第2話:貧窮不屈
『サメドバッグ』。そう荒々しく筆で書かれた看板が掲げられている。
ここはヤーバンストリートの一角にある酒場だ。
同時に『サメハンターギルド』もしているため、死にたてホヤホヤのサメ肉を食べられるとサメハンターたちに人気の店。
普段は(比較的)治安も良く、荒事など起きない場所なのだが……、
「やっすぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?!?!?!?」
店内に悲鳴が響いた。
筋骨隆々のサメハンターたちは、一斉に声の方に振り向く。
「どう考えたって群れ討伐の値段じゃありませんことよ!? 」
声の主はジョセフィーヌ。周りの視線など気にすることなく、マスターにギャンギャンわめく。カウンターの向こうのマスターは帳簿を置き、
「受注もしないで気まぐれにぶっ殺したのはジョー、お前だろうが。勝手にタスクだけこなしたら、足元見られても仕方ないだろ」
そうジョセフィーヌに言って、皿洗いを始めた。
「ぐぬぅぅ……その通りですわ……」
ジョセフィーヌはカウンターテーブルに突っ伏す。
「ところでジョー。 今日は食わず嫌いせずにサメステーキでも食ったらどうだ? うちのコックのステーキは絶品だぞ?」
マスターは出来たてのサメステーキをジョーに見せた。
鮫人を大胆にも輪切りにした厚切りのそれは、三日月状のまま焼かれている。金網で焼かれ余分な脂を落とし、シェフ謹製のソースをひとまわし。フルコースの肉料理のような出で立ちだ。
しかしジョーはそれを突っぱねた。
「嫌なものは嫌なんですの!! こんなもん食うやつの気がしれませんわ!!」
「だって原価ゼロだし、高タンパクだし 」
「わたくしはそこらの健康意識高いやつじゃありませんの!!ハイカロリーなのが食べたいんですの!!
だからいつもの下さいまし。 今日は『ロック』の気分ですの!」
「すまねえなジョー。今日は石油(アブラ)も石炭(イシ)も切らしてんだ」
その一言に驚いて、思わず立ち上がる。
「……切れた? ええぇぇぇぇ!? もうねえんですの!?」
「ああ。 ここまで運んでた運搬車がゾンビサメに襲撃されたみてぇでな」
近くにいたサメハンターたちは戦慄した。
「ぞ、ゾンビサメ……! タダでさえ強い
「腐って肉が柔らかくなるとはいえ、束でかかってくるからなぁ……命がいくつあっても足りねえよ」
「それに肉も売れねぇし、やってらんねえよ……」
マスターは立派な口ひげをいじりつつ、ジョセフィーヌに目を向ける。
「と、まあこんなところで並のサメハンターには狩れんからな。最低でも黒い美人たちの救出は、二週間かかるだろう」
「にににに、二週間ンンンン!? それまで
「サメの肝でも食ってりゃどうだ? あいつら良質な脂を蓄えてるじゃねえか。金も使わなくていいし一石二鳥だろ」
「何てもの食わせる気ですの!?そんなんでは私の高貴な燃焼炉が汚れてしまいますわ!!」
「だが……ジョー。お前燃焼出来なかったら動けなくなるだろ?」
「それでも! それだけはっ! 私の最後のプライドが許せないんですのよ!!」
涙目で絶叫するジョセフィーヌ。
「力には屈するもんだぜ、ジョー。人間は勝てねえもんには勝てねぇのさ」
次の瞬間には、その目は据わっていた。動向が開ききった目で、マスターを睨む。
「……行きますわッ!この運搬車までッッ!!マスター、場所を教えてくださる!?」
「殺る気か? 相手は不死になったサメ共だぞ? 流石のあんたも手を焼くだろう」
「死にませんわよ。わたくしは『ジョー』ですのよ?」
「だがしかしだ、アンタは今ガス欠寸前だろ? 冗談きついぜ。 大人しくサメを食ったらどうだ?」
「いいえ。わたくしのプライドに傷をつけるくらいなら、この先で野垂れ死にしてやりますわ」
マスターは歓声替わりの口笛をひとつ。ジョーの目に確かな闘志が宿っていたからだ。そして背面の棚から小袋と写真を取りだした。
「それでこそアンタだぜ、ジョー。お代はいいからコイツを探してみろ」
マスターが指さす写真には、甲冑で全身を包んだ騎士が写っていた。四肢は不自然に細長く、不気味さをかもし出している。
さらに手には、異形のチェーンソーが握られている。
形は大剣のそれだ。持ち手の延長線上にチェーンソーの刃がまっすぐ伸びている。言うなればチェーンソードであった。
ジョセフィーヌはその写真を凝視する。
「なんですの? こいつマジでふざけた格好してやがりますわね」
「おう、お前鏡みてから言えや。こいつは『サー・チェーンソード』。さすらいの剣士だ」
「
「そう見えるかもしれねえが、こいつは救いの神さ」
マスターは訳知り顔でジョセフィーヌの顔を覗き込む。
「最近ここらで起きたサメ共の集団強盗を全て未遂に終わらせた、クレイジーな野郎だ」
「未遂って……襲撃前に皆殺しにしたんですの?」
「ああ、そうさ。 ヤーバンストリートにサメハンターは数いれどジョーに並ぶのはこいつくらいしかいない。
こいつとコンビでも組めば、ゾンビサメを殺しきれるかもしれねえぜ?」
「……コンビ……いい響きですわね」
ジョセフィーヌはニマニマと笑みを浮かべて、サメの屍の山の前で、サー・チェーンソードとハイタッチする自分を想像した。
一方マスターは、苦笑する。
「いくら食事代がかからねぇから貯蓄しやすいとはいえだ。ハリボテお嬢様のお前が、終身雇用できるとは思えねぇからな。雇うなら一回きりにしておけよ?」
「その扱いはあんまりではございませんこと!?」
「お前の腕だけは評価するぜ、ジョー。なんだがお前の出自に疑問しかねえんだよ。言葉遣いもなってねえし銃を構えりゃ卑猥になるし、オマケに一文無しと来た。本当に貴族の出か?」
「そうだって言ってますでしょう!? 文句垂れてないで、さっさとそいつの目撃情報をくださいまし!!」
「ったく頑なだなあ……」
マスターは眉を細め、口ひげを何度か擦ってから写真の裏に地図を走り書いた。そして小包を指さした。
「小包の中は……まあわかるな?」
「えぇ。ゾンビを侮ってはなりせんものね!それと燃料もありがとうございますわ!!」
「ああ、ならいい。 ジョーが湿気ってるなんて、天が許してもこの俺が許せねえからな」
不敵に笑い合い、ジョーは袋を背負って立ち上がる。
「ご馳走様ですわ。じゃあ、行ってまいりますわね〜!!」
「狩猟成功祈願に、鮫肌の女神様にお祈りは?」
「んなもんに合わせる手なんて、ガキの頃に無くしましたわ〜!!」
「ちゃんと帰ってこいよ〜!!」
マスターは、小さくなる背中を手を振って見送った。
「……アイツも成長したなぁ。 うちの看板にイタズラ書きした時が懐かしいぜ」
マスターは古ぼけた写真を懐から取り出した。そこにはまだ若いマスターと小さなシェフ。そして今と全く変わらないジョーの姿。表の看板には『サンドバッグ』と書かれている。
「うわぁ懐かしい!マスターも歳とったよね〜。生クリームみたいに甘く、白くなっちゃって」
写真をのぞきこんでコックは言う。その両手にはサメステーキが乗っていた。
「うるせぇ。さっさと厨房に戻りやがれ。給料へらすぞ」
「はいはい。 最近会えてないけどジョーによろしく言っといてね! 」
コック帽の下、ポニーテールと尻を左右に振りながら彼は厨房に戻った。
「まったく……二人ともどこで育てかたを間違えたんだろうな──待たせてすまんね。いらっしゃい、ご注文は何かな?」
マスターは入ってきた新客に、ニヒルに笑ってそう言った。
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