第5話 鈴木くんのせいなんだから!
放課後、いつもなら友達と街中をぶらぶらして、夕方くらいに家に着く。でも、この日は寄り道せず1人でまっすぐ家に帰った。気持ちが落ち着かなくて、それどころじゃない。
家の玄関を開けた瞬間、
「ふぅ〜……! つ、疲れたぁ……!」
私は溜め込んでいた緊張感を一気に解き放った。ほんと、今日はすごぐ疲れたんですけどっ!! それもこれも、
『今週の土曜日、水族館行こっ!』
胸の奥がソワソワする。
「も、もうっ……! いきなりあんなこと言うからっ……!!」
私は乱暴に靴を脱ぎ捨てて、家の廊下を歩いていく。とりあえず、冷たい飲み物で一息入れよう! 落ち着きたい。
顔はじんわりと熱く、鼓動は慌ただしい。夏の暑さのせい、だけじゃないかもしれない。
「ほんともう……!」
リビングに続くドアをガチャ。
「鈴木くんのせいなんだからっ!」
「おかえりっ〜華、早いねっ」
「わわっ!? お、お姉ちゃん!?」
リビングに入ると、お姉ちゃんがソファに座ってくつろいでいた。Tシャツにハーフパンツ、肩まであるマロン色のキレイな髪を扇風機の風で無造作になびかせながら、超だらけていた。
「な、なんでいるの!?!?」
帰ってくるの私より超早い。まだお昼の3時過ぎだよ! 大学生は暇なの!?
私の顔をみて何か気づいたのか、
「あははっ、今日はお昼までの講義だったから。早く帰ってだらだらしてたのよ〜。外は暑いし、夏はお家でクーラーと扇風機が一番よねっ」
そう言ってお姉ちゃんは力の抜けたゆるい顔で笑う。お姉ちゃんのダメっぷりを見ていると、なんか変に気持ちが冷めてくる。まあ、今はちょうど良いかもしれない。ん? あっ!
お姉ちゃんの右手にはコーラの缶が握られていた。私も飲みたい!
「お姉ちゃん、コーラほしいっ!」
するとお姉ちゃんが首をかしげる。
「うにゃ? お姉ちゃんが買ったのだよ?」
「別に良いじゃん!」
「ええー……、しくしく、ガンバッてバイトしたお金で買ったのに」
「そういうのいいから……っ!」
「んん? ふぅん〜……、まっ、しょうがない、優しいお姉ちゃんが恵んであげましょ。はい」
スッと渡してよ! ほんとにもう……!
渡されたコーラの缶に口をつけて、ぐいっとあおる。
「んぐんぐ、ふはぁー……! んんー……、おいしっ」
ちょっと強めの炭酸がすごく心地いい。シュワシュワと、口や喉で弾ける泡と一緒に、私のもやもやも細かく弾けて消えていく気がする。
「いい飲みっぷりじゃない。栗まんじゅうみたい」
「それ……、嬉しくないんだけどっ」
ハチワレか、うさぎ、ちいかわって言ってほしい。あの子たちは可愛いから好き。って、そんなの今はどうでもいい。
「……、ねえ、
「なに……?」
もうちょっと飲もうっと。んぐ、んぐ。
「今日なんかあった??」
「んんっ……!? けほっけほっ……!!」
「あらら?? だ、大丈夫?」
お姉ちゃんの心配な声音がムカつく。大丈夫なわけないでしょ!
私の睨みつけるような視線に、
「あははっ……、いや〜、ごめんごめん。でもねっ」
申し訳なさそうにしていたお姉ちゃんが、にやりと、不気味に笑った。な、なに?
「いつもと違うね〜、華」
「えっ!?」
そう言われて変に焦る。とっさに、
「い、意味わかんないんだけど」
と返した。そしたら、
「んん〜、なんていうの? 今日はやけにテンション高いというか」
「うっ! い、いつも通りだしっ……!」
「そう? でも、なんか今日は雰囲気違うのよね〜、なんだろ、慌ててる? んん〜??」
お姉ちゃんの興味深い視線に、思わずたじろぐ。思わず、身構えてしまった。すると、お姉ちゃんの顔つきが変わった。何かを試すかのように、ゆっくりと口が開いた。
「鈴木くん、と何かあった?」
「えっ……、ええっ!?!?」
その言葉に、私は頭が熱くなるのがわかった。す、すごく恥ずかしい! って、待って! な、なんで、お姉ちゃんは、
「す、鈴木くんのこと知ってるの!?」
「えっ? いや、だって」
お姉ちゃんは可笑しそうにこっちを見つめる。
「華、自分で言ってたでしょ」
「い、言ってないし!!」
「いやいや、ついさっきだよ? リビングに入ってきたとき、最初にしゃべったでしょ」
「そんなわけっ……、あっ」
(回想)
『鈴木くんのせいなんだからっ!』
終。
わ、わたし、わたし、言ってた!! 言っちゃってた!?!?
「顔、赤いわよ」
「ふぇっ!?!?」
お姉ちゃんの声に、思わずびくつく。するとそこには、
「あらあら〜?? 華〜? なに? 今日はいつもと違って……、ねぇ? すっごく、可愛らしいじゃない?」
熱い、熱い、止まらない、なんで、どうしよう、こ、コーラ飲む? 冷える? むり、そんなのじゃ、顔の熱さ、胸の奥の熱さは、
「鈴木くんと何かあったのぉ〜??」
「つっ!?!?」
全然、冷えない!!
「ううっ、ううっ!! ば、ばか」
「へっ? 華??」
「お、お姉ちゃんのばかぁ!! ばかばか!!」
私はそう捨てゼリフを言いながらリビングを飛び出した。そして、大急ぎで二階へ。自分の部屋に逃げたかったから。
「こ、こらっ! 華〜! コーラは返しなさいよぉー!」
なにそれ! ごめんなさい、とかもっと他に言うことあるでしょうが!!
「ほんとお姉ちゃんのばかぁ!!」
大声で叫んで、私は自分の部屋に逃げ込んだ。部屋のドアはもちろん鍵をかけて。
「ほんと、もうほんとにっ……!!」
私は、口に出そうになった名前をなんとか抑える。また顔が熱くなるのを感じた。
手に持ったコーラをぐいっと慌てて飲む。口に広がる爽快感と冷たさ。でもそれだけじゃ、足りない! この熱さは、弾け飛ばない。
「す、鈴木くんのせいなんだからっ……!!」
結局、鈴木くんの名前を呼んじゃったのだった。
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