036 洞窟の癒やし手

 洞窟の入り口はミカやチュウジでも頭をぶつけそうになるぐらいにせまかった。

 つまり、ヤマバシリでは入れないくらいに狭いということで、この洞窟の奥の方にいる限りは、少なくともヤマバシリに襲われる心配はない。

 入り口は狭いが、中は大人がぎりぎり立って歩けるくらいの高さはある。俺は無駄に背がでかいせいで頭がやたらと天井にこすれるが、他のメンバーは問題ないようだ。


 洞窟の中には2人の女の子がうずくまっていた。

 洞窟に入ってきた俺たちを見ると、2人はびくっとして立ち上がった。

 どちらもかなり痩せている。スタイルがどうこうではなくて、軽い飢餓状態にあるといったほうが良いのかもしれない。

 一人は何も喋らずぼうっとしているだけだったが、もう一人は荒い呼吸のチュウジを見ると、すぐさま近寄ってきて、傷口に手を当て独特の抑揚とリズムで何事かを唱え始めた。

 

 「えい、体よ。思い出せ。えい、お前には力があった。えい、体よ、思い出せ。お前にはすべてを作り直す力があった。えい、体よ、思い出せ。えい、お前には……」


 詠唱が続く中、チュウジの傷口は少しずつふさがっていく。

 魔法かよ? というか魔法だよな。俺はこの地獄が異世界であることを思い出す。

 彼女は癒やし手《ヒーラー》だ。

 チュウジの息が少しずつ安らかになっていく。

 20分ほどすると、スースーという寝息のような呼吸へと変わった。

 緊張の糸が切れたのか、ミカは嗚咽おえつをもらして泣いた。

 癒やし手の女の子にすがりつくとこちらを指差した。癒やし手さんは静かにうなずき、ミカの頭をなでる。

 

 「次はあなたの番です」

 ミカにうなずいていた癒やし手の女の子は、座り込んでいた俺に近づいてきて言う。俺の上腕を押さえていたサゴさんがすっと離れる。

 彼女は背が高い。おそらく170センチメートル以上はあるだろう。

 

 〈え? 俺?〉

 そんな間抜けな返事が出かけたところで、自分の右肘が視界に入ってしまう。

 いや、これまで見ても見ぬふりをしてきたものを認識してしまったのかもしれない。肉が裂けて、なにやら白っぽいものが飛び出てるのが見える。

 〈骨? 骨出てない、俺?〉

 情けないことに俺は気絶した……。

 俺としては緊張感が切れたせいだということにしたい。


 目が覚めると、右肘のあたりに見えていた俺の骨はもう見えなくなっていた。

 「ごめん。気絶してた」

 「私も最初、訓練所で傷を見て、気絶しちゃいました」

 癒やし手のノッポの女の子が俺におだやかに言った。

 「癒やし手が気絶しちゃったら……」

 「そう、『誰が傷を癒やすんだ!』って怒られちゃいました」

 いたずらっぽく微笑んでノッポの子が言う。

 「そりゃ、そうっすよね」

 傷口は治っているが、体力は戻っていないようだ。喋っているとだるくなる。

 俺の様子を見て、癒やし手さんは、無理しなくても良いんですよと穏やかな声で言う。

 「失血しちゃってる分だけ、体力は落ちています。傷口を治す時に多少は血も増えているはずですが、それでも休まないときついかな」

 のっぽの子はここまで言うと、申し訳無さそうにうつむいた。

 「本当は血も戻してあげたいんですが、二人分の大怪我を治しただけで、今の私は限界なんです。ごめんなさい。しばらく休めばまた力が使えると思います」

 「いや、本当にいいっすよ。むしろ、血の量的にもあそこにいる中二病ボーイのほうを優先してあげてください」

 

 そう頼んだあとに、自己紹介がまだだったことを思い出す。

 「今更ですけど、はじめまして。シカタって言います。治療してくれてどうもありがとう。俺たちこの世界に来てまだ1ヶ月ちょっとしか経っていなくて、癒やし手さん、はじめてみました」

 「私はサチです。こちらに来てから半年ちょっと経ちます。でも、半年は訓練所生活だったし、訓練所出てからの日数はシカタさんたちとあんまり変わらないかも」

 「半年? 俺たちは10日で訓練終わりだったのに……」

 「魔法の訓練って時間がかかるうえに、現地の人含めても使える人少ないんですって。こんなメダルの色の人、いませんでしたか?」

 サチは首から下げた銀色のメダルをこちらに見せた。

 〈ああ、俺たちのときにもこのメダル渡されてた人いたなぁ〉

 「訓練終わったあと、街で偶然ナナちゃんと出会って……ナナちゃん、こちらに来る前からの知り合いだったんです。ナナちゃんはシカタさんと同じときに来た子で……」

 「こんなとこで知り合いと会うと安心するよね」

 「そうなんです。それでナナちゃんのパーティーに入れてもらったんですけど……こんなことになるなんて……」

 サチさんの切れ長の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。 

 

 立ち上がってあたりを確認する。


 洞窟の中は薄暗く、お世辞にもあまり良い匂いとはいえない、はっきり言えば悪臭が漂っている。 

 地面は柔らかく、ブーツでつついただけでも穴が掘れるくらいだ。

 外の様子を確認しようと入り口の方に向かおうとすると、後ろから声が聞こえてきた。

 「下手に顔出すと、あれに引きずり出されるよ」

 ヤマバシリが顔を突っ込んできたりはしなかったが、それでもビクッとして飛び退く。

 「運が悪かったんだ……。いきなり首を突っ込んできたあれに……大きなクチバシの中に彼の顔が消えて……」

 声の主は洞窟の奥まったところで座っている女の子だった。

 「……」

 どのような言葉を返すのが正解なんだろうか。躊躇ちゅうちょしている間にも話は続く。

 「一瞬足をバタバタさせたけど、すぐに動かなくなって……。癒やし手とか言ってるけど、変な歌歌いながらのろのろと傷を閉じるだけで何の役にも立たないっ!」

 サチさんがびくっとしてうつむく。

 「まぁ、落ち着いてください」

 なだめようとしたサゴさんを「うすらハゲ」と罵倒し、続けて矛先をこちらに向ける。

 「おかっぱちびとぼさぼさのっぽはいきなり怪我してるし、無傷なのはうすらハゲのおっさんだし。だいたい、こいつら訓練所の隅っこでぼそぼそしゃべってただけの役立たずたちじゃん! ミカ、こんなの連れて何しに来たの?」

 この女の子が「ナナちゃん」だった……。

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