6-3 生まれる違和感
次の休み時間。というか、次の授業終了直後。
私は速攻で二人をとっ捕まえて、それぞれの事情を説明した。
正直傍から見たらかなりバカっぽく見えると思う。大体こういうことは当人同士で話をするべきところなんだけど、あの二人の場合マンツーマンで話せる状態じゃないし、放っておくと余計な誤解を生みだしそうな気がする。
幸い、二人ともちゃんと話を聞いてくれるタイプだったのですぐに分かってくれたのがありがたかった。
「そ、そうだったんだ。私、
「い、い、いや、その、
そしてヤマさんは全くと言っていいほど、ティーナと目を合わせられずにいる。
でもとりあえず誤解は解けたみたいだし、あとはもう大丈夫かな。欲を言えばヤマさんはもうちょっと頑張ってほしい所だけど。いつものような毅然とした冷静なキャラはどこに行っちゃったのか。
「ところで、あかり」
ティーナが私の方をじっと見ている。と思ったら、ヤマさんも私の方を見ていた。
「え? ああ、私、席を外したほうがいいよね」
慌てて席を立ちあがろうとする。と、その時、右腕をティーナに、左手首をヤマさんに捕まれた。
え? え? どういうことよ? 意味が分からず、二人の方を見る。
「待って! 今置いて行かれたら不安で死にそう!」
「そうだ! どうやってこの間を持たせればいいのか分からないから頼む!」
「はああああ?」
何、この流れ。というか、二人とも息ぴったりじゃん。
「だって、私の勇気はもう限界よ! このままフラれたら確実にショック死しちゃう!」
「それ、本人の前で言うの?」
「お、おおお俺だって、こんな状況はどうしたらいいかさっぱり分からん!」
「どうしたもこうも、ヤマさんが決めることでしょうが! なんで二人して自分の問題を私に丸投げしてるの?」
だめだ、こりゃ。と思ったけど、一応ティーナの味方をすると約束した以上放っておくわけにもいかない。少なくとも、ヤマさん自身はテンパっているものの、ティーナの事を嫌っているようではないようだし。
で、「これからどうすればいいのか」となると、一番妥当そうな方法は、ただ一つ。
「……とりあえず二人とも、友達から始めたら?」
ティーナとヤマさんの一件は瞬く間にクラス中に広まった。大体の人は驚いていたけど、特に反対する人はいなかった。予想はちょっとしていたけど、冷やかしの声や、なんで友達からなんだというツッコミは結構上がったけど。肝心の二人は、クラスメイトからの質問攻めでろくに身動きが取れずにいる。まるでマスコミに囲まれた芸能人みたい。
「ねえねえ、ティーナと山県君ってどうなのよ?」
そして、マスコミもどきの余波は私の方にも飛んできた。一応仲人したのが私という事で話が広まっちゃってるんだよね。
「どうもこうも。二人とも会話全然続かないんだもん」
「最初の内はそんなもんだよー。あたしも彼氏出来た時そうだったもん」
「そういうものなの?」
「そういうもの」
まあ、確かにそれは言えてるかな。誰だって、最初の内は上手くいかなかったり失敗することは珍しくない。何事も長い目で見ていかなきゃね、うん。
そう思うとちょっと気が楽になってきた。
「でもくっついたらくっついたで大変だよねー」
「大変って、何が?」
「ほら、どうしたって友達より、カレカノの方が優先になっちゃうし、そうなると寂しくなっちゃうよね」
「え」
不意に稲妻が降ってきて、心にぽっかり穴が空いた苦い感覚に襲われた。
なんだろう、これ? 突然襲われた嫌な感覚に戸惑っていると、駄目押しするかのように頭の中に嫌な言葉が浮かび上がる。
「この卑怯者」
待って、私、そんなつもりじゃ。
「あかり? どうしたの、急に」
「う、ううん。なんでもない」
何でもないと言いつつ、胸が何故か痛い。
どうしよう、なんだかやってはいけない事をやらかしてしまいそうな、ものすごく嫌な予感がする。
放課後。湧き上がるモヤモヤ感の正体が分からないまま、部活に行く。
あれからティーナとヤマさんと言えば、何度かティーナが頑張って話しかけては、ヤマさんがものすごいぎこちなく返答するの繰り返しだった。最終的には話すネタが尽きて唐突に天気の話を振り始める始末だし。
そして、当たり前のように二人は私に助けを求めてくる。
だけど私は適当な理由を付けて、なるべく間に入らないようにした。理由はよく分からない。だけど、なんかあまり介入しない方がいいんじゃないかという謎の直感が私を離そうとしなかった。理由は分からないけど(二回目)。
「あかり。今日は早いな。てっきり私が一番だと思ってたが」
「えへへ―。残念でしたー。
「……なんか、元気ないように見えるが?」
「え? そんな事ないと思うけど?」
何気に喜衣乃ちゃんは鈍いようで鋭い。
元気がないという自覚はあるのは本当だけど、余計な心配をかけるのもよくないよね、と気を取り直して準備に取り掛かる。
今日は文化祭の展示に使うウェルカムボードの制作だ。作品展示して終わり、ってだけじゃなんか地味だし、何か目を引くものがあった方がいいじゃないかというただの思い付きだけど。
「あれ?」
「どうした、あかり」
「筆記用具忘れたー!」
なんでよりによってそんなものを忘れちゃったのか。そう言えば授業終わってから鞄に入れた記憶がない。今から教室に戻るのもすっごく面倒なんだけど、仕方がない。
しぶしぶ立ち上がると、そこへミッチーとヤマさんが室内に入ってきた。
「おいーす、そこでヤマさんと会っちゃった」
「まあ、クラス隣で行き先同じだからな。それはそうと、
「え? な、何?」
名前を呼ばれて背筋にピリッとしたものが走る。
おかしい。なんで私、ヤマさん相手に緊張してるんだろう。
「忘れ物だ。このペンケース、お前のだろ? 丁に届けて欲しいと言われた」
「え、あ、あ、ありがと」
ああ、もう考えるな私! 変なこと考えるとぼろが出るんだから!
「え?」
「は?」
しまった。と思った時にはもう遅い。
気づいたら、私はヤマさんが差し出したペンケースを思い切りひったくっていた。一瞬にして場の空気が凍りつく。
反射的にごめんなさい、と謝ったものの、ドン引きした空気はすぐには元に戻らない。
「あかりちゃん、今日、何かあった?」
ミッチーの顔が引きつっている。
「わ、私は何もないよ? しいて言うならヤマさんに色々あっただけで」
「何故俺に振る!」
ヤマさんが顔を真っ赤にして叫ぶ。それを見たミッチーがヤマさんをいじらないはずがなく。
「ほほう、ヤマさん。何があったか聞かせてもらおうか」
「だから違うって言ってるだろうに!」
空気はいつも通りに戻ったけど、ヤマさん、うん、なんというか本当にごめん。
「へー、そんなことが。なんか意外」
「
部活終了まで時間があるものの、作業も打ち合わせも終わったので女子たち全員で他愛のない雑談に花を咲かせていた。話題は言うまでもなく、ヤマさんの話だ。
「でも山県先輩ってやっぱり女子苦手なんですね」
「あ、
「私も男子と喋るの、あまり得意じゃないので何となくそれに似てるなって」
「うん。ヤマさん先輩、最近は割と普通だけど、うちらが入部したての頃はそんな感じ」
後輩二人の証言に、私と喜衣乃ちゃんは思わず顔を見合わせた。
「知ってた?」
「いや全く」
付き合いの長い私たちの方が気付かないって、本当にどうなんだろう、これ。
「けど、いいのか?」
「いいのかって?」
「いや、山県とあかりの友達が付き合う話」
「どういうこと?」
喜衣乃ちゃんの質問の意図が分からない。そもそも二人が付き合うことに何の問題があるんだろう。
「なんだかあかりを見ていると、賛成するのをためらっているように見えた」
「私がぁ?」
自分でも素っ頓狂だと思える声が出た。
「いや、ちょ、待って。何処をどう見たらそうなるわけ? 大体、嫌いだったら仲を取り持つこともしないでしょ? 意味が分からないよ」
「ならさっきの山県への態度はなんだ。いつもと違う」
「そ、それは」
それは私にもわからなかった。ヤマさんにはすごく申し訳ないんだけど、自分でもどうしてそんな行動を取ったのか、さっぱりだった。
「一度よく自分の気持ちを整理してみたらどうだ。そうしないと見えてこないこともある」
なにそれ。
まるで火薬に火がついたかのような、カッとした何かが心の中で湧き上がる。
「喜衣乃ちゃん。何か勘違いしているようだけど、私は別にそんなんじゃないから」
自分でもぞっとするような暗い声。
喜衣乃ちゃんは一瞬眉をひそめたが、何事もなかったかのように続けた。
「だったらなぜ怒ってるんだ? らしくない」
「怒ってるつもりはないし、そう見えるのは喜衣乃ちゃんが変なことを言うからだよ」
「私は別に変なことを言ったつもりはない」
「つもりはなくても、そう見えちゃう場合もあるの!」
言ってから頭の中で忘れたいと思っていた何かが弾けた気がした。
「それは誤解です! 私は本当に」
「誤解? 本当にそう言い切れるの? こういうの、迷惑なのよ。私だけじゃなく、彼にとっても」
ああ、私ってどうしてまた似たような間違いをやっちゃうんだろう。
否定しているのに、全然通じなくて、それなのに誤解されるようなことをやっちゃって。
「あかり?」
「ごめん、私、帰る」
なんかすごく泣きたくなってきた。
「待て、あかり」
喜衣乃ちゃんが引き留めようとするのを、手で制止すると、ただ一言「追っかけて来たら許さないから」と釘を刺して私はそのまま退室した。
自分でもものすごくきつい事を言ったと思う。でも、ここまで言わないと喜衣乃ちゃんはどこまでも追及してくるだろう。あの子はそういう子だ。
私、本当に何やらかしちゃったんだろう。
放課後辺りから自分でも分からない事ばかりやっちゃってるし。らしくないって散々言われてる気がするし。
美術室から下駄箱までの長い距離をとぼとぼと歩きながら考える。
ティーナとヤマさんがうまくいってほしいというのは本心だ。二人ともいい人だし、そもそも反対するんだったら仲人も応援もしない。
じゃあ、なんで私はさっきヤマさんに対してあんな態度を取っちゃったんだろう?
言動が不甲斐ないから苛立った? いや、確かにツッコミ所は多かったけど怒るほどの事じゃない。
「一度よく自分の気持ちを整理してみたらどうだ。そうしないと見えてこないこともある」
さっきの喜衣乃ちゃんの言葉が思い浮かぶ。
あれは身勝手な誤解だと思ったけど、もしかして誤解しているのは私の方?
あんまり考えたくないし、考えたことすらなかったけど。
私は、もしかして、ヤマさんの事を好いているんだろうか?
何かめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど! 急速に全身が熱くなって思わず足を止める。
ううん、恥ずかしがっている場合じゃない。これは多分重要な事だ。
でも、あくまで冷静に考えなきゃ。うん。
ギュッと目をつぶって、五秒か十秒くらいヤマさんをどう思うのかを考える。
結論。
多分、恋愛で言う好きとは違う気がしてきた。
そう思ったのは、単純に頭の中でミッチーとどっちが好きかと問いかけて、二人ともそれほど差がないという事に気づいてしまったからだ。
何だ。見苦しい嫉妬とかじゃなくて本当に良かった。
そこまで考えて、じゃあこのモヤモヤした感情の正体は何? という疑問がわき起こる。
恋愛感情じゃないんだったら、もう何も問題ないはずなのに。
「あかりちゃん。こんな所にいた」
「ひゃあっ!」
いきなり声をかけられ、思わず変な声を上げる。心臓が飛び出そうだった。
振り返ると、声をかけたのはミッチーだった。私の悲鳴にびっくりしたのか、驚きで口をぽかんとあけている。
「って、これじゃ僕が変質者みたいじゃないか!」
「ご、ごめん」
本当、どうにも今日の私はグダグダだ。
「一体どうしたの? 美術室に戻ったら大将の様子がおかしかったし」
「う。やっぱり」
どう考えなくても私のせいだ。
「きっと怒ってるよね、喜衣乃ちゃん」
「ううん、めっちゃ凹んでたよ」
いっそ怒ってくれた方が気が楽だったかもしれない、と考えるのは勝手かな。どっちにしても酷い事言っちゃった。
「で、本当に何があったの? 話したら楽になるかもよ?」
「でも」
「大丈夫、僕、守秘義務は守るから。ほら、アメ食べる?」
鞄からごそごそとキャンディの袋を出しながらにっこりするミッチー。
私は無理矢理笑顔を作りながら、キャンディの袋に手を伸ばした。
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