第3話 転生したかと疑うレベルの時代錯誤でした

 第1話で書きましたが、企業内高校というシステム、今70代以上の人には憧れでした。

 高度経済成長期。田舎から『金の卵』と呼ばれた若者達が集団就職で都会を目指し、中でも学業優秀、素行も良の学生のみ、働きながら高卒資格まで取れる企業内高校のある会社に就職が可能でした。

 いや、見てきたように書いていますが、さすがにこれは聞きかじった話。

 ちょうど親がこの世代なんで。

 で、この優秀な生徒をしっかりと教育、時には看護学校や4大に進学した生徒が出るなど、夢も希望もあふれていたのが一昔前。

 私の時は事情が変わっておりました。

 高校くらい当たり前になっていた時代、それでも『働きながら学ぶ』と言う謎システムを選ぶ人は、素行不良で進学先がないか、不登校で出席日数が足りないかがほとんど。ごく稀に、10人兄弟の長女とかもいた。

 まあ、いろいろ訳ありの現代っ子です(今はおばさん)。

 1度電話が鳴ったので、

 「教務室です」と出たら、

 「そちらでは高校に行けない子を預かってくれるんですか?」ときた。

 近隣からはそんな誤解すら受けていました。

 でもなぁ、あの時の電話のお母さん。もし中を見たら考え直したと思うよ。

 私も初めて見たときは衝撃だった。

 高度経済成長期から使い続けている女子寮は、時代劇の長屋みたい。木造平屋建てが、何棟もある。

 パパパパパパパパパパパパパパパーン!!

 節をつけて読めた人、邦画の戦争ものに詳しいと見た。

 ラッパとともに兵隊さんが飛び出しそうな、まさに兵舎だった。

 1室12畳くらいだったか?最大6人くらいで生活していた。3年2人、2年2人、1年2人、みたいな。

 これが本科寮。

 言い方がもう、時代を感じる。平成の世にあった昭和の遺物。本科とか予科とか(本当は専科と言ってました)、軍隊かよぉ!!

 その本科寮の向こうに、マンションタイプの鉄筋の寮が2棟あった。

 こちら専科寮。高卒で入社し、外の専門学校に行きながら働く子や、本科を卒業してなお会社に残った子の寮である。

 今時生活空間の差を餌にするって、本気で時代錯誤だった。

 こうなると兵舎と言うより、刑務所の開放寮と閉鎖寮みたいだ。

 大事な娘さんを預かっているという建前で、工場と寮は高い壁に囲まれてたし。

 でも、そこをひょいひょい乗り越えて抜け出していくのも、彼女達のバイタリティーなんだよねぇ。


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