第25話 歴史の生まれた日


 乗車…と言っても座席があるわけではない。

 先頭の人力動力車に繋がった他の車両は、ごくシンプルな2軸無蓋貨車…ただの箱のようなものだ。

 一応は板バネを組み込んで衝撃を吸収するようにはしているが、快適な乗り心地など望めるものではない。



「ま、最初だからね……そんなにスピード出るわけじゃないけど、一応ちゃんと掴まっててね〜」


 そう言いながら、自身は先頭車の動力テコを持つ。


「じゃあいくよ〜。せぇ〜のっ!!……あ、あれ?もう一度……はぁっ!!………う、動かない…」


 いかな小型の車両とは言え、流石に5歳児の力で動かせるシロモノでは無かったようだ。


「…親方、バトンタッチ」


「…まぁ、そうだよな」


 そうして、今度はレティシアと交代した親方がテコを動かすと、ガチャンッ!と音を立てて動き出し、徐々に加速し始める。



「う、動きました」


 エリーシャが少しうわずった声を上げる。

 ちょっとおっかなびっくりと言った様子だ。


「ふむ。思ったよりは揺れるんだね…」


「そりゃあ、制振装置が板バネくらいだからね。これから本格的に色々開発しないとだよ〜」


「そうか。…何やら既に頭の中で思い描いてるようだね?」


「いろいろ考えは浮かぶけど、実現に向けては試行錯誤すると思うよ」


 そう話している間にも列車はグングン加速する。


「わわわ……お、お嬢様、スピード速くないですか!?」


「そうかな〜?まだ10km/hくらいだと思うけど…」


 実物を知るレティシアからしてみれば、この程度のスピードなどまだまだ序の口と思っているが、馬車くらいしか乗り物などないこの世界の住人にしてみれば既に恐怖を感じるほどである。

 かなり揺れもあるので尚更だ。


 既にかなりの距離を進んだが、公爵家の敷地は広大で、線路の終点である通用門まではまだ距離があった。

 最終的にスピードは15km/hまで加速して、あとは惰性で走行している。


「ほう…加速を止めても中々スピードが落ちないんだね」


「軽い力で動くってことは、惰性でどんどん進むってことだからね。その分ブレーキも効きにくいから、馬車とかと違って直ぐに止まれないのが欠点といえば欠点かな…」


 惰性走行は効率性で言えば利点だが、制動に時間がかかるのは欠点でもある。


「まだ通用門まで十分距離はありそうだけど…初走行だし安全にいかないとだね。親方、そろそろブレーキかけていこうか」


「あいよっ!それ!」


 親方は、動力テコとは別に床から突き出しているもう一つのレバーを引く。


 ギキィーーっ!!


 金属同士が擦れる耳障りな音を立て、ガクンッ!と衝撃が来たあとに見る見るスピードが落ちていく。


「きゃあっ!!」


「わっと」


 突然の衝撃に思わず悲鳴を上げるエリーシャ。

 隣に乗っていたレティシアが支えようとしたが、彼女の力ではどうにもならずに危うく転びそうになった。


「だ、大丈夫ですか!?お嬢様!」


「大丈夫だよ。ちょっと危なかったね。……う〜ん、やっぱり制振装置は重要だね。ブレーキ自体の性能も向上させないと…」


 あくまでも冷静にそう評価するレティシアを見て、何とか落ち着きを取り戻すエリーシャ。








 そしてスピードはかなり落ちて歩くくらいになったところでブレーキを緩めると、ゆるゆると進んでいき、やがて終点が見えてきた。

 そして最後に再びブレーキをかけて、列車は静止する。



「とうちゃ〜くっ!!」


「どうだい?中々の出来だと思うが」


「うん!完璧!試作品としては全く申し分ないどころか、想像以上だったよ!ありがとう!!」


 大喜びでそう絶賛するレティシア。

 親方も手放しで褒められて満更でもなさそうだ。



「レティはまだ試作品と言うけど…もう何かに使えそうだね」


 アンリはもう既にその有用性を認めたようだ。


「まあ…鉱山とかで運び出しに使ったり、倉庫とかの仕分けとか…作業機械としてなら使えそうではあるかな。目指すところはまだまだ先だけど」


「そうか……だが、取りあえずは特許を申請しておいたほうが良さそうだね」


「ああ、そいつはそうかも知れませんね」


(あ、特許制度ってちゃんとあるんだね。だったら父さんの言う通り、ちゃんと申請しておいたほうが良いだろうね)


「申請は私からしておくよ。発明者はレティシアと…親方達工房のメンバーとの連名で良いかな?」


「いやいやいや、そこは設計したお嬢様名義で良いでしょう」


「何言ってるの、親方たちがいなかったら作れなかったんだから…父さん、連名でお願いします」


「分かったよ。書面を作ったら確認をお願いするよ」


「…お嬢様、よろしいんで?」


「もちろんだよ。それに、親方にはまだまだ協力してもらわないとだし」


「…分かった!よし、これからもどんどん依頼してくれ!!」


「うん、お願いね。さて、帰りは推進運転だね。もうひと頑張りよろしく!」





 こうして、試作品列車の試運転は成功のうちに終わった。

 この世界で鉄道を作る……レティシアのその願いの第一歩が実現した記念すべき日となったのである。


 そして後世においても…この日こそが鉄道が生まれた最初の日として語り継がれることになる。


 鉄の女公爵ダッチェス・オブ・ザ・アイアンレティシア=モーリスの名前とともに。




〜〜 レティシア5歳 はじまり  完 〜〜

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る