048 帰還、遺憾、新歓 終:ごほうび

 トビウオ亭に行くと、サチさんとナナちゃんは先に席に座っていた。

 「薬師の奥さん、どうだった?」

 ミカがナナちゃんに心配そうにたずねる。

 「大変かな。ずっと話をしていたけど、こちらが喋るばかりで、目も合わせてくれなかったな。でも、帰り際に『この前は悪かった』って、うつむきながらだけど言ってくれたよ。お金も余裕ができたら払うって」

 ナナちゃんが吹っ切れたように元気なことにほっとする。


 「じゃあ、皆さんジョッキを手にとって!」

 サゴさんが仕切りだす。さすが飲み会慣れしたおっさんである。


 「まずはナナさんの前途を祝して。そして、パーティーの新メンバー、サチさんを歓迎して。そして、我ら6名全員の前途を祝してっ!乾杯っ!」

 「乾杯っ!」

 かかげたジョッキを口元にもっていく。

 ビール、苦っ!


 サゴさんは食事を手早く注文していく。

 さすが慣れてる。サゴさんが輝いて見える。物理的にもちょっと光ってる。


 素揚げしたジャガイモに、串焼き肉、ブタの血をつめて茹でたという腸詰めとリンゴのソテー。

 なかでも血を詰めてゆでたとかいうソーセージはレバーっぽさがありながら、とても食べやすい。

 どれも酒に合うんだろうな。俺にはよくわからないけど。

 よくわからない俺ですらビール飲みながら食べると、ついついジョッキをかたむけてしまうぐらいだ。

 みんな、思い思いに飲み物と食事を楽しんでいる。


 「ねぇ、なんかあいつやたらともててない?」

 普段は飲まない俺たちも少しだけ飲んで気分が良くなった頃、わきおこる疑問をぶつける。どういうわけか、チュウジはサチさんとナナちゃんに囲まれて真っ赤になっている。

 「え? だってチュウジくん、かわいいじゃん?」

 ミカが答える。

 「弟って感じだし、緊張して、ガチガチになっているとことかもかわいいよね」

 〈まぁ、たしかに別のとこまでガチガチだよな〉

 男の休戦協定があるので、俺は何も言わない。でも、あいつ立ち上がれないよな。

 「シカタくんも、がんばんないと、チュウジくん取られちゃうからねっ!」

 彼女が腐のオーラを発しはじめる。

 「いえいえ、俺はミカさん一筋ですから」

 「チュウジくんは浮気にカウントしないから大丈夫っ!」

 「一筋ですからっ!」


 くだらないことを言い合ってじゃれ合っていると、ミカは顔を赤らめて俺にささやく。

 「洞窟でご褒美あげるって言ったでしょ?何が良いの?」

 いきなりの発言に飲んでいたミードが変なところに入ってむせてしまう。

 彼女の顔の赤さは酔っているのか、それとも照れているのか……。


 (隣に座った時に頭ちょこんと肩に載せてほしいですっ!)

 普段は気にもならない自分の心臓の鼓動を感じながら、耳元でささやき返す。

 (えっ?そんなので良いの? あたし、もっとすごいこと言われたらどうしようってドキドキしてたのに)


 「もうこれだけでも心臓ばっくばくですよ」

 (でもさ。もっとすごいことってミカさん、何想像してたの?)

 再び俺は耳元でささやく。

 ミカは顔をさらに真っ赤にして、無言で俺のほっぺたをつねる。

 〈痛いけど……かわいい……かわいいけど……痛い〉

 「あの、一言よろしいでしょうか?」


 俺は改まって言う。

 「なーに?」

 「ええと、とてもかわいいって伝えたくて……」

 (恥ずかしいからやめてっ!)


 ナナちゃんがテーブルの向こうから俺に声をかける。

 「はーい、そこのバカップルの男、こっちおいでっ!」

 こちらも顔は真っ赤だが、こちらの真っ赤さは「かわいい」ではなくて「迫力がある」だ。

 (ちょっと行ってくるね)

 そう、ミカにささやくと、俺は素直にそちらに向かう。


 「はい、なんでございましょうか?」

 「あのね、あんた、ミカを泣かしちゃ駄目なんだからね」

 「はい。がんばります」

 「がんばるんじゃなくて、やるんだよっ。わかったっ? あ、やるで誤解しちゃ駄目だよ。あんたにゃまだ早い!」

 ナナちゃんはげらげらと笑いながら俺の肩を何度も叩く。


 この子、若い女の子の皮をかぶったおっさんなんじゃないか? 妙な疑問をいだいてしまう。


 「……はい、心得ておりますっ!」

 なぜか俺は姿勢を正して返事をしている。これが絡み酒というやつか。

 「先輩、少々お酒を召され過ぎでは……」

 「いいのよ、あたし、女子大生なんだから」

 あ、まじで先輩だった。


 「シカタ、あんたねぇ、ミカに抱きつかれて変質者みたくいろんなとこ硬直してたんだって? いくらあの子がカワイイからってヘンタイ過ぎない? ねぇ、レオチュウ?」

 ナナちゃんがチュウジの肩をばんばん叩きながら、けたけたと笑う。

 「チュウジ! おまえっ! 裏切ったなっ?」

 「仕方がなかったのだ……。許してくれとはいわない……」

 奴がうつむいたまま目をあわせずにつぶやく。協定を破るとはこの外道め。


 「せんぱいっ! こいつ先輩に抱きつかれて、前かがみになってましたー!」

 裏切りには容赦ない報復をくれてやる。チュウジの顔に赤い絵の具がまきちらされる。

 「シカタっ! 貴様ぁー!」

 「そんぐらいわかるわよー! レオチュウ可愛いんだからっ! でも、レオチュウはサッちゃんのお気に入りだからねぇー」

 なぁ、レオチュウとナナちゃん、いやナナ先輩はばしばしとチュウジを叩く。


 「いや、サチ殿は素敵な方で……」

 「やだっ! さっちんと呼んでくれなきゃやだっ!」

 こちらも出来上がってる……。


 「ところでレオチュウってのはいったい?」

 「だって、この子、レオン・Cとかレオ・Cって呼べって言うんだもん。Cって何って聞いたら、チュウジのCだって言うから、じゃあ、レオチュウ」

 

 「レオチュウ、ゲットだぜぇー!」

 サチさんがチュウジに抱きつく。チュウジは動けない。「考える人」の姿勢で固まっている。辛いだろう……。でも助けてやらない。

 

 すきを見つけてサゴさんのところに逃げ出す。

 「若いというのは良いですよね。輝いてます」

 「いや、輝くというよりただれてるという表現のほうがしっくりくるかと」

 「まぁ、輝きだったら、私たち負けてませんしね」

 サゴさんはヤマバシリについばまれていまだ髪の生えそろわない俺の後頭部をぺしぺしと叩く。

 この人も酔っ払ってるわ……。


 「スキル発動! たわし髪々の黄昏! おらぁ!」

 サゴさんのことはとても尊敬しているが、ここまできたらもう無礼講で良いでしょ。俺はへちまタワシを生成させると、ごしごしとサゴさんの頭頂部をこすって叫ぶ。

 「髪は死んだっ!」

 サゴさんは俺にヘッドロックをかけて言い返す。俺は酒臭い熱気に包まれる。

 「髪を冒涜ぼうとくする連中もまた死ぬのだっ! 仲間に入るもっと禿げるのです、シカタくん」

 もう訳がわからない……。


 なんとかヘッドロックから脱出して、ミカのところに戻る。

 「今日、みんな羽目外しすぎだわ。帰り、俺たちで何人か抱えてかないといけないかもよ」

 「そうだね」

 「でも、楽しいよね」

 「うん」

 「こんな日が続くと良いよね」

 「毎日あんな感じで酔っ払われてたらいやだけどね」

 「だな」

 「それにしてもチュウジくん、ハーレムだよねっ! 見て見て、あの子、お酒飲んでないのに真っ赤っ赤だよっ!」


 俺はチュウジを眺める。

 まさか、あいつ実は俺が渇望した技能スキル 魅惑する流し目ドン・ファンを隠し持ってるんじゃないだろうな。


 〈もげろ、爆ぜろ、腐って落ちろ、もげろ、爆ぜろ、腐って落ちろ〉

 俺はジョッキを傾けながら、心のなかでチュウジに呪詛じゅそを吐く。

 「あっ? シカタくん、チュウジくん取られて嫉妬してるんだっ!」

 ミカが目をキラキラとさせて俺をいじる。

 とても、楽しい。


 しばらくすれば、俺たちは生死の境目でもがくことになるかもしれない。

 でも、今だけは楽しいこと、くだらないことだけ考えよう。


 「チュウジくんがうらやましい?」

 「ううん、君が横にいてくれたら、それが一番。チュウジは俺の元の世界での男子校仲間のためにも爆発しろって思ってるけどね」


 俺はどさくさにまぎれてミカの肩を抱いた。

 ちょっとつねられたあと、俺の肩口に彼女の頭がちょこんと乗った。


 第1部完

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