18 群青
「君、異世界から来た人だね」
唐突に声をかけられてアウリオンはびくりと体を震わせて足を止めた。
夜の闇から溶け出てきたように、男が近づいてくる。
アウリオンと年が近そうな男だ。人当りのよさそうな笑みを浮かべている。
どこかで見たことがあるような気がした。
「えっと、なんのことでしょうか」
とぼけてみたが、彼の笑みを深くしただけだった。
「身に覚えがないなら、変なことを言ってるなって思いながらスルーすると思うよ。なんなら変な奴来たっ! て逃げるでしょう」
男の言う通りだ。返す言葉がない。
「君はエルミナーラから『蒼の夜』でこっちに来たんじゃない?」
ほぼ核心を突いた推論に、アウリオンは目を見開く。
この男はエルミナーラの人か?
見た目は日本人だ。アウリオンより少し背が低い、柔らかい雰囲気の男。
「そう警戒しないでください。……もしかして、逃げてきた、とか?」
「逃げてきたわけじゃない」
思わず反論したが、それは同時にアウリオンがエルミナーラから来た事を肯定することになってしまった。
「僕は
男、律は名乗り、アウリオンに小さな紙を差し出してきた。
“地球 トラストスタッフ 蒼の夜対策班 雨宮律”
エルミナーラの言語で書かれた、名刺だった。
「トラストスタッフ?」
思わず声が漏れた。
律は満足そうにうなずいた。
きっと、エルミナーラの言葉が読めたからだろう。アウリオンが異世界人であることがこれで実証されたわけだ。
「会社の名前だよ。人材派遣会社なんだけど、今回の騒動で政府かどこかから依頼が来てね。蒼の夜で現れる魔物を倒したり、その他いろいろとすることになったんだ」
ただの人材派遣会社が政府から依頼を受けるというのに違和感を覚える。
つまり、普段から公にできないようなところに人材を派遣しているということなのだろう。
律の雰囲気は柔らかいのに、なんだか油断できないような気がするのはそのせいかもしれない。
「それで、俺に何の用ですか」
まさかこのままエルミナーラへ連れて行くとか言わないだろうか。
アウリオンは再び警戒心を強めた。
「僕は近々、エルミナーラへ行くことになったんだ」
まだ原因は不明だが、エルミナーラと地球が「蒼の夜」でつながりやすくなってきている。初めのうちは秘密裏に魔物を倒し、情報を統制することで事なきを図っていた日本政府だが、日本どころか地球上のあらゆるところで「蒼の夜」が発生するようになってきて、隠しきれなくなった。
そこで「蒼の夜」の存在を公表するに至ったのだ。
そして先日、発生元のエルミナーラと意図的に世界を繋げることに成功した。
蒼の夜の発生源はエルミナーラの魔物の数が増えたことに起因するのではないかと考えた両方の世界は協力し、魔物討伐することになったのだ。
「その討伐隊に僕も行くのだけれど、君の存在を小耳に挟んでね。確かめに来たんだ。この前、この近くで発生した『蒼の夜』に駆けつけてくれたよね」
律はにこりと笑う。
あ、とアウリオンは小さい声を漏らした。
自分が到着した時にはもう蒼の夜は消えていった。
その時にいた、ビジネススーツの男だ。
「もしよかったら、一緒にエルミナーラに行ってくれないだろうか。戻るという方が適格なのかな?」
嫌だ。
瞬間で浮かんだ答えは、否、だった。
しかしそれをすぐに口に出すほどには、アウリオンはここでの生活を確立しているわけではない。
「考えさせてください」
「うん。それじゃ、連絡を待っているよ」
意外にも律はあっさりとうなずいてくれた。
「こういうのは強制するものじゃないと思うからね。でも、……君が異世界人であることを隠したままここで暮らすには限度があるよ。髪は染めて目はカラーコンタクトってことにしているみたいだけれど、髪を群青に染める人なんてそういないからね。蒼の夜のことも公表された今、いつか、異世界人であることは周囲に知れてしまう」
律は少し申し訳なさそうな顔になる。
「そして、異世界人だと知られたらここには居づらくなるだろう。残念だけど、日本人はよそ者に厳しいんだ。ましてや魔物がやってくる元の世界の住人だと知れたら、ね」
似たようなことを新奈も言っていた。
しかし、律の言葉の最後は断固否定したい。
「俺は地球人じゃないけど、エルミナーラ人でもない」
「どういうこと?」
問われて、アウリオンはこの世界に来るまでの経緯をすっかり律に話した。
律は難しい顔で聞いている。疑っているわけではないような様子に、少し安心した。
「そんな経緯が……。ありがとう、話してくれて。君も大変だったんだね。戻りたくない気持ちはよく判るよ」
話が終わると律はにっこりと笑った。
ほんわりと、温かいものが心を包んでくれる気がした。
エルミナーラに行くか行かないかは、もう少し考えたい。
けれどこの律という男は、自分がどちらの選択をしても受け入れてくれるだろう。
「それじゃ、また。よく考えて答えを出してほしい」
律は姿勢を正して頭を下げ、踵を返した。
歩き去る律の後ろ姿を見送りながら、アウリオンは自問した。
俺は、ここにいていいのか。
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