3988話
「きゃあっ!」
その叫びと共に、イステルは地面に倒れ込む。
少し遅れて、レイのデスサイズによって弾かれたレイピアが空中で弧を描き、地面に落下し……その刃が突き刺さる。
「確かに以前と比べると強くなってるな」
そう言い、レイは地面に倒れている者達を見る。
今回の模擬戦で最後まで残ったのはイステルだったが、他の面々も決して弱い訳ではない。
そもそも冒険者育成校の中でもトップクラスの強さを持つ者達が集まっているのだから、弱い筈がなかった。
ただ、それ以上にレイが強かっただけなのだ。
これについては、生徒達の運が悪い……いや、絶対的な強者と模擬戦を繰り返すことが出来るのだから、運が悪い訳ではなく、幸運なのは間違いないだろう。
「相変わらずだな」
呆れたように言うのは、ニラシス。
レイの強さについては十分に理解していたが、それを知っていてもやはりその強さに理不尽さを抱いてしまう。
「ニラシスだって、このくらいは出来るだろう?」
「出来るかどうかと言われれば出来るが、レイのように余裕でとはいかないが。それなりにダメージを受けてもおかしくはないと思う」
ニラシスもそれなりに自分の腕には自信があるものの、それでもアーヴァイン達全員を相手にしてとなると、余裕で倒すという訳にはいかない。
これがもっと下位クラスの生徒であれば、話は別だったのだが。
「そういうものか?」
「そういうものだよ。……それにしても、この様子を見るともうこれ以上の模擬戦は難しいな」
地面に倒れている者達は、激しく呼吸をしている者もいれば、気絶している者もいる。
このような状況で更に模擬戦を続けられるかと言えば、それは否だろう。
あるいはもし模擬戦を続けるにしても、もう少し休んだ後でなければ厳しい。
「冒険者というのは、限界を迎えたところが始まりだと思うんだがな」
「一般人をお前と一緒にするんじゃない。……いやまぁ、そういう一面があるのは否定しないが、こいつらはまだ本物の冒険者という訳じゃなくて、生徒なんだぞ?」
ニラシスも冒険者として活動を始めてから、それなりに長い。
その中ではモンスターの群れとの戦いで限界を迎え……そこで別のモンスターが襲撃してくるというのも何度か経験している。
そういう意味では、レイの言いたいことも分かるのだ。
モンスターを前にして、体力が限界だから、回復するまで戦うのを待って欲しいと言っても、それを聞いて貰える筈もない。
……いや、高い知能を持つモンスターの場合、その言葉の意味を理解し、回復するのを待つという可能性も否定は出来なかったが。
ニラシスは自分の経験から、レイの言葉の意味も分からないではない。
分からないではなかったが、同時に今の生徒達にはまだ早いという思いがあったのも事実。
「ニラシスがそう言うのなら、そうしておくか」
「ああ、頼む。……こいつら、それなりに強くなっていただろう?」
少しだけ自慢げにニラシスが言う。
ギルムにいた時間はそこまで長い訳ではない。
だが、その短い間でも、生徒達はギルムで色々な経験をした。
その結果として、一回り強くなったのは間違いない。
……レイを相手にした場合、一回り強くなっても意味はなかったが。
「そうだな。強くなったのは間違いない。ただ……ガンダルシアに戻ってからどうするかだな。正確には、カリフとビステロの二人」
アーヴァイン達も強くなったのは間違いないが、全員が同じパーティである以上、特に問題はない。
だが、アーヴァイン達と違い、カリフとビステロはそれぞれ別のパーティに所属している。
そんな中で、その二人だけがそれぞれ強くなってしまったら、どうなるか。
もしかしたら問題なくパーティの運営が出来るかもしれないが、反対に一人だけ強くなったのが他のパーティメンバーに許容されず、最悪パーティから追放されるという可能性も十分に有り得るだろうとレイには思えた。
(こういう時、ソロは便利なんだよな。あるいはパーティで活動していても、誰もが相応の強さを持っているとか)
勿論、ソロはともかくパーティの場合は仲間が相応の強さを持ってるだけでは駄目だ。
それ以外にも、パーティメンバーの性格によって、その辺は大きく変わってくる。
実際、もしレイがパーティを組んでいるマリーナ、ヴィヘラ、ビューネの性格が今とは違い、嫉妬深かったりした場合、レイだけが強ければ普通に接することは出来ないだろう。
それこそレイに嫉妬するか、あるいはいいように使おうとするか、はたまたもっと別の何かか。
とにかく、まともにレイと接しない可能性は十分にあった。
同じように、カリフとビステロのパーティがどのような者達なのか。
場合によっては、二人が最悪の未来を迎えるようなことになりかねない。
「あの二人か。……どうだったか。ちょっと待ってくれ」
レイの言葉に、ニラシスは二人が誰とパーティを組んでいたのかを思い出そうとする。
そのまま数秒が経ち……
「うーん……そうだな、多分問題ないとは思う」
最終的にニラシスが出した結論は、それだった。
何となくといった感じで口にする内容に、レイはおいと思わず突っ込みたくなる。
それでも実際に口にしなかったのは、レイが覚えていない二人のパーティメンバーをニラシスは覚えていて、それを知った上で二人のパーティには問題ないだろうと、そう言った為だ。
「そうか」
レイもその辺りについては詳しく知らない為、ニラシスの言葉にそういうものかと納得する。
カリフとビステロの性格を考えれば、もしパーティで上手くやっていけなくても、トラブルにはならないだろうという思いがあった為だ。
「さて、生徒達がもう限界の様子だし……そうなると、これからどうするかだな。ニラシスが俺と模擬戦をやるか?」
時間はまだ夕方にもなっていない。
今日はもう出発しないでここでもう一度野営をすると決めた以上、時間を潰す必要があったのだが……
「いや、止めておく。出来ればレイと模擬戦をやりたいとは思うんだが、盗賊の一件もあっただけに、何かあった時に俺もすぐに対処出来るようにしておきたい。これでも、教官役としてついてきたんだしな」
そう言われると、レイも無理に模擬戦をしようは言わない。
もっとも、ギルムにいる時ならともかく、今はもうガンダルシアに帰る為に一緒に行動しているのだ。
何かトラブルがあったら、レイもそれを解決するのに協力するつもりではある。
(ただ、ニラシスは自分が教官だという自覚が強いんだろうな)
レイが知っているニラシスだと、そのようなことはなかったのだが。
それを不思議に思いつつ、レイはミスティリングから取り出した果実をニラシスに渡す。
「これは?」
「夏の暑さ対策だよ」
「いや、それなら俺じゃなくて、生徒達にもだろう」
「そっちも後で渡すつもりだから、気にするな。果実水とセットでな」
「……なら、いいか」
レイの言葉に、ニラシスは渡された果実を口に運ぶ。
巨大な……それこそ拳程の大きさもあるその果実は、ブドウに近い味と食感を持つ果実だ。
水分も多く、下手に囓ると顔に果汁が降り注いでしまう、そんな果実。
もっとも、水分量は多いが甘みという点では日本のブドウには到底及ばない。
甘みを楽しむのではなく、あくまでも水分を摂取するという意味で最適な果実。
(これ、日本のブドウのような甘さを持つことが出来たら凄いんだけどな。とはいえ、どういう風に栽培すればいいのか分からないんだよな)
日本において、レイの家は農家だった。
だが、それは野菜農家であり、果樹園を持っているような農家ではない。
果実と言えば精々が家の側に生えている柿の木と、父親が趣味で植えるスイカくらいか。
もっとも、スイカは正確には果物ではなく野菜なのだが。
そんな訳で、別に柿の木にも特に肥料をやったりといったことはしていなかったので、レイには果樹に対する知識はない。
(アケビも果実……なのか? まぁ、アケビは山に生えている奴だけだったから、これもどうやって育てればいいのか分からないけど)
レイにとって、アケビというのは山の中で見つけて食べる果実だ。
……種が大量に入っているので、非常に食べにくいのだが。
それだけに、こちらも柿の木と同様に肥料を与えるといったことはしたことがない。
この巨大なブドウについても、どうやれば甘くなるのかはレイにも分からなかった。
「レイ? どうした?」
「ん? ああ、この果実……」
「美味いよな」
あまり甘くない。
そう言おうとしたレイの機先を制するように、ニラシスがそう言う。
それはお世辞でも何でもなく、本当に心の底から言ってるように思えた。
「……そうだな。かなり美味いと思う」
まさか美味いと言ってるニラシスに対し、自分はそこまで美味いとは感じない。甘さがいまいち……そんなことを言える筈もなく、結局レイが口にしたのはそういう言葉だった。
少しだけ気まずい思いをしたレイだったが、ちょうどそのタイミングで気絶したり、疲れて動けなかったりした生徒達が動き始めた。
「どうやらある程度は動けるようになったみたいだな。まずはこれを飲め」
そう言い、レイはミスティリングから取り出したコップに果実水を入れて、それぞれに渡していく。
「んぐ、んぐ、んぐ……ぷはぁ……美味い!」
アーヴァインが一気に果実水を飲み干す。
続けて他の生徒達もそれぞれに果実水を飲んでは、美味い美味いを口にする。
そんな生徒達の様子に気をよくしたレイは、お代わりを希望する者達に満足するまで果実水を飲ませていく。
そうして一段落したところで、ニラシスに渡したのと同じ果実……巨大なブドウを渡す。
そちらもまた、疲れているからというのもあるのだろうが、皆が揃って美味いと口にする。
(果実の中にはもっと甘い奴が幾らでもあるんだけど……いやまぁ、ここでわざわざ口を出して、雰囲気を悪くするのはどうかと思うから何も言わないけど)
レイはそんな風に思っていると、空を飛ぶ何かに気が付く。
……いや、それは何かではなく、レイにとっても見覚えのある、それこそ相棒と呼ぶべき存在だ。
ただ、そのシルエットは普通とは違う。
何故なら、セトは前足で何かを持って飛んでいたのだから。
「おーい、セト! こっちだこっち!」
レイは空を飛ぶセトに手を振る。
そんなレイの様子に、果実水や果実を楽しんでいた生徒達も空を見上げ……
「あれ、レイ教官。セトちゃん……何か変じゃないですか?」
さすがセト好きのイステルと言うべきか、すぐにセトが普段とは違うことに気が付く。
もっとも、セトは別にそこまで高く飛んでいる訳ではないので、他の者達もすぐにセトの異変に気が付いたが。
「セトが持ってるのは……鹿、か?」
「多分鹿だな。それも角が立派な鹿だ。……もしかしたら、あの鹿はその角を使ってセトを攻撃しようとしたのかもしれないけど。どうなんだろうな」
ニラシスの言葉にそうレイは返す。
普通に考えれば、モンスターですらセトに勝つことは出来ないのに、鹿がセトに勝てる筈もない。
とはいえ、それでもこうした結末になっているということは、セトから逃げようとしても結局逃げ切れずセトに倒されたのか、あるいはセトに勝てると思って攻撃し、その結果として倒されたのか。
それはレイにも分からなかったが……
「取りあえず今日の夕食は鹿肉を使った料理だな。……丁度いい、鉄板でステーキでも作るか?」
「……鉄板? レイはそういうのも持ってるのか?」
レイの呟きを聞いたニラシスが、不思議そうに言ってくる。
その言葉に、あー……とレイは思い出す。
焼きうどんを作ったのは、ニラシス達がマリーナの家に来た後だったと。
「話の流れで料理を作ることになってな。焼きうどんを作るのに鉄板を探していて見つけたマジックアイテムだ。というか、以前見せたよな?」
「マジックアイテムの鉄板? ……ああ、そう言えば見たことがあるような……」
これが普通の鉄板であったのなら、ニラシスもそういうものかと納得しただろう。
だが、それがマジックアイテムとなれば、話は違ってくる。
マジックアイテムというのは、基本的に高価だ。
……いや、正確には日常で使われているマジックアイテムはそれなりに庶民の間でも使われている。
火起こしであったり、明かりであったり。
だが、それはレイが持つマジックアイテムの収集の対象にはならない。
そもそも、火を点けるなり明かりなりは、それこそレイの魔法で容易に出来るのだから。
もっともそれを言うのなら、鉄板と同じようにファイアボールで焼くことも出来るのだが。
セトが降下してきて、持っていた鹿の死体をどさりと地上に置くのを見て、レイは解体をするぞと他の面々に言うのだった。
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