【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I

序章

序章


「ねえ……聞いてくれる?私がこの世界で生まれて……今まで生きてきた、私の物語を」


 少女は親友にそう言って語り始める。


 彼女が辿った数奇な運命の物語を。












−− 20XX年12月某日 都内某所にて −−



「う〜、さぶっ……今年の冬は寒いな〜」


 都内でも有数の大ターミナルで電車を降りた青年は、暖かな車内と外気の身を切るような寒さの、その余りのギャップに辟易して思わず独り言を呟く。

 毎年冬になると同じようなことを言っているのだが、彼にその自覚はない。


 既に深夜帯と言っても良い時間で、彼が自宅に帰るために乗り換える路線の終電までもうあまり余裕はない。


 そんな時間であるにもかかわらず大勢の人で賑わうところは、流石は大ターミナルといったところか。

 週末の遅い時間という事もあって、仕事帰りのサラリーマンよりは飲み会帰りらしき人の方が多いかもしれない。





 長時間揺られてきた特急列車から降り、人混みに混じってホームを歩く彼の名は『黒須 鉄路くろす てつじ』。

 都内有名大学に通う大学4年生だ。


 既に就職先も決まり、卒業論文も仕上げてあとは卒業を待つのみ……と言う事で、有り余る時間を使って趣味の鉄道路線乗り潰しに遠出して来た帰りだ。



(いや〜、一面雪景色の中を行く列車というのも良いもんだ。国境の長いトンネルを抜けると……正に劇的だったな)


 早朝、始発の新幹線で出発し、雪国の景色を堪能しながら鉄道の旅を満喫してきたのだった。

 行程の殆どが車中だったのだが、乗り鉄である彼にとっては列車の車窓から移りゆく景色を眺めることこそが旅の醍醐味なのである。


 ただ、思い立てば途中下車して駅前を散策したりもした。

 そんな思い付きの行動に欠かせないのが時刻表だ。

 乗り換え時間などを調べるのに、普通はスマホで調べるのが当たり前だが、彼のような乗り鉄にとっては前後のダイヤがひと目で分かる時刻表の方が便利だったりする。

 計画が破綻しないように素早くプランを練り直すためには必携である。


(豪雪地帯の雪景色。日本海の荒波。ああ……一気に山を登って平地を見下ろすところも絶景だったな……)


 旅先の光景を思い出しながら、彼は足早にホームを歩いて乗り換えのために階段に向かう。

 すると、ふと気になる光景が目に止まった。


(……こんな時間に撮り鉄?何か珍しい車両でも来るのか?)


 人混みで溢れるホーム上の一画を、大きなカメラを構えた集団が我が物顔で占拠しており異様に目立っていた。


 彼自身は写真撮影にはそれほど興味はなく、旅先で記念撮影するくらいだ。

 珍しい車両だからと言ってわざわざ追いかける事もないし、葬式鉄でもないので、撮り鉄の集団と出くわす機会はほぼ無いと言って良い。

 もちろん彼も鉄道ファンだから、そういう気持ちは理解できる方ではあるが。

 だが、昨今ではマナーの悪い撮り鉄が殆ど社会問題みたいになっていて、良識あるファンを自認する彼としては複雑な思いを抱いていた。


(まともな人の方が多いんだろうとは思うけど。実際、俺の友人たちだって人に迷惑になる行為は絶対やらないし、ニュースになるような連中に対して憤っていたしな…………でも、あの連中はどうやらまともじゃなさそうだ。あんなホームのど真ん中を占拠して……しかもあんなに乗り出して。危ないだろ。て言うか、ホームに三脚なんか立てんなよ)


 気になって様子を見ていたが、あまりにもマナーがなっておらず次第に怒りがこみ上げてきた。

 彼は別にそれほど正義感があるわけではないのだが、真っ当な鉄道ファンがあのような者たちと同類に見られるのが許せなかった。


(駅員は注意しないのか?……やっぱり、見過ごせないな、アレは)



 撮り鉄たちに注意をしようと彼は歩き出す。

 そして意を決して話しかける。


「あんたら、他の人に迷惑だぞ!それに、そんなに乗り出したら危険だ!運行にも支障が出るぞ!」


 やや緊張したためか、思いの外大きな声で口調もキツめになってしまった。

 だが、そのおかげ……と言うべきか。

 彼の言葉はしっかり届いて撮り鉄たちの注目を集める。


「なんだお前?お前には関係ないだろ。もう時間がないんだ、邪魔するなよ」


「折角掴んだ情報なんだ。またとないチャンスを逃せるかよ!」


「「そうだそうだ!」」


 しかし撮り鉄たちに話は全く通じなかった。


 そもそも誰かに注意されたくらいで素直に従うような連中ならば、最初から常識的な行動を取るだろう。

 自己中心的で自分の目的のためなら人の迷惑を省みず、周りの白い目など意に介さない。

 そう言う人種なのだ。


 そう思った彼は方針を変えることにした。


「……仕方ない。鉄道警察隊に通報する」


 直接言って聞かないなら官憲頼み。

 最初からそうすれば良かったとも言う。

 もしかしたら、もうすでに誰か通報している可能性もあるだろう。



「何で警察なんだよ!違法行為はしてねぇだろ!」


「じゃあ別に通報されても問題ないだろ」


 実際、何かの罪状があるのかは法律に詳しい訳ではないので彼にも分からない。

 だが、あれほど線路際まで前に乗り出すのは、明らかな危険行為と言えるだろう。

 このまま列車が侵入してくれば緊急停止しても不思議ではない。


 そんな事も分からずに鉄道ファンを名乗るとは……

 彼にとって、これほど腹立たしい事はない。




 そして、彼がその場を立ち去ろうと撮り鉄の集団に背を向けて歩き出そうとした時……


「おい!ちょっと待てよ!」


 激高した撮り鉄の一人が、彼を引き留めようと突然肩を掴んだ。


「えっ?うわぁっ!?」


 力のかかり具合がまずかったのか、肩を掴まれた彼は大きくバランスを崩して、グルンと回転しながら線路に転落してしまった。


 強かに腰を打ち付けてしまい咄嗟に動くことができない。




 そして、そこに……











 彼が最後に見たのは、轟音と共に迫りくる眩いばかりの光だった。

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