056 報酬で大騒ぎ

 商会で報酬を受け取った俺たちは、アロ隊、トマ隊のメンバーと一緒に少し贅沢をすることにした。要するに慰労会というやつだ。


 「お疲れ様でした。私はこの街にしばらく滞在しますので、ここで皆さんとはお別れです。とはいえ、私のキャラバンが別の場所に移動する時には優先的に採用するつもりですので、機会があったら、また一緒に旅をしましょう」

 タルッキさんはにこやかに言うと、各人に報酬を渡した。

 

 報酬は銅貨80枚×32日で1人あたり金貨1枚と銅貨60枚、悪くない収入だと思う。

 1日銅貨80枚というのは小作農の倍、職人と同程度なのだそうだ。


 「何も作れない、壊すことしか能のない俺たちには破格の待遇だろうよ」

 アロさんが三つ編みにした髭をしごきながら豪快に笑う。確かにそのとおりだと思う。でも、根無し草の俺たちは定住者よりどうしても生活費がかかる。

 そんなことを考える俺の横では、アロさんにトマ隊の面々がヤジをとばしている。

 「抜かずのアロは壊すことすらしてないだろ。ついでにお前、報酬、俺たちより多めだろ。1杯ぐらいおごれよな!」

 「おお、そうだ! 今日の1杯目はアロのおごりだな!」


 1杯目は本当におごってもらった。

 酒場のテーブル3つにパーティーごとに分かれて座る。

 「おまえら、グラスは持ったか? 1ヶ月にわたり、気の張る任務ご苦労さまだった。なんだかんだ言ったって護衛は疲れる」


 「お前はただ歩いてるだけだろ、アロ!」とヤジが飛ぶ。


 「歩いているだけでお前らより評価されてしまう俺が憐れなお前らに1杯恵んでやろう。みんな、よくやった! 乾杯!」

 アロさんが陶器のジョッキをかかげて音頭を取る。

 俺たちはそれに合わせてジョッキをかかげ、ぐっと飲む。

 陶器のジョッキの赤い液体が喉を潤し、体をほてらせる。


 「ここはな、ワインが美味いんだよ」

 特産品だという赤ワインをぐびぐびと飲みながらトマさんが言う。そういえば、宿に着いた時に店のおばちゃんが飲ませてくれたのもワインだったっけ。特産品なんだな。


 それにしても……ワインというのはカッコいいグラスに入れて、グラスをまわしてから、匂いかいで飲むものだと思っていたが、この人たちは陶器のグラスで夏休みの運動部員がヤカンの麦茶を飲むような勢いで飲んでいる。


 「ふっ。赤ワインとこの煮込み料理のマリアージュが……」

 チュウジがよくわからない言葉を使って格好をつけている。

 マリアージュという言葉の意味自体はさすがの俺だって知っているが、表面的な意味だけでそんなもの実感できるはずはない。

 どうせあいつだって、回鍋肉ホイコーローあれば、白いご飯何倍でもいけるわぐらいの意味で使っているのだろう。

 

 「チュウジくん! 難しいこと言わずの流し込めば良いんです! さぁさぁ!」

 乾杯後もワインが注がれるなり、「カケツケサンバイ!」と謎の呪文を唱えて、すごい勢いでグラスを干しているサゴさんがチュウジの肩を抱き、耳元で(おそらく酒臭いだろう)息をふきかける。

 〈格好つけるから餌食になるんだよ、ざまぁ〉


 「そうだそうだ。アンコクキシの兄ちゃん、難しいこと言ってないで食え食え」

 俺たちの目の前に置かれた大皿の上にはぼつぼつと穴のあいたクレープ状のものが敷き詰められ、その上には牛肉と豆の煮込みらしきものがどさっと盛り付けられている。

 どうやって食べるのかわからないので、見ていたら、みんなは手でクレープ状のものをちぎりとり、それを使って煮込みをつかんで口に運んでいる。

 なかなか豪快な食べ方をするもんだ。

 クレープは皿兼スプーン兼主食ということらしい。

 

 俺も真似をして、クレープみたいなものをちぎって肉と豆を包み込むと、口に放り込む。

 酸味と牛乳をこぼした服みたいな臭いが口に広がる。

 う、なんか癖がある。でも、不味いかと言われるとそうでもない。


 「なんか臭いけど、ついつい取っちゃうね」

 横にいたミカに声をかける。

 彼女は一所懸命に指についた煮込みをなめている。

 俺がそれをにやにやと眺めているのを見ると、バツの悪そうな顔をする。

 「だって、うまく食べられないんだもん」


 赤ら顔のアロさんがそこに乱入してくる。

 「嬢ちゃん、その食べ方で良いんだよ。こうだこう!」

 そう言うなり、彼はごつごつした指で俺の口にちぎった酸っぱいクレープと肉を突っ込む。

 「難しいこと考えずにとりあえず口に突っ込む。親愛の情を示すために、こうやってみんなで囲んで、時に相手の口に運んでやる。お行儀なんか関係ねぇ。むしろ、これがこいつの食い方の正しい礼儀作法よ」


 ほら、嬢ちゃんもと言いながらミカに近づくアロさんを俺は体でブロックする。

 彼が手に持っていた酸っぱいクレープは俺がしっかりといただく。

 彼女に親愛の情を示すのは俺だ。俺以外の誰にもそれはさせない!

 「よっしゃー!俺、俺がやりますって!はい、ミカさん、あーん」

 顔を赤らめながらも彼女は口を開けてくれる。

 ああ、至福のひととき……。

 そして、俺は雛鳥のように口を開ける。

 彼女は顔をさらに赤らめながらも、クレープを手にとって……。


 「ハゲっ! ラブコメ禁止といったでしょう。このバカップルは!」

 サゴさんが俺の口にクレープを突っ込む。

 「ハゲってなんですか? ハゲって? 俺はちゃんと生えてきましたからっ! サゴさんとは……」

 「オーケーボーイ。それ以上言ったら、また君に禿げる呪いをかけますよ」

 そういえば、この人に禿げるって言われてから、しばらくして髪と頭皮をでかい鳥にむしられたんだよなぁ。

 まさか、この人、変なスキル隠し持ってるんじゃないかしら?


 チュウジは一所懸命サチさんのガードをしている。

 たぶん、この人たちはサチさんのこともミカのこともイヤラシイ目で見ていたりはしないのだが、1ヶ月の旅でサチさんは先生として、ミカはマスコット的な人気が出ている。


 「良い食べっぷりだ、アンコクキシの兄ちゃん」

 サチさんのまわりに集まった野郎どもの手にあるクレープに片っ端からかぶりつくチュウジを見て、野郎どもも感心する。


 「兄ちゃん、先生の何なんだよ?」

 チュウジは完全に面白がられている。

 「我はサチ殿の……騎士だっ!」

 酒ですでに真っ赤になっているチュウジが、すごい宣言をする。

 こいつ、どさくさにまぎれて告白してないか?

 驚きで喉に肉がつまりそうになる。

 慌ててワインでクレープごと流し込む。

 いや、あいつはバカだからいつもの調子で暗黒騎士だと言いたかっただけなのかもしれない。

 おかっぱ中二病がどのような意図で言ったのかは別にして、相手がどのように受け取ったのかが問題だ。


 「チュウジくん、頑張ったのかな? でもね……」

 ミカが机を指差す。

 そちらに目をやると……サチさんはすでに机につっぷしていた。

 疲れていたんだろうなぁ。 

 

 横ではサゴさんがアロさんと肩組んで踊りながら、お互いにワイン飲ませあってる。2人のことは大好きだし、とても尊敬しているがむさ苦しい以外に彼らの踊りを形容する言葉が思いつかない。

 「サッちゃん、もったいないよね」

 ミカが同意を求めてくるが、十中八九、チュウジのことではないはずだ。

 「新しいシチュエーションが湧き出てくるかもしれないのにねっ」

 ほら、彼女の視線は千鳥足で踊りながら、お互いにワインを飲ませ続けるサゴさんとアロさんに釘付けだ……。この腐った詩人は放っておくと、やばい詩を詠いかねない。

 「はいはい、お嬢様、腐臭ただよわないうちにこれをお食べ」

 俺はミカさんの口にクレープを突っ込んでから、反対の手で頭を撫でた。


 たぶん、明日は朝早く起きられる人少ないだろうな……。

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