ラノベ作家のおっさん異世界に転生する。

来夢

第1章 異世界転生

第1話

途中まで書きかけていた異世界系冒険小説がひと段落ついたので、手を止めて風呂を掃除してから、風呂自動ボタンを押す。


【お湯はりします】


最近寝不足気味だったので、風呂が出来るまでちょい休憩しようかな…


ソファーに寝そべって小説の今後の展開を考えながら目を閉じる。


【ザーーー】


『雨の音?ここはどこだ?』


「――ヴェル!死なないで!!」


フェードインするように徐々に声が大きくなる。と、ふっと目の前が明るくなって、目の前に赤い髪の女性と包帯が巻かれ傷ついて寝かされている男性が目に映った。ここは洞穴の中か?暗がりだが机にランプが置いてある。


見た目20歳ぐらいの赤い髪の女性は傷ついていた男性を泣きながら揺すり、横を見てみると仲間だと思われる女性2人もすすり泣いていた。


声を出そうとしても出ない。触ろうとして机に触れてみたがすり抜けてしまう。ただ呆然と横から見ている事しか出来ない。


狐耳の女性が涙を流しながら首を横に振り「ジュリエッタ様!この呪いにはスキルや魔法は効きません!諦めてヴェル君を楽にしてあげましょう」と言って、ジュリエッタと呼ばれる女性を抱き締めて止めようとする。


『エルフにケモ耳の女性?ヴェルとジュリエッタって!』


エルフとケモ耳の女性は初見だが、この二人は今書いている主人公とヒロインだ。今までは少年少女の時の夢ばかりだったから気付けなかった。この夢を見るのは久し振りだ。10年振りぐらいだろうか…小説を書き始めたのが切っ掛けになった夢だ。


「そんな事無い!諦めるもんですか!!癒しの光!!解呪!!」


ジュリエッタは、ケモ耳の女性を振りほどきまた魔法らしき言葉を詠唱する。


「とても辛く苦しそう…苦しむ姿に私は耐え切れそうもありません。ヴェル様を早く楽にしてあげてください…」


目を腫らしたエルフの女性も溢れる涙を拭いながらそう言ってジュリエッタを止めるが、彼女は首を横に何度も振りながら呪いを解く魔法を掛け続ける。


「ごめんねヴェル!私が油断したばかりにこんな事になって!!」


ヴェルの手を握りながら、ジュリエッタが涙声で許しをこうと、ヴェルは薄っすらと瞼を開く。


「…許すも何も、聖騎士として聖女様の盾になって死ねるのですから。ジュリエッタ、君はこの世界の希望の光…無事で良かった。最後にひとつだけ言わせてください。今まで言えませんでしたが…ずっと好きでした」


ヴェルは、声を振り絞るようにそう言うと儚げに微笑んだ。


「馬鹿!こんな時に何を言ってるのよ!告白をするなら元気な姿になって、正々堂々と言いなさいよ!」


「それは…ごめんなさい。叶えられそうもないです…気が遠くなってきました。先にあの世に…ぃってます」


ヴェルは力尽きて、ガクッと全身の力が抜け落ちた。


「――――!」


「――――!」


「…死んじゃいやっ!!ヴェルー!!」


ジュリエッタが泣き叫ぶ。


「へっ?そんな馬鹿な!主人公のヴェルが死んだら物語の続きはどうするんだよ!」


そう夢の中で叫ぶと、塗りつぶされたように目の前が真っ黒になる。


□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■


「はっ、ハーハーッ…今回の夢は持病の心臓に悪いや」


短い夢だったが汗でインナーシャツがベタベタだ。息切れと喉の渇きに、机の上に置いてあった新品のミネラルウォーターを半分ほど飲むと少し落ち着いた。


それにしても、幼少の時からこの不可解な夢を見る。断片的ではあるが、ヴェルと呼ばれる男の子とジュリエッタと言う女の子の物語だ。


青年にとなった姿の二人の夢は初めて見たような気がする。それに夢の中なのだが何も出来ない分だけ後味が悪い。今書いている小説の主人公であるヴェルがまさか死んでしまった。こんな展開を想定していなかったので、これからの話の続きの内容をどうしよう…


そんな事を思いながら、記憶にあるうちにメモに記録しておこうと、先ほどの夢を振り返るが、会話は思い出せるのに霧がかかったように風景や顔は思い出せない。


今までも夢の中では顔が認識できるのだが、同じように覚めるとかろうじて会話は覚えているが、顔が思い出せない…それにしても今日の夢はやけにリアルだった。


【お風呂が沸きました。お風呂が沸きました】


周りが静かなだけに、突然のお風呂のアナウンスが流れてビクッとする。


「さてと~。汗も掻いた事だし、小説の続きは風呂にでも入って、リラックスしてから仕上げる事にしようか」


風呂場に行って、いつもどおり服を脱ぎ始め『それにしてもこれからどうしようか?主人公が死ぬなんて想定してなかったぞっ』と考えながら、そのまま服を洗濯機に放り込んだ。


風呂場の扉を閉めた瞬間、急に呼吸が出来なくなる「んっ!!!苦しい。くっ薬!!」と、叫ぶものの一人暮らしのこの家には俺の他には誰もいない。


発作!心臓病の持病があるのでニトログリセリンをペンダントトップにいれてあるのだが、考え事をしてしまったが為に、服と一緒に外してしまっている。俺のバカ!


何とか這い蹲りながらも薬を取りに行こうとするが苦しくて動けない。


「こ、このまま死んでしまうのか!くっ苦しい!!だっ誰か助けて…」


力が抜けその場に倒れ込む。意識が朦朧として何がなんだか分からない。


――刹那、目の前が真っ暗になるが、直後嘘のように苦しかった胸がスッと楽になる。えっ!俺、死んだのか?だとしたら瞼の裏に感じる明るさは何だ?死ぬ時ってこうなるの?


何がなんだか良く分からないまま目を開くと景色が霞む。声を上げようとするが「おぎゃ~おぎゃ~」と泣くことしか出来ない。なんだこりゃ、病気か?はたまた夢でも見ているのか?


すると横から女性の声がした。


「まぁ~奥様!元気な男の子ですよ。奥様に似ていらっしゃってなんと可愛らしい」


「テーゼ、アルフォンスを呼んできて」


「はい、奥様。仰せのままに」


「誰だこの人達?笑顔で人の顔をじろじろ見て。美人だからちょっと照れるな。しかしここはどこだ?藁。柵?見たところ馬小屋っぽいぞ?」


とは言え自分の耳に入ってくる言葉は赤ん坊の泣き声だけだ。さすがの俺もこの異常に気付く。


手を上げてみると自分の手が目に入るがどう見ても赤ん坊の手だ。


「なっ、なに~!!ちょっと待て。確か風呂に入ろうとして発作を起こした筈だ。夢?それとも走馬灯?何が起こった!」


と言うかテーゼと呼ばれる侍女と、アルフォンスと言う名前は覚えがある。そう、俺が書いていた主人公の父親の名前だ。ここにいる全員の名前だけは夢に度々出てきた。


で、ここは馬小屋、これって、今俺が執筆中の物語と設定が同じなんだけど。と言うかそのまんまだ。


主人公、つまり俺が生まれたのをなんで馬小屋にしたかと言うと、イエスキリストや聖徳太子が生を受けたのが馬小屋だったので、こいつはいける、そう思ったからだ。安直過ぎたかな…でも良くない?


そんな訳で、主人公の幼名を馬小屋の君っぽいものを付けようとも考えたが、和名過ぎて馴染まないのと、何よりあまりにも不憫なので諦めた。今こうして当事者になるとそうしなくて良かったと心底思う。


それから数分、先ほどいなくなった侍女がお湯、一緒に若いイケメンが白い布を抱えて戻ってきた。どうやら父親ぽい。顔立ちは日本人のようだ。そして俺の股間を見て…


「がんばったな!!男の子だぞ!!」と嬉しそうにしている。そうまじまじと見られると照れるじゃないか。


産湯に浸かると、ほんの数分前に風呂に入ろうとしていた事を思い出した。まさかこんな形で風呂に入るなんて誰が想像できた?冷静に考えてみると、そもそも何で言葉が理解できるんだ?


産湯から上がると、白い布に俺は包まれ母親に抱きかかえらた。アルフォンス、つまり自分の父親に頬擦りされる。僅かに生えた髭が痛い。赤ちゃんの敏感肌なんだから頬擦りするんなら剃った直後にしようぜ!


これはつまるところこれは夢ではない。自分が自分の書いた小説の中に転生をしたのだと理解をしてしまった。なぜこんな事になったんだ?あり得ないだろ?


それから、馬小屋からの脱出!向う先はどうやら屋敷っぽい。小説どおりなら、俺は男爵の長男として生まれたはずである。当事者となってしまった自分からしてみると貴族にしておいて良かったよ。ほんと。


母親の胸に抱かれながら屋敷に入ると、燕尾服を着た執事やメイド服を着た侍女達が「奥様!おめでとうございます!」と次々と感涙しながら声を掛けてきた。

赤ちゃんの体なので人も屋敷の大きさは随分と大きく感じる。


玄関ホールから続く階段を上り、寝室らしい部屋に入ると母親に授乳される。恥ずかしいが照れている場合じゃないし、そもそも赤ん坊に拒否権は無い。情報を得ようとしたが、首のすわっていない赤ん坊なので何も確かめられない。そりゃそうか…


しかし、この女性、いや母親はとにかく美人で胸が大きいんだ。とある登山家が言った。そこに山があるからさ!と…きっとその頂には、男の桃源郷いや、夢、ロマンがあるのだろう…ってちょっと違う!


いや駄目だダメだ。50歳になろうととしていたおっさんが、こんな風に思うのはやましい気がする。だってどう見ても母親だし年下よ?


授乳が終るとゲップをさせられてベッドに寝かされた。ガバッと立ち上がりたい気はするが、ここはされるがままだ。寝返りすらうてない。


それに、言わせてもらえば、書いた小説通りだったらまず神様に会ってチートなスキルを与えられる筈なんだけど、そんなセレモニー的なものは無かったぞ。


赤ん坊なのに言葉が理解出来るし、日本での記憶があるから何かしらの神様からの恩恵はあるのかも知れないが、俺は確かに日本で生きていた。


なので確認のため自分の人生を振り返ってみる。記憶を持ったまま異世界転生したのだ。そこを忘れてはいけないだろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る