第53話 楽しい野営


 魔物との遭遇戦を切り抜け、更に山道を進む一行。


 そして、日が傾いて空が茜色に染まる頃、廃村と思しき開けた場所に辿り着いた。



「ここが、かつての坑夫たちの村のようだな」


「そうですね。ん〜……やっぱり、結構荒廃してますね」



 あちこち雑草が生え、建物もその多くが崩れ落ちている。

 閉山してから約10年近くの歳月が過ぎているとのことだが、やはり人の手が入らなければそれだけ荒廃するのも速いということだろう。



「こんなだと、まともに形を留めてる建物は無ぇな」


「そうね……仮に残ってても、泊まってる間に崩れ落ちたらたまったものじゃないわ」


「……予定通りの野営という事か」


「準備しましょう!」



 ということで、早々に見切りをつけて野営の準備を行うことになった。










 レティシアは、前世では家族でよくキャンプに行ったこともあって、アウトドアには慣れてる方だ。

 もちろんレジャーキャンプとは勝手が違うだろうとは彼女も思っているが、全くの経験無しよりは大分マシだろうとも思っている。



「先ずは水の確保だ。井戸は期待できなさそうだが、資料によれば、村の近くの岩場に湧き水が出てる場所があったはず」


 それぞれ荷物に水は持って来ているが、量に限りがあるので出来るだけ節約するために現地調達できる場合は、そうするのが基本である。

 今回レティシアが依頼を出すにあたっては、参考として廃鉱山に関する資料をギルドに提出しているので、水場などの情報も事前に確認しているのだ。



「じゃあ私が薪を拾いがてら探してくるわ」


「頼んだ。俺とジャンは竈の準備をしておく。ライルは魔物よけの結界を、ロミナは食事の準備を頼む」


 手慣れた様子でフランツがテキパキと指示を出す。



「あ、ロミナさん。食事の準備なら私も手伝います」


「エリーシャさん、お願いします!」


 野営を伴う護衛依頼の場合、その準備については大抵は冒険者の仕事になる。

 ただ、黙って見てるのも心苦しいので、エリーシャは手伝いを申し出た。

 そして、それはレティシアも同じ考えだ。


「あ、エリーシャ!だったら食材を収納倉庫ストレージから出すよ。それから私はライルさんの結界の手伝いをします!」


(私、料理はからっきしだし、力仕事も無理そうだから……結界魔法なら私も使えるからね!)


 そう意気込んで彼女は率先して野営準備の手伝いを始めるのだった。





























 野営の準備が整ったころ、日は落ちて周囲は夜の闇に包まれる。

 そして、一行は熾した火を囲んで食事を取っていた。




「……まさか野営で、こんな豪勢な食事にありつけるとは」


「レティシアさんが食材をたくさん提供してくださいました!それから、エリーシャさんに色々料理も教わったんです!」


 ロミナが嬉しそうに報告する。

 彼女が言った通り、レティシアは収納倉庫ストレージをフル活用して食材をたっぷり持ってきたのだ。


「普通は干し肉とか、塩味のスープが精々なんだがなぁ……有りがてぇこった」


「だけど、こんなに美味しそうな匂いをさせてたら、魔物が寄り付いて来ないかしら……」


 美味しい料理が食べられるのは確かに有り難いとは思うが……と、ウルスラが懸念を口にする。



「それは大丈夫だろう。レティシア嬢と協力して、かなり強力な結界を周囲に張ったから、匂いも外に漏れ出ないはずだ」


「はい、ライルさんと頑張りました!」


「……あそこまで贅沢に触媒を使わせてもらったからな。並大抵の魔物では突破出来ないだろう」


 食材だけでなく、そのようなものもレティシアは持ってきたらしい。



「いや、最初は貴族のお嬢様の護衛と聞いて、かなり面倒な事になりそうだ…なんて思ったもんだが。全くそんなことなかったな」


「むしろ普通の護衛任務より楽じゃない?」


「確かに助かってるな。だが、だからと言って気は抜くなよ」


「へいへい、分かってますよ旦那」


 ジャンとウルスラの言葉に苦笑しながら、しっかりと釘は刺しておくフランツ。

 それに肩をすくめて答えるジャン。


 彼らはパーティではないと言っていたが、その気安いやり取りの根底には、確かな信頼があるようにレティシアは感じられた。




 そして、食事が終わったあとは暫し会話に興じる。


 レティシアは、道中も色々と話を聞かせてもらったが、興味が尽きることはなく様々な話を聞いて目をキラキラさせる。

 今は大分女の子らしくなってきてるとは言え、前世男としては冒険の話を聞くのはやはり心が躍る。


 冒険者達もそんな彼女の様子に気を良くして、楽しそうに自分たちの冒険譚を語って聞かせるのだ。



 そうしてレティシアは、彼らの話から想像を膨らませ、まだ見ぬ土地の景色に思いを馳せる。


 色々なところを旅してみたい。

 それは、彼女が鉄道をこの世界に普及させると言う壮大な夢の原点だ。

 彼女は改めてその思いを強くするのだった。














「それじゃあ、お休みなさい……何だか申し訳ないけど」


 会話も弾んで楽しいひと時を過ごしたレティシアだったが、夜も更けて来ると流石に眠気が襲ってきてうつらうつらとし始めたので就寝する事になった。


 強力な結界を張ってるとは言え、交代で見張りは必要になる。

 レティシアは依頼人である上に、まだ子供の身なので見張り番は免除されてるのだが……それが申し訳ないと彼女は思ったのだ。

 エリーシャも本来は見張りをする必要はないのだが、彼女は見張り番に志願しているので尚更だ。


「私は夜番は慣れてますので。お嬢様はゆっくりお休みください」


「流石にお子様に夜番お願いするのは無ぇわな」


 レティシアが普通の子供とは違うのは、これまで接して分かっているが、それとこれとは話が別という事。




 そして、レティシアは夜空を見上げながら毛布にくるまって……やがて寝息を立て始めるのだった。

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