でも、行き遅れる事があるようなら……私は口を出させてもらいますよ」


 アンリは肯定してくれたが、アデリーヌは間髪入れずに釘を刺す。



(うぐぐ……。しかし、ついにそんな話が出てきてしまったか……でもなぁ……)



 転生を自覚した5歳の時に、いつか直面することになるかもしれない……と思ってはいたが、これまで先送りしてきた問題だ。


 あれから数年経ち、身体は女らしくなってはきたが、精神的に女性になっているかと聞かれれば疑問が残る。


 レティシアは未だに、自分が前世の男の意識を引き継いでいるのか、それとも女性の意識に変わっているのか……その答えを出せずにいるのだった。

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