第89話 無理じゃない。無茶だ
「うっ……」
気が付くと俺はベッドに寝かされていた。知っている天井だったのは残念というべきか。だが、そんな些細なことはどうでもいい。それより困ったことがある。全身がクソ痛ぇことだ。こんなんじゃおちおち寝ていられない。睡魔カムバーック!
「目が覚めたようだね」
知っている天井のはずなのに、知らない人の声がした。誰だ、俺の部屋に無断で入ってきているヤツは。お前か。
俺は目だけ動かして声の主を見た。見たことあるようなないような眼鏡のおじさんだ。白衣を着ていることから医者だろうと推測する。
いやね、眼鏡の医者で優しそうな笑顔をする奴は敵って相場が決まってんだよ。俺をどうするつもりだ。食べても美味しくないぞ。煮ても焼いても食えねぇヤツって評判だからな。
「こうして話すのは初めてだったね。僕は七瀬と申します。見ての通り医者ですよ」
あー、たしかイケおじがそんな名前を口にしていたような気がするぞ。たぶん。覚えてないけど。この人が七瀬って医者だったんだ。へー。あだ名はヨアヒムで決定だな。
「どうして、ここに……?」
ばっ、喋ると全身が痛いのなんの。いつもみたいに喋れないじゃん。ヨアヒム、俺の少ない言葉で察してくれ。一体どうなったのか知りたいんだ。
「まずは経緯から話しましょうか。神崎さんも知りたいでしょうし」
滅茶苦茶知りたいです。教えてください。俺の記憶では吐血したとこまでは覚えてんだ。そこからは記憶がない。
「最初に血だまりに倒れるあなたを発見したのは天導さんです。いくら呼び掛けても返事がなかったため、僕のところに来ました」
要領を得ないアイナの話からすぐさま行動に移し、ヨアヒムは俺を介助した。幸い命に別状はなく、安静にしていれば10日ほどで完治するとも見立てだ。
「外傷はありませんが、内臓へのダメージが蓄積しています。正直なところ、ダンジョンからよく歩いて戻ってこられたな、と思うほどでした」
そんなにヤバかったのか、俺。あの薬の副作用と特殊なスクロールのせいだな。
薬は一時的なステータス上昇の代償に、効果が切れたら反動ダメージと長時間のステータス低下に見舞われるものだ。それを2本飲んだので反動ダメージが重複したのだろう。
特殊なスクロールは身体強化のスクロールだ。身体強化は継続的に魔力を使うものなのでスクロールと相性が悪い。作製に使った魔力分しか身体強化できないので、弱い身体強化だったとしても数分しか持続しない。俺が使ったのは数秒しか持たない代わりに一瞬だけ強力な身体強化を使えるようにしたスクロールだ。強引なステータス上昇に俺の肉体がついていけないという欠点を除けば、使いどころにより強力だ。
これら2つの副作用で身体に過剰な負荷が掛かり、それが内臓や筋肉にダメージとして残っているのだろう。
「天導さんからお聞きしたのですが、何やら強力な魔物と戦ったそうですね。そして、何かを服用したとか」
「そうするしか、なかったんです」
「そうでしょうね。でなければ死んでいたと言っていましたから」
実際、使わなければ俺はクソ鳥のおやつになっていただろうな。使ったことに対して後悔はしてない。俺の失敗はアイナにぶっ倒れた姿を見られたことくらいだ。
「天導さんはずいぶんと気を病んでいました。自身のミスが神崎さんを死の淵に追いやった、と」
それは大問題だな。誰だって生きてりゃミスくらいする。しかも何度も。大小の差はあれど、そのミスから立ち直れるかどうかが大事なんだ。今回のミスでアイナは学びを得た。それで十分だ。俺は生きてるし、そんなことで気に病む必要は無い。
「よいしょっと」
「何をしているんですか!」
「何って、起き上がっただけです」
「安静にしてください!」
何をそんなに泡を食ってんだ? 俺はパッと見、健康体だろ。普段通り生活して何が悪い。
「神崎さんは重傷なんですよ!?」
「それなら天導さんもでしょう? 私がこんなところで寝込んでいたら彼女が気に病みます。ですから私は立たなければならないのです」
身体が痛い? 知ったことか。アイナの方が心を痛めている。俺が寝込んでいるのが原因なら解決なんて簡単じゃんかよ。
「無理しないでください」
「無理はしていませんよ。単なる無茶です」
無理は理屈が無いのだ。だが、無茶はお茶が無いのだ。お茶が無いなら水でもコーヒーでもいいのさ。
「そんな屁理屈は……」
「屁理屈も理屈の一つです」
立てるかな? ……痛ぇけど立てるな。痛覚耐性おかげか段々と痛くなくなってきた。ごめん、痛いもんは痛いわ。でも立つけど。
「はぁ……、何を言っても無駄そうですね。頑固すぎます」
「もっと柔軟に生きられれば良かったのですがね。どうにも私は不器用なようです。それと、治療していただきありがとうございました」
「感謝は受け取ります。ですが、僕も医者の端くれです。定期健診に来ますので覚えておいてください」
ま、それくらいならいいか。心配性の医者が来るくらいならアイナも気にしないだろう。
ヨアヒムを見送り、俺はアイナの部屋の前に立つ。そして、ドアをノックした。
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