道化の世界探索記

黒石廉

ある夜どこかで

000 焚き火のそばで

 「癒やし手ヒーラーには神官が多いんです。教育機関でも太古の神話を覚えさせられるの。神話は好きですよ。でも信仰の対象になるかというと、ちょっと違うかなって思っちゃったんです」

 それで出てきちゃったんですか?

 「戒律とか慣れなくて……自分に奇跡の力が宿っていて、それは神からの恩寵と言われても……でも、神官さんたちは、信仰がなくとも力は使えると教えてくれもするんです。信じさせたいのか、信じさせたくないのか、どちらなんでしょうね?」

 たしかに。

 「神話興味あるって言ってましたよね。さわりのとこだけ教えてあげますね」


********


 かつて、神々の世界では、赤衣の王と黒衣の王がそれぞれ国々をおさめていた。

 王たちは豊かな国を作り上げたが、満足しない。

 相手のせいで大事な国に何かあったらと思うと夜も眠れない。


 眠れないので白い衣の道化を呼んで、どうすれば良いかと聞いてみた。

 道化はちょこまかと踊ると、王たちに火を与えた。

 火は王の前で踊って言った

 「あなたが心配ならば、私達が守りましょう」

 火は人を助けるようになった。


 それでも王たちは心配でたまらない。

 

 赤衣の王は考えた。

 「黒衣の王とそれに従う神々を焼き尽くしてしまえば、我々の国はより栄えるだろう」

 黒衣の王は考えた。

 「赤衣の王のような危険なものを灰にしてしまえば、私たちのより良い世界はさらに広がり栄えるだろう」


 赤衣の王と黒衣の王は火を放つ。

 二人はお互いの国を焼き尽くし、王たちに付き従う多くの神々を焼き滅ぼし、それでもなお戦った。


 白い衣の道化たちは考えた。

 「王たちは相手の取り分を妬んで、相手の宝より自分の宝が銅貨1枚でも多ければ、あとは何もいらないのだ」

 「なんて面白い話だろう」

 「私たちよりも面白い冗談をいえるお人たちだ」

 道化たちは考えた。このおかしな話を伝える相手がいなくなってしまうのはとても悲しい。

 「語り部を残して、面白おかしく語り継がせましょう」


 王たちに隠れて、白い衣の道化たちは氷の船をつくり、無垢なる者を選んで乗せた。

 昔、神々は喧嘩してお互いを焼き尽くしてしまったことを伝えなさい。

 ただし、お前たちは喧嘩をしないように。

 

 白衣の道化たちは無垢なる者から火の力をはじめとした多くの力を奪い取った。

 しかし、道化は少し取り残してしまった。


 道化たちは私たちから力を奪った。

 だから、私たちは神々のように火を操ることができない。

 道化は私たちから力を奪いきれなかった。

 だから、炎を操る者がたまに生まれる。


 白い衣の道化たちは人々が炎に耐えられるようにと氷の船をつくり、送り出した。

 時間がなかったので、言葉を話さないものたちを乗せられなかった。

 「彼らは強い。だからそっとしておこう」

 道化たちは言葉を話さない白い小さな友人に口づけをして、別れを告げた。

 氷の船にはとても気持ちのよいベッドがあり、人々は眠ってしまった。

 炎の海をたゆたう氷の船は一部が溶けて離れてしまった。

 そこに乗っていた人々は他の人々より早く起きてしまった。

 白い衣の道化の加護を得られずに生き抜くことになった彼らはソと名乗った。

 加護を得られなかったから、ソは道化を嫌っている。

 

 道化たちが人々を船で送り出した後、赤衣の王と黒衣の王は道化に話しかけた。

 

 赤衣の王が言った。

 「我が子や我が友たちは、この先どうやって生きればよいだろう」

 道化たちは答えた。

 「王様、王様、彼らにこの世界に適した知恵と力を授けましょう」

 道化はちょこまかと踊ると、赤衣の王の子と友に知恵と力を授けると、黒衣の王のもとに旅立った。


 黒衣の王は言った。

 「我が子や我が友たちは、この先どうやって赤衣の王から身を守ればよいのだろう」

 「皆様に身を守り、生き抜く力を授けましょう」

 道化はちょこまかと踊ると、黒衣の王の子と友に生き抜く力を授けた。


 しばらくして、赤衣の王の子と友たちは醜い亜人となり、世界に散らばっていった。

 しばらくして、黒衣の王の子と友たちは醜い怪物となり、世界に散らばり、亜人を襲うようになった。


 醜い姿となった子と友を見た王たちは道化に尋ねた。

 「どうしてお前は我が子と友の姿を変えた」

 王たちがたずねると道化は答えた。

 「私たちは知恵と力を授けただけ。姿が変わったのは王様、あなたがたの心が伝わったからです」

 王たちは激怒して道化を殺そうとした。


 「この素晴らしい喜劇もそろそろ終幕。わたしたちもそろそろ旅立とう」

 道化たちはまず白い衣を脱ぎ捨てた。

 次に海辺で体を脱ぎ捨てた。

 道化たちは心を海に投げ入れ海となり、王たちに別れを告げた。

 「さよなら、王様、さよなら王様。あなたがたは私よりもすばらしい。このような滑稽なおはなしは私でもできません。大変楽しうございました。それではごきげんよう」

 赤衣の王と黒衣の王は地団駄踏んで悔しがり、亜人と怪物を連れて去っていった。

 

 炎が消えてのち、気持ちの良い風がふいた。

 氷の船でうつらうつらとしていた人々は目覚めると船を陸地につけ、道化からもらった種をまき、暮らすようになった。


 亜人も怪物ももともと人であった。だから、人々は亜人や怪物を食べないのだ。

 亜人と怪物は考えた。人を食べればもとに戻れるに違いない。だから、彼らは人を襲うのだ。


********


 「どうかしら、変なお話でしょ。私たち人が信仰しているのは道化の神様。ふざけてますよね、この世界も」

 ありがとうございます。また、今度別のお話も聞かせてください。

 焚き火の火に当たりながら、俺は礼を言った。


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