絶対領域マスターはスローライフをお望みです

御愛

クランマスターのダイジェスト 


 僕は死後、異世界に転生した。生前生活していた地球とは、全く別の世界に。


 当初は特異な状況に戸惑っていたが、やがてこの世界は文明の発展度合いが地球と比較して全体的に低く、未だ凡ゆる学問が探求されていない状態にある事が分かった。


 その文明の発展を阻害するものが何かと言えば、それは地球には無かった理の一種である"マナ"と呼ばれるものであった。


 この世界にはマナが充満している。それは普段から目に見えるものでは無いが、確かに身の周りに存在しているものだ。


 マナは大気や凡ゆるモノに宿る神秘的な力だ。それが勿論人間にも宿ったりするわけで、マナを宿した者達はこの世のものとは思えない力を得る。


 それは強靭な肉体であったり、精神力であったり、魔法と呼ばれる超常的な力であったりするわけだ。


 もちろんマナは人間以外の生物にも宿るし、そういった動物は魔物とも呼ばれたりする。


 さて、それらが何故文明の発展を阻害するのかというと、全ては争いのせいなのだ。


 考えてもみてほしい。マナは生物本体に宿る。ただの一般人でも、マナの総量に差は出るが、例外を除いてマナを全く持たない者は存在しない。


 イメージとしては、世界中の人間が拳銃以上の見えない武装をしていると思ってくれればいい。その中には核弾頭クラスを保有する者もいるのだから、もう危険ったらありゃしない。

 

 更には魔物だ。彼らは貪欲に人を殺す。マナで強化されるからと言って、決して油断できる相手ではないのだ。中には核弾頭を食らってもケロリとしていそうな怪物までいるのだから、これも危険ったらありゃしない。


 争いは力を持つ者がいるから生まれやすくなるものなのだ。人も魔物も日常的に争いまくっている。死なんて日常茶飯事だ。


 頭の良い人は死に、人を導く人は死に、勇猛な人は死に、無力な人も死ぬ。史実を見ると、どこそこの国がいつどうやって滅んだとかの情報が只管羅列され、もう訳がわからなかった。文明自体が滅んだのも二度や三度では効かないというのだから、もう笑うしかない。この世界は脅威が多すぎる。


 僕はこんな世界に転生した事を心底悔やんだ。そして考えた。僕はただ、平穏な人生が送りたかったのだ。どうにかそんな生活が送れないものかと。しかし、この世界は危険すぎる。僕は考えて考えて—————————漸く答えに辿り着いた。


 平穏な人生を送るためには強さが必要だ、と。



 ここが僕の原点である。


 危険すぎる異世界。この世界で生きなければならないとなった時、人はいったい、どのような選択を採るのだろうか。


 しかし僕は決意した。強くなろうと。幸い前世の記憶もあるため、幼少期から鍛錬を積めばきっとそれなりの強さにはなるだろう。


 全ては僕の望みの為に—————————






£££






 僕は強さを探求する修羅となった。魔法は勿論、武器防具の扱いから徒手空拳に至るまで余す事なく学んだ。しかし、特に才能らしき片鱗の一部、その爪先くらいが辛うじて見えたのは、剣に関してのみだった。


 僕はかなりの時間、悲嘆に暮れていた。


 しかし既に修行は僕の日常だった。体を休める事がどうにも性に合わず、娯楽もないこの世界でやることと言えば恋愛か戦争くらいだったのである。


 なので結局一度強さに執着してしまった僕は、もう止まる事は出来なかった。


 僕の家は多少裕福だった為、他の農村民の子供は農業などに精を出すところを、僕は日々鍛錬に費やす事ができた。これは転生して初めて良かったと思えた点である。


 そもそも世界がこんな風でなければ鍛錬する必要もなかった事は考えないでおく。


 僕が鍛錬に限界を感じた頃、とある決心をした。それは魔物を狩る職業、ハンターになる事だった。


 魔物等マナを含む生物を狩ると僅かにマナの総量が上がるのだ。生物が生命活動を停止し、マナが霧散する瞬間にその周囲にマナを付与するのだと聞いた。また魔力枯渇という名のマナを増やす方法もあるのだが、それはリスクが高すぎるのでここでは話す必要もないだろう。


 魔物を狩って売れば生活資金にもなるし、正に一石二鳥。この考えを両親に話したところ、案外すんなりと了承してもらえた。どうやら僕はこの両親に修行馬鹿だと思われている節がある。梃子でも動かない事を分かった上で、渋々同意したという様子であった。


 こうして僕は晴れて家を出て、ハンターとなったのだった。



£££



 僕はスローライフを願う一心で強くなった。


 東に魔物の群れが居るとあれば喜び勇んで飛んでいき、西に龍が出たとなれば着の身着のまま突っ走る。北と南に聖霊が現れたと聞けば、取り敢えず駆けていき問答無用で斬りかかった。


 こうしている間に、僕はメキメキと腕を上げていった。


 周囲には頭のおかしな戦闘狂とか血狂いとか狂乱の戦士とか言われるようになったが、当時はあまり気にしていなかった。だって凡人である僕が強くなるのには、形振り構っていられなかったから。


 そして僕はある日気づいた。


 ————僕一人の力には限界がある、と。


 ハンターにはクランやパーティーと言った魔物を狩る者達の集合体がある。パーティーがハンターの集団の基本単位、クランが一つ以上のパーティーを内包する集団の単位だ。その中でハンターは互いに協力し合い、生存率や殲滅力等を高めている。


 僕は久しく忘れていたその仕組みを利用しようと考えた。何より背中を預けることの出来る仲間というのが大変素晴らしい。人と関わる事で面倒事は増えるだろうが、身の安全には変えられないだろう。精々、出来るだけ信頼できそうな奴を選ぶとしよう。


 僕は早速ハンター組合に顔を出し、クランを設立する旨を告げた。クランは一人でも立ち上げる事が出来るのだ。立ち上げの名義はパーティーのものになり、大概が同じ名前をクラン名にも流用する事になる。考えるのもめんどくさいので、僕もそうしようと思う。


 クラン設立時には、そのクランを設立する目標的な事を言わなければならないという、しきたりみたいなのがあるそうだ。巷では知らぬ者のいない有名なクラン【龍王覇武】は『最強の龍である天龍を狩る』だし、最近勢いのある若手実力派クラン【赤帽子】は『紫炎の魔王を倒す』という目標を持っている。中には【黒笛】みたいな『自由な世界の実現』という少々毛色の違うものを掲げているところもある。


 僕の場合組合には『世界最強のクランを創る』とでも言っておけばいいか。一番ありきたりなものだし。まぁそんな事不可能だとは思うが、大体ハンターってのは大言壮語なものなのだ。


 こうして僕は、晴れて総勢一名のパーティーのリーダー、そしてクランのマスターとなったのだった。


£££


 僕は各地を巡りクランメンバーを募った。もちろん出会って直ぐに信頼できる者とは中々居ないものだ。何より、背中を預けるには強さも大事な要因となるのだが、ハンターで強者となると大抵我の強い奴らとなる。僕が設立した以上クランのマスターは僕である為、僕の言う事を聞かない奴は扱いづらいので却下となる。


 そうしてグルリと国を一周し、仲間探しの旅を終えるとクランのメンバーは僕含め8人となっていた。


 ここまでの旅は波瀾万丈だった。死にかけた事も一度や二度ではない。安全を得る為に死にかけるというのは本末転倒な気がしなくもないが、目的を達成したために今それは些細な問題だ。大事なのは今である。


 旅を終えた事で、僕はかなり強くなったと思う。安心出来るかは別である為未だ鍛錬を続けるつもりだが、そして癖になっているため自力で辞めることは困難を極めるのだが、そろそろスローライフに移行しても良さそうな頃合いだった。


 漸く夢が叶うと思った。期待に胸を膨らませ、これから何をしようかと夢想した。

 

 だが、事態は僕の想像を遥かに超える事件を引き起こしたのだった。

















£££













 かつかつかつ、と下階から階段を登る靴音が聞こえてくる。


 ここは僕が設立したクラン、その本拠地であるクランハウスだ。数多くのハンターが群雄割拠するここ帝都でも、ここまでのクランハウスを持つ者は多くないだろう。


 特注で作らせた僕らの城は全7階層であり、鍛錬場や実験場として使用する地下もある。作りは多くのマナを吸った鋼魔鉄をもとにしており、高ランクのハンターの攻撃でもびくともしない強度を誇る。スローライフを夢見る僕にとって、安全性とは何物にも変え難いモノなのだ。


 かつ、と。クランハウスの中心的場所である僕の居座る部屋、クランマスター室の前で足音は止まった。そのままコンコン、と上品なノック音が響く。


「……どうぞ」


 僕は若干諦めの混じった声で、そう言った。暫くしてガチャリと扉が開く。許可を貰ってすぐに室内に入ると相手に失礼であると何処かの本に書いてあった気がする。彼女もその本を読んでいたかは僕の知るところではない。


「失礼します、マスター。予想されていると思いますが、ご報告があります」


 入って来たのはフリルをあしらったコスプレの様なメイド服を着こなした、一人の少女だった。小学校中学年程の身長に体型、おまけにプラチナの髪色とくれば、まず日本ではそういうお店に行かなければ滅多にお目にかかれない光景だろう。


 しかし別になんて事はない。彼女はこのクランの副マスターなのだ。例え妙ちきりんな格好をしていようが、既に見慣れてしまった光景なのだ。ちなみにこの世界ではこの格好が普通というわけでもない。十分奇異である。それを指摘するのが馬鹿らしくてやらないだけで。勿論この服装が僕の趣味という訳でもない。


 僕は重いため息を吐いた。そのまま少し沈黙した後、面倒臭いアピールをしながら顎をしゃくって続きを促した。ああ、聞きたくない。


 少女はこちらを確認して一度頷くと、話を進めた。


「それでは、ご報告をさせていただきます。————アイツらが、またやらかしました。尻拭いをお願いします、マスター」


 僕は今日、何度目かも分からないため息を吐くのだった。


 


 




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