3279話

 蝙蝠型のモンスターと思しき死体にモンスターの証拠である魔石があることを確認してからミスティリングに収納したレイだったが、自分達のいる場所に向かって走ってくる多数の足音を聞いて表情を引き締める。


(蝙蝠のモンスターがあれだけ大規模にニールセンを襲ったんだ。それに気が付かない筈がない、か。幸いなのは、この様子だと恐らくまだ結構距離が離れていることだな)


 洞窟の中を多数の者達が走っているので、その音は反響している。

 具体的にどのくらいの距離が離れているのかは、生憎とレイにも分からない。

 だが、それでもある程度の余裕がある……多少なりとも情報交換をすることが出来る時間があるのは、レイにとって悪い話ではなかった。


「敵が来る。ニールセンと蝙蝠のモンスターの追いかけっこでこっちの存在が察知されたみたいだな」

「う……ごめんなさい。でも、まさか周囲の景色に溶け込むような真似が出来るとは、思わないでしょ?」

「その件についてはいい」


 実際にはよくないのだが、今の状況で重要なのはニールセンの言い訳よりも、敵がどのような存在なのかだ。

 具体的には、ニールセンが偵察した結果を知りたいレイは、そちらに話題を移す。


「それで、この洞窟の先はどうなっていた? どれだけの戦力があるのか分かるか?」

「戦力は分からないわ。ただ、向こう……この洞窟の先はかなり広い空間になっていて、そこには結構な人数が生活していたわ。その辺の村とかがそのまま洞窟の中にあるといった形かしら」


 その事はレイを驚かせるのに十分だった。

 レイはその鋭い聴覚から、生活音が聞こえてきているのを知っていた。

 だが同時に、それでも十人か二十人程度の者達がいるだけだと思っていたのだ。

 この洞窟の大きさからの予想だったが、それが見事に外れた形だった。


「それは本当か?」

「ええ。この道を進んだ先には私が見た限りだとそういう風になっていたわ。ただ……」

「ただ? まだ何かあるのか?」


 この状況で他に一体何があるのか。

 そんな疑問の視線を向けるレイに、ニールセンは少し困った様子で口を開く。


「これはあくまでも私が感じたことで、明確にそうだという証拠はないわ。けど、その広い空間に違和感があったのよ」

「……違和感? 具体的にはどんな?」

「言葉にするのはちょっと難しいわね。だからそういう違和感だとしか表現出来ないんだし」


 言葉に出来ない違和感というニールセンの説明に、レイは眉を顰める。

 この洞窟が穢れの関係者にとってそれなりに重要な場所だというのは、岩の幻影を使って洞窟を隠していたことから明らかだ。だが、もしかしたら……


(この洞窟、それなりどころじゃなくて、かなり重要な場所じゃないのか? 最悪、もしくは最善なのかもしれないけど、この洞窟が実は穢れの関係者の本拠地という可能性もあるのでは?)


 そうレイが思ったのは、やはりニールセンが空間を見た時に抱いた違和感だ。

 また正確には分からないが、もしかしたらこの洞窟は空間魔法、もしくはそれに類する何かを使って空間を広げているのではないかと、そのように思える。


(とはいえ、考えている暇はないな)


 大勢が走ってくる音が次第に近付いてきている。

 洞窟に反響しているので正確には分からないが、それでもそう遠くないうちにここにやって来るのは明らかだった。


「この洞窟が予想以上に重要な場所だというのは多分間違いない。それをゆっくりと調べる為にも、まずはここにやって来る連中を始末するぞ」

「それはいいけど、あの蝙蝠のモンスターの時と違って今回は穢れの関係者が相手でしょう? そうなると相手が穢れを使ってくるかもしれないから、精霊魔法は使えないわよ」


 マリーナは極めて強力な精霊魔法の使い手だが、その精霊が穢れを嫌ってか、穢れのいる場所で精霊魔法は殆ど使えない。

 レイもそれは分かっていたので、その件でマリーナを責めたりはせず、素直に頷く。


「精霊魔法が使えるようなら使ってくれ。それも穢れに対してじゃなくて、穢れの関係者に対してだ」

「じゃあ、それまでは私は何もせずに待ってろってこと? 預けてた弓を出してくれる?」


 マリーナに促されたレイは、ミスティリングの中からマリーナから預かっていた弓と矢の入った矢筒を渡す。

 洞窟の中で弓を使うのはかなり危険なのだが、マリーナの技量なら恐らく大丈夫だろうと思っておく。

 洞窟はそれなりに広いとはいえ、レイとヴィヘラが並んで戦うと空間的な余裕はない。

 レイがデスサイズと黄昏の槍という、長物二本を使っているのも影響してるのだろうが。

 そのような状況である以上、後方から弓で援護をしてくれるマリーナの存在は非常にありがたい。

 マリーナの実力なら誤射をする可能性も少ないというのがレイの予想だった。


「レイ、一応聞いておくけど……全員殺した方がいいのかしら?」

「そうだな。それで構わない。情報源は欲しいけど、重要な情報を持ってる奴はこういう時に真っ先に動いたりはしないで、後方で指揮を執るとかしてるだろうし」


 そう思っていたレイだったが……


「あ、訂正。あの先頭の奴を捕虜にしてくれ」


 すぐにそう否定する。

 何故なら、洞窟の奥から姿を現した穢れの関係者の先頭に立っている人物の服装が、見るからに他の者達よりも豪華だったからだ。

 絹か何か、あるいはモンスターの素材か何かで作ったと思われる、艶やかな質感を持つ服に、宝石が幾つか組み込まれている。

 普通に見た場合、その辺にいる誰でもが着られるような服ではない。

 つまり、この洞窟に住んでいるのだろう者達の中でも、明らかに上位に……場合によってはトップなのかもしれない男だった。

 何故そんな男が先頭に立って走っているのか。

 それは分からなかったが、レイの言葉にヴィヘラも呆れた様子で頷く。

 これが、例えば相応の技量の持ち主が先頭を走るのなら、まだ分かる。

 先頭に立って戦うことで、一緒にいる他の者達の士気を上げたり、戦いながら素早く指揮を執ったり出来るのだから。

 だが、レイやヴィヘラが見ている男は、荒事に慣れているようには見えない。

 身体の動かし方を見れば、その者がどれだけの強さを持っているのか、ある程度の予想は出来る。

 そんなレイから見て、豪華な服を着ている男は明らかに身体を動かし慣れていない。

 その男は走り続けてようやくレイの存在に気が付いたのか、足を止める……が、男が足を止めても他の者達が走っていればどうにもならず、一緒に走ってきた者達が男を追い越してレイ達の方に近付いてきた。


「え?」


 その展開は、レイにとっても……そしてヴィヘラやマリーナ、ニールセンにとっても予想外だったのだろう。

 レイと同じく一瞬だけ理解出来ないといった表情を浮かべる。

 だが、向こうからやって来ている以上はここで何もしなければ、自分達にとって危険なだけだ。

 そう判断し、レイは開幕の一発目として黄昏の槍を投擲する。


「はぁっ!」


 既に慣れた、左手による投擲。

 身体の捻りを加えて放たれたその一撃は、空気を貫き……そして豪華な服を着ている者を追い抜いてやって来た者達の身体を貫く。

 その一撃は先頭を走っていた男の胴体を砕き、身体を上下二つにしながら、それでも威力を弱めることなく後ろにいた男達に対しても同様に身体を砕き、脇腹を砕きといったように十人を超える死傷者を生み出し……そしてレイが念じることによって、その手元に戻る。


「う……うわああああああああああああああああああああっ!」


 幸運にも、レイの放った黄昏の槍の一撃の標的にならなかった者の一人が、自分の頬に付着した内蔵の一部に触れ、悲鳴を上げる。

 そうして叫んでいる最中も速度は遅くなっていたが走り続けていたものの、悲鳴を上げた瞬間にバランスを崩したのか転び……背後からやって来た者達によって次々に踏まれ、やがて死ぬ。


「じゃあ、続けて私が行くわね」


 そう言うとヴィヘラは素早く前に出る。

 その手甲からは魔力によって鉤爪が伸びており、走ってきた者達に向かって振るわれると、その身体をあっさりと切断される。

 また、足甲の踵から出ている刃によって首筋を斬り裂かれる者もいた。


「レイ、精霊魔法が行けるわ!」


 場合によっては弓を使うつもりだったマリーナだったが、この場に穢れの気配がないことに気が付いたのか、短く叫ぶ。


「分かった。頼む。特に最初に先頭を走っていた、明らかなお偉いさんは可能なかぎり生け捕りにしてくれ!」


 後方から聞こえてきたマリーナの声にそう返すと、レイはデスサイズと黄昏の槍を手に、暴れているヴィヘラに続く。


「ひぃっ!」


 近付いてくるレイ……というより、最初に突っ込んで来たヴィヘラによって何人もが殺されているのを見ていた男が、新たに突っ込んで来たレイを見て悲鳴を上げる。

 その悲鳴は、レイではなくレイの持っているデスサイズと黄昏の槍……より正確にはデスサイズを見てのものだった。

 刃の長さが一m程、柄の長さが二m程もある大鎌。

 そんな大鎌を手に自分に近付いてくる相手がいるのだから、このような状況で悲鳴を上げるなという方が無理だろう。

 だが、その悲鳴は寧ろレイの注意を引く結果となった。


「多連斬!」


 スキルの発動と共に振るわれた一撃は、悲鳴を上げた男の胴体をあっさりと切断し……だが、それだけでは終わらない。

 デスサイズが持つスキルの中でも強力なスキルの一つである多連斬は、レイが最初に振るった一撃に追加で二十の斬撃が放たれる。

 デスサイズによる斬撃が、合計二十一。

 そのスキルによって、男の周囲にいた者、その背後にいた者……多数の身体が切断されて、周辺に血肉や骨、内臓、体液といったものを撒き散らかす。


「ぎゃああああっ!」

「あ」


 聞こえてきた悲鳴に視線を向けると、そこでは豪華な服を着ていた男……レイがマリーナに捕らえるように言っていた相手の右手の指が数本切断されていた。

 ……曲がりなりにもデスサイズの多連斬を食らって指の数本ですんだのは、レイの指示によって精霊魔法で男を捕らえていたマリーナの手腕だ。

 男の足が土によって埋まって移動出来なくなっているのだが、その土を使ってレイの放った多連斬の一撃……偶然豪華な服を着ている男の方に向かったのを、なんとか防いだのだ。

 それでも防ぎ切れず、右手の指が数本切断されるといった結果になったが。


「レイ!」

「悪い!」


 自分で捕らえておけといった男に被害が出るような攻撃をするなと、そう叫ぶマリーナにレイはすぐに謝る。

 もしマリーナによって守られていなければ、間違いなく豪華な服を着た男は死んでいただろう。

 一撃で死ぬようなことがなくても、致命傷となっていた可能性は高い。


「取りあえず、俺はこの辺にしておいた方がいいか」


 デスサイズを振るい、刃に付着していた血や体液を振り払う。

 そんなレイの視線の先では、ヴィヘラが蹂躙という言葉が相応しい行動で、次々に穢れの関係者を倒している。

 相手は特に強い訳でなく、ヴィヘラにしてみれば戦って楽しい訳ではないのは事実。

 しかし、それはそれ。

 戦いが行われた以上、戦いに対して手を抜くようなことはしない。

 そんなヴィヘラを相手にして、この洞窟にいた者達が対抗出来る筈もない。

 そもそも、ここにいる者達は戦いをする為にやって来たのではない。

 蝙蝠のモンスターに追われるニールセンの姿を複数の者が見たことにより、何故かこの洞窟の中に妖精がいると知り、その妖精を捕らえようとして追ってきたのだ。

 妖精の心臓は、穢れの関係者にとって非常に大きな意味を持つ。

 それを入手出来る可能性が出て来たのだから、何としてもそれを手に入れようと考えるのはおかしな話ではない。

 ……だが、ニールセンを追ってきた者達にとって運が悪かったのは、レイやマリーナ、ヴィヘラがニールセンと共に行動していたことだろう。

 まさか妖精がそのような相手と一緒に行動しているとは思わず……その結果が、現在のこの状況だった。


(つまらないわね)


 拳が相手の首の骨を砕いた感触に、ヴィヘラはそう思う。

 戦っている相手がモンスターでも、まして強者と呼ぶべき存在でもない相手である以上、ヴィヘラにとってこの戦いは決して楽しむべきものではない。

 自分が一方的に蹂躙するこの戦いは、ヴィヘラにとって退屈極まりない。

 それでも戦いが始まった以上は手を抜くといったようなことはせず、目の前にいる相手を次々に倒していく。

 何人かは勝ち目がないと判断して逃げようとしたものの、豪華な服を着ている男が逃げずに留まっている以上は自分も逃げることは出来ず……最終的に、全員が殺されることになるのだった。

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