奇月の掛かる島

スエテナター

第1話 プセマローゼの島

 プセマローゼの島の空には、奇月と呼ばれる人工の月が浮かんでいた。毒を吐き、島の空気を汚染している。

 大陸の人達は地上に住んでいるらしいが、僕らはその地上という所に住めないので、地下に町を作って暮らしている。

 地上の風景というものを、僕は写真や映像でしか見たことがない。父さんや母さんが居間の本棚に並べた写真集や小説類が、地上に対する僕の憧れを少しずつ育てていった。

 地下街から地上への出入り口は僕の家のそばにもあるが、もちろん警備兵がいて地上には出られない。

 毒を吐く奇月のせいで、本来見られるはずの太陽や本物の月は、黒い靄に包まれていて見られない。この島はいつでも薄暗い。

 僕の祖父母が子供だった頃はまだ奇月がなく、島の人達も地上に住み、島の南に聳えるライトマウンテンの恩恵を受けながら、大陸の人達と変わらない生活をしていた。その祖父母が成人する直前、突然奇月が空に掛かり、島の住人は地上に暮らせなくなった。

 祖父母と同じ世代の人達は、地下街ができるまで毒の降りそそぐ地上で暮らしたので、体を悪くする人が多かった。僕の祖父母も入退院を繰り返しながら、とうとう昏睡状態になってしまった。母さんは祖父母の様子を見に毎日病院に行った。僕の父さんは奇月の研究に携わっていて、なかなか家には帰らない。

 僕は一人ぼっちの家で暇を持て余し、居間の本を捲りながら、地上への想像を膨らませていった。一度でいいから本物の月の光を見てみたい。地上へ出たって毒霧のせいできっと見えないのだろうけれど、一度も出たことのない地上に、一度だけでも行ってみたい。どうせ、僕を心配する人なんて誰もいないのだから。

 地上を冒険する妄想を、夜になる度に繰り返す。警備兵がパトロールする夜の地下街を、実際一人で歩いたりもした。早く帰りなさいと、警備兵にきつく注意されることもあった。

 僕はぱたんと本を閉じた。

 満たされない虚しい心を抱えながら、僕は夜の地下街へ飛び出して行った。

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