召喚戦士、異世界に落つ
御剣ひかる
01 黄昏
目の前の魔物を、倒さなければ。
アウリオン・ベルクはここ、エルミナーラに召喚され魔物と戦うことを生業とさせられた若者だ。
元の世界には剣も魔法もなかったが、エルミナーラに呼ばれてからは、途端に魔法が使えるようになったし、振るったことのない武器もやすやすと使いこなせる。
それが召喚された戦士の特徴なのだと説明された。
納得などしていないが、力のない人々が犠牲になるのは見たくない。
今も森の入口付近に出没するようになった四足獣を相手に剣を振るっている。
だがあと一歩で止めを刺せるかというところで、森の奥が唐突に、歪んだ。
比喩などではない。木々の間にぽつんとできた穴のようなものが歪みながら広がっていっている。
なんだあれは?
思わず手を止めたアウリオンから逃げるように、魔物が穴の方へと走った。
「あ、待て!」
後を追う。
穴をくぐってもいいものかと一瞬ためらったが、もしもこの先に街とかがあったらと思うと、飛び込まざるを得ない。意を決し、踏み込んだ。
そこは、蒼い夜空の下の、林の中。
見たことのない木、いや、なんだかちょっと懐かしい気がする風景の中に魔物がいた。
林のそばには道路があり、女性が一人倒れている。
魔物が彼女に気づいた。獲物を得たりと跳びかかろうとしている。
まずい!
状況を整理するよりもまずは魔物退治だ。
アウリオンは剣を力一杯振るった。
急所を切り裂かれ、魔物が四散する。
「……え?」
思わず声が漏れる。
今まで倒してきた魔物は当然のように死体が残っていた。こんなふうに消えたりしなかった。
さらに驚いたことに、魔物がいなくなると夜だったはずの景色が一変した。
オレンジ色と暗闇がまじりあう空。これは朝ではない。黄昏時だ。
時間が、逆行した?
剣を鞘に納めてアウリオンは辺りを見回す。
ここは、エルミナーラじゃないな。
むしろ召喚される前の世界に似ている。
まさか元に戻って……。
いや、そんなことはあるはずがないとアウリオンはかぶりを振る。
なぜなら、元いた世界はすでに――。
『あれ?』
思考を止めて声がした方を見ると、気を失っていた女性が体を起こしている。
目が合った。
『え、なに、その恰好……』
なんと言っているのか判らない。おそらく異世界の言葉だ。
十代後半かと思われる娘は、オレンジ色の景色の中、アウリオンを不審そうに見つめていた。
「倒れてたけど、大丈夫か?」
目の前の女性に尋ねてみた。
『ごめんなさい、何を言ってるのか判らない。……英語じゃないよね。ドイツ語?』
女性は困った顔だ。おそらくこちらの言葉も彼女に通じていない。
アウリオンは、通訳機の存在を思い出して首元に手を当てた。ネックレスにつけられている石に通訳の魔法がかかっているのだ。
体の中から魔法力を石に注ぎ込むイメージをすると、石はほのかに温かい光を放った。
「これで、わかるかな」
「あっ、えっ、はい。えっと、あなたは誰?」
うまく発動したようだ。アウリオンは微笑した。
「俺はアウリオン・ベルク。魔物と戦ってたらそいつがこっちに来たから追いかけてきて倒したんだけど、君が倒れてたから、大丈夫かな、って」
名を名乗り状況を説明すると、女性はさらに困った顔をした。
「魔物……。かなり凝ったコスプレだと思ってたら妄想癖まで……?」
つぶやいている。
倒れていたから魔物を見ていないようだ。
妄想癖扱いされて心外である。
「コスプレって?」
「え? 何かのキャラの真似とかしてるんじゃないの? 群青の髪と赤い目って、ウィッグか染めてるんじゃないの? 目はカラコンでしょ」
判らない単語があるが、女性はアウリオンがアイテムなどを使って変装をしているのではないかと考えているのは判る。
「いや、髪も目も俺自身のものだけど」
女性は「本当に?」といわんばかりに小首をかしげている。
それにしてもとアウリオンは女性と周りの景色を見回した。
やはり召喚先のエルミナーラとは違う。元々彼がいた星、ストラスの景色に似ている。彼女の服装もそうだ。髪の色が黒というのは珍しいが。
「ここは、どこ? エルミナーラじゃないよね」
「日本の大阪だけど……」
聞いたことのない地名を言われて、確信する。
異世界召喚された自分はさらに異世界転移をしてしまったのだ、と。
「あんまりそういう恰好でそういうこと言ってると通報されちゃうよ。それじゃ」
女性が立ち去ろうとしている。完全に変人を見る目だ。
「待ってくれ。さらに変人扱いされるのを覚悟でいうが。俺は、異世界から来たんだ。この世界のことをもうちょっと教えてほしい」
真剣に頭を下げた。
女性は逡巡しているようで数秒の沈黙が降りる。
「わかった。話を聞くから、とにかくその恰好どうにかして」
アウリオンはうなずいて籠手やレギンス、ブレストプレートを外して、剣とともに
女性が、息をのんだ。
これでちょっとは自分の言うことを信じてくれるだろうか。
「すごい手品ね」
道のりは長そうだった。
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