4632話
ダグラスファミリーが地下に潜っていると聞いたボーラインは、唖然としながらレイを見る。
その視線に微かながらも責める色があったのは、わざわざここまで来たのにダグラスファミリーが地下に潜っているのでは顔合わせも、交渉も意味はないだろうと思った為だ。
実際、その考えは決して間違いという訳ではない。
今回の一件において、最も重要……いや、一番重要なのはレイがどこに住んでいるのかを知り、いつでも連絡を取れるようにするということなので、ダグラスファミリーとの件は二番目以降となるのだろうが。
ともあれ、そのつもりであったのにダグラスファミリーが地下に潜ってると聞けば、何の為にわざわざダグラスファミリーの拠点までやって来たのかということになる。
勿論、レイの家を知った時と同じく、何かあったら即座に連絡が出来るようにダグラスファミリーの拠点を知るというのは悪い話ではない。
それは事実ではあったが……それでも、地下に潜っているのであれば意味がないとも思える。
「安心しろ。別にからかったって訳じゃないから。ダグラスファミリーは地下に潜ったものの、だからといって何かあった時に俺と連絡が取れないというのは色々と不味いだろ。だからこそ、もし何かあった時……それこそ今のような時の為に、ダグラスファミリーの王都支部を率いているルドマン本人はいなくても、ルドマンの手の者はいるから。……だろう?」
レイはボーラインにそう言いつつ、最後だけはダグラスファミリーの屋敷に向け、言う。
すると数秒後、不意に一人の男が姿を現す。
「まさか、こうもあっさりと見つけられるとは思いませんでしたね。あっしは気配を消すことには自信があったんですが」
姿を現したのは、二十代後半といったくらいの男。
中肉中背で、顔立ちも平凡……それこそこのような場所ではなく、街中で擦れ違っただけであれば、特に気にしたりはしないような、そんな相手だ。
「っ!?」
その男に気が付いており、声を掛けたレイはともかく、ボーラインは一切その男の存在には気が付いていたかった為か、息を呑む。
「ルドマンの遣いだろう?」
「へい」
いかにも三下っぽい言葉遣いには微妙な思いを抱くレイだったが、本人が言うように気配を消すという点ではかなりの技術を持っているのは間違いない。
レイだから……ゼパイル一門謹製の身体を使っているレイだからこそ、その男の存在に気が付いたのだ。
実際、ボーラインは男の存在に全く気が付いていない様子だった。
「それで、レイさん。こちらの方は? 何故ホルシズの護衛を纏めてる人を連れてきたんでしょう?」
どうやら目の前の男はボーラインについても知ってるらしいとレイは納得する。
もっとも、ホルシズの屋敷の護衛のトップにいるのがボーラインだ。
またホルシズの後継者であるイーグレスの教育係だったということもあり、ボーラインの名前はそれなりに知られていてもレイは特に驚いたりはしない。
寧ろダグラスファミリーが相応の情報収集能力があると知り、感心したくらいだ。
「その件について少しルドマンと話したいんだが、連絡は取れるよな?」
自分との接触用にこうしてダグラスファミリーの拠点で待っていたのだから、ルドマンと連絡が取れないということはないだろうと、そう確信した状態でレイは男に尋ねる。
そして実際、男はレイの言葉にすぐに……ではなく、ボーラインを一瞥してから頷く。
なお、ボーラインは今の時点でも色々と言いたいことはある様子ではあったが、今はまずレイとダグラスファミリーの……正確にはそこに所属してる者のやり取りを邪魔する訳にはいかないと、沈黙を守っていた。
「はい、ボスに連絡は取れます。ですが……一体どうなってるんです? あっしはてっきり、レイさんがホルシズの屋敷を襲撃したという話を聞かせて貰って、それをボスに知らせるんだと思ってやしたが」
そう言う男の目には若干の疑いの色がある。
この男はギルムでレイと揉めたダグラスファミリーの一員ではないので、そこまで全面的にレイを信じることが出来なかったのだろう。
もしかしたら……本当にもしかしたらの話だが、レイはホルシズの屋敷を襲わず、ホルシズと手を組んだのではないかと、そのような考えが頭をよぎったのだろう。
しかし、レイはそんな男の考えを読んだかのように頷いてから口を開く。
「安心しろ、しっかりとホルシズの屋敷は襲撃してきた。……これが一応証拠だな」
そう言い、ミスティリングから槍を……宝物庫に飾られていた、実用は一切考えていない、観賞用の槍を取り出し、男に見せる。
男がこの槍について知っているのかどうかはレイにも分からなかったが、それでもこのような槍を取り出して見せたのは間違いない。
お陰で、完全にとはいかずとも、多少なりともレイの言葉を信頼出来たらしい。
「……分かりました。ですが、なら何故そちらのボーラインさんと一緒にいるんです? まさか、ボーラインさんが降伏してレイさんに服従したとか……そういうことじゃないですよね?」
ふざけるな。
男の言葉を聞いたボーラインが叫びそうになるが、それをレイが手を伸ばすことで抑える。
「別にそういうのじゃない。ただ……いや、これはルドマンに直接説明した方がいいのか? それとも、お前が素直にルドマンに伝えるか? どっちがいい? 一応言っておくが、今から言うのは俺だけじゃなくてダグラスファミリーにとっても重要なことになるけど」
「……ボスからはあっしが話を聞くように言われてるので、あっしが話を聞きやす。ただ、それを話した後でボスが改めてレイさんと話をしたいと、そう言うかもしれませんが、それで構いませんか?」
「ああ、別にそれはそれで問題ないぞ。俺にとっても、そっちの方が色々と手間が省けて助かるし。……ボーライン、お前もそれでいいか?」
「……ああ」
レイに降伏したという一件で不満を抱いたボーラインだったが、レイにそう聞かれると、まさかこの状況で否とは言えない。
そんなボーラインの様子には当然ながらレイも気が付いていたが、だからといって別に自分が慰める必要はないだろうと、その辺りについては特に気にした様子もなく、男との話を続ける。
「まず、ホルシズの屋敷を襲撃した。それは間違いない。……ちなみに、もし素直に信じることが出来ないのなら、ホルシズの屋敷に人をやるといい。もっとも、ホルシズの屋敷の周囲には土壁があって、簡単に中に入れないようにはなっているけどな」
「土壁……でやすか?」
「そう、土壁。屋敷から逃げ出す奴がいたら、そいつを逃がさない為に土壁を用意した。その土壁の中に入れれば、ホルシズの屋敷が大きな被害を受けているのは分かると思うし、まだ対処していなければ地面にはそれなりに血が飛び散っていると思う」
レイの言葉を聞いた男は、理解出来ないといった表情を浮かべている。
実際、男がレイの言葉の意味をどこまで理解しているかとなると、半分程も理解はしていないだろう。
ただ……それでもこうして自信満々にレイが言っているのを思えば、ホルシズの屋敷に大きな被害を与えたのは間違いないと思われた。
実際、屋敷にいた護衛の大半を殺すなり戦闘不能にするなどし、屋敷にあったお宝の多くや書斎にあった本を奪っているということを考えれば、レイがホルシズの屋敷に与えた被害は間違いなく大きい。
「……で、そうして屋敷に大きな被害を与えたのは分かったでやすが、ボーラインさんは一体なんでレイさんと一緒にいるんで? まさか、寝返った……なんてことはないと思いやすが」
ボーラインの噂を知っていれば、そのボーラインが裏切るとは到底思えなかったらしい男が、核心に迫るようにそう尋ねる。
……噂というのは、それこそその者の本心を必ずしも表している訳ではない。
そういう意味では、ボーラインがホルシズを……イーグレスを裏切るといったようなことがあっても不思議ではないのだが、幸か不幸かボーラインに関して言えば、その噂は事実だった。
いや、これでホルシズだけであれば、あるいはボーラインも裏切るといった可能性もあっただろう。
だが、教育係をしてきたイーグレスには、ボーラインも強い忠誠心を抱いているので、ある意味噂は正しいのだろう。
「その辺について、ルドマンと相談したいところなんだが……今からルドマンに直接会う方法というのはあるか?」
「それは……難しいと思いやす。あっしも親分に会うにはしっかりとした手順を踏まないと会えないことになってやすから」
男が申し訳なさそうにレイに向かって頭を下げる。
……それが本心からそのような行動をしているのか、それとも表向きそのような態度を取っているだけなのか、その辺は生憎とレイにも分からない。
ただ、そのような態度を取っている以上、レイとしても無理強い出来るようなことではないのは事実だった。
「なら、予定通りお前に報告をして貰うことになる訳だが……注意しろよ? 俺がこれから話すことは、ダグラスファミリーにとっても重要なことだ。それをお前がしっかりとルドマンに説明出来なかった場合、それはお前の失態となる。ダグラスファミリーに大きな影響を与えることを、俺の口から直接聞くんじゃなくて、お前が知らせるんだ。それを承知の上で、ルドマンに会わせるのは難しいと、そう言ってるんだよな?」
「……へい。伝言については、あっしが確実に親分に知らせやす」
レイの言葉に、男が覚悟した様子で……何があっても、ルドマンに知らせると、そのように思った様子でレイに向かって言う。
そんな男の様子に、これなら信じてもいいかとレイは判断し、ボーラインを見る。
「どうする? この様子を見ると、俺は信じてもいいと思うけど。それでもお前が信じられないのなら……この男を通じてルドマンが会いに来るように言って、それで直接ルドマンに会ってから話すということになると思うが」
「その場合、具体的にはいつくらいにそのルドマンという人物に会えるんだ?」
そう尋ねるボーラインに、男は困ったように笑う。
「あっしは分かりやせん。あくまでも親分が決めることですので」
「……分かった。それなら、この男に伝言を頼もう。それでそのルドマンという人物がどう判断するのかは分からないが、今はそれが最善の選択だと思う」
ボーラインがそう言うと、レイもその意見に対しては特に異論がないので、素直に頷く。
「分かった。それでルドマンに伝えて欲しいことだが、ホルシズの息子のイーグレスは知ってるか?」
「ええ」
どのような人物か……といったようなことは口にすることなく、素直に知っているとだけ口にする男。
イーグレスの評判がどうなのか、ちょっとだけ知りたいレイだったが、イーグレスの教育係であったボーラインがいる前で聞ける内容でもないので、その辺については黙っておく。
ホルシズの屋敷でオイトロから話を聞いた時は、イーグレスは自分に強い自信を持っている……それはつまり、自信だけは強くても能力的には足りない、あるいは無能であると思っていたのだが、レイが実際にイーグレスと会った時、そのオイトロの噂はとてもではないが真実とは思えなかった。
だからこそ、実際にイーグレスの噂がどうなっているのか、レイとしては聞いてみたかったのだが。
そう思いつつ、レイは説明を続ける。
「そのイーグレスと取引をした。内容は父親のホルシズを俺に引き渡すというのと、ホルシズの商会が行っている商売の幾らかをダグラスファミリーに……正確にはダグラスファミリーの関係している商会とか、そういう相手に任せるって感じで」
「それは……」
レイの言葉に、男は何と言えばいいのか迷う。
実際のところ、レイから聞いた説明は決して悪いものではない。
それは事実なのだが、だが……それでも男がルドマンから聞いていた当初の内容と色々と違うのは間違いない。
「……レイさんはホルシズを恨んでいた筈ですが、よくその息子と手を組む気になりやしたね」
「正直なところ、俺もちょっと意外だったと自分で思う。ただ……ホルシズに落とし前を付けるにしても、俺に直接やられるよりも、その前に一度自分の息子……後継者から切り捨てられ、商会を乗っ取られるという経験をさせた方がいいかと思ってな」
「うわぁ……」
レイの説明に、男は思わずそんな声を出す。
ホルシズをより深く絶望させる為に、イーグレスと手を結んだというのを理解したからだ。
そのようなことをするレイを敵に回したホルシズに対し、男は哀れみすら覚えるのだった。
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