第87話 勝てばよかろうなのだ

 あー、ステータスが高いって素晴らしいなぁ。だってよぉ、妄想でしかできないような動きを簡単にできるんだぜ? そりゃあ強いわ。


 俺はクジャクニワトリのくちばしを軽々と回避し、横を過ぎる巨大な鳥頭を蹴り上げる。ボキッという嫌な音と共にクジャクニワトリは綺麗に上を向いた。




「痛ぇっ!」




 あ、ちなみに言うと、あの嫌な音は俺の足の骨が折れた音です。マジで痛い。涙が零れそうだ。瞬時に骨折は治るけど、無理やり骨とかの位置を戻して再生するためなのか、治る時はもっと痛い。この後に副作用があるはずだが、めちゃ怖いんですけど。いやーん。


 俺がこんなことになっているのは、錬金術で作った薬を服用したからだ。強引にステータスを引き上げ再生能力も付与する代わりに、ちょっとヤバい副作用がある程度の代物だ。




「くちばしは硬いし、足はもっと硬い。このステータスでも無理とか馬鹿でしょ。鳥の癖に生意気だわ」




 今の俺の攻撃ですら碌なダメージが通らないとか、この階層に出てくる魔物の強さじゃないだろ。ダンジョンの設計間違ってんぞ。リコールだ。責任者出せ。


 俺はクジャクニワトリの各部位を槍で攻撃しながら愚痴を溢す。全身分厚い羽毛で覆われていて生半可な攻撃は皮にすら届かない。羽毛がない部分は鉄より硬く、これまた俺の攻撃を全て弾き返す。正直お手上げだが、薬の効果時間が迫っているので四の五の言ってられない。




「あー、副作用が怖いよー」




 俺はもう1個薬を取り出して煽る。味は正直美味しくない。魔力回復ポーションと間違えないためだが、もう少し飲みやすくすればよかった。


 血液が沸騰するような感覚に襲われながら、全身に激痛が走る。心臓が爆発しそうだ。一刻も早く目の前のクソ鳥を倒さなきゃいけない。チキンレースって口走ったけど例えとしては正解だったな。




「掻っ捌いて丸鳥にしてやるから大人しくしやがれ!」




 コケー、じゃないんだよ。気が抜けるだろ。


 俺は今までとは比べ物にならない速度で駆ける。速度に感覚がついていかないため精密な動作はできないが、クジャクニワトリを屠殺するだけなら問題ない。俺は槍を全力で目玉に叩き込む。俺の速度に反応しきれなかったクジャクニワトリの眼球に深く突き刺さった。




「うおっ!?」




 突き刺さったはいいが、槍が抜けなくなってしまい、俺は暴れるクジャクニワトリの頭に振り回される。三半規管がおかしくなりそうなのと、全身の骨や筋肉が悲鳴を上げたことから、槍から手を離してしまった。




「ぶはっ……」




 着地は成功したが、無茶な動きで内臓にダメージを負ったらしく、盛大に吐血する。スクロールで全身に回復魔法をかけているが、痛いものは痛い。


 どうするか……。槍は刺さったまんまだし、あれ以上の武器はエクスカリバー(仮)と同類で俺が使えないし。状況的に不利では? こんなことになるなら装備を新調してくればよかったぜ。




「ようやく本気かクソ鳥が……!」




 クジャクのように広げた羽の目玉模様の数が激増した。最初からあった目と比べて一回り小さいが数が多い。しかも。その小さな目玉から魔法が飛び出てくるとか鬼畜だろう。俺は全力で駆け回って魔法を回避しながら対策を練る。


 武器はない、魔法は通じない、格闘戦術で倒せるほどの技術もない。詰んだな。チェックメイトってやつだ、普通は。だが、ちょっと痛いのを我慢すればいけるか? 否、いけようが、いけなかろうがそれしか選択肢がないのが現実だ。




「まだ強くなるなんて聞いてねぇぞ!」




 クジャクニワトリがオーラのようなものを纏い始めた。そして、今の俺に追いつき猛烈な蹴りを放ってくる。




「が……」




 俺の身体は宙を舞った。一瞬だけ意識が飛び、気がついた時には空中にいた。部屋全体を俯瞰して見れるような位置で俺は目を覚ましたのだ。もはや痛みも感じることはなく、時間がゆっくりと進んでいるように見えた。


 これが走馬灯ってやつか? あのクソ鳥は下にいるな。このままだと死ぬわ。痛みを感じないのは嬉しいが、死ぬなら安らかに死にたかったなぁ。ま、苦しまないならそれでいいか。




「あ……」




 足掻くのを諦めようとしたその時、アイナと目が合った。天井から吊るされた檻に入っていたはずなので、相当高く打ち上げられたらしい。だが、俺にはそんなことどうでもよかった。アイナに格好悪いところを見られたくない、そんな場違いとも言える感情が巻き起こった。




「ハッ……、やってやろうじゃんかよ……」




 俺の身体に力が漲る気がした。痛覚が麻痺しているおかげで踏ん切りがついた。時間の進みが早くなり、音が戻ってくる。地上からクジャクニワトリが大量の魔法を放ってくることを認識し、俺は特殊なスクロールを取り出して起動する。同時に小型のシールドを俺の上方に展開し、それを足場にして地上にいるクジャクニワトリに向かってジャンプする。爆発的加速によって俺の後方で魔法が交差していく。俺はその勢いのままクジャクニワトリのくちばしを殴った。




「へっ、痛覚がねぇってのも悪くねぇなぁ!」




 俺の左腕はクジャクニワトリのくちばしに穴を開けてめり込んだ。痛覚こそないものの、俺の左腕は大惨事になっているだろう。痛覚がなくなってよかったと思う。この次のことを考えると尚更そう思った。


 自分で自分の腕を切断って頭おかしいやつだよなぁ。どうせならトカゲの尻尾よろしく勝手に切れて再生してくんねぇかな。




「左腕はプレゼントだ。受け取ってくれよ?」




 俺はできるだけニヒルに笑いながら、解体用ナイフで己の左腕を切り落とした。

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