3235話
「レイ、レイ、ちょっといいか……レイ!」
「……ん?」
聞こえてきた声に、レイは目を開ける。
眠りについてからまだそんなに時間が経っていないので、決して気分爽快という訳ではない。
寧ろいきなり起こされたことが面白くない。
ましてや、ニールセンが起こしに来たのなら、穢れの関係で何かがあったから仕方がないと思えるのだが、聞こえてくる声はニールセンの声ではないし、それ以前に寝室の外からのものだ。
「誰だ、一体?」
ニールセン以外の者に起こされたことを不満に思いつつ、それでも怒鳴りつけるといった真似をしなかったのは、聞こえてくる声が切羽詰まったものだったからだろう。
素早く身支度をして寝室を出ると、マジックテントの入り口にフラットの姿があった。
レイを呼ぶ為にマジックテントの中に入りはしたが、それでも最低限の場所だけですませている辺り、レイにとって好印象となる。
眠ったばかりのところを起こされた苛立ちが少し収まる。
フラットの表情に真剣な色があったのも、この場合は大きいだろう。
「フラットか。何があった? というか、よくセトが通してくれたな」
マジックテントの前にはセトがいて、誰かが勝手にマジックテントに入ったりしないように見張っている。
そんな中でこうしてフラットがマジックテントの中に入ったのだから、多少なりともレイが驚いてもおかしくはない。
「ちょっと話があってな。セトに理由を説明したら中に入れてくれた」
「へぇ……なら、入ってこいよ。そこにいても落ち着かないだろ」
セトが許可をしたのならということで、レイもそれ以上不満を口にはしない。
また、寝起きの時は不機嫌だったものの、少し時間が経ったことによって多少なりとも落ち着いたという一面もある。
そんなレイの様子に、フラットは怒らせていないということで安堵した様子を見せ……だが、レイの言葉には首を横に振る。
「ありがたいが、その前にやって欲しいことがあるんだ。俺がここに来たのもそれが理由なんだが、レイが助けた貴族……グリムアース・トワイス様がレイに会いたいと言っていてな」
「俺に? まぁ、助けたのを感謝するのはいいけど、そういうのは別に明日の朝でもいいんじゃないか?」
「違う。いや、勿論それもあるんだろうが、それだけが理由じゃない。今日の赤ん坊、あれが実はグリムアース様の子供だったらしい」
「……それは、また……」
フラットの口から出たのは、レイにとってもかなり意外だったのだろう。
驚きながらも納得し、同時に疑問に思う。
「赤ん坊は補給の馬車でもうギルムに連れていったんだろう? なら、何でわざわざ夜中に野営地に来る必要があるんだ?」
これが、例えば赤ん坊を保護したという情報だけをギルムに送り、赤ん坊そのものは野営地にいたままであれば、その両親が少しでも早く自分の子供に会いたいと夜中に野営地に来るといった真似をしてもおかしくはない。
だが、赤ん坊はもうギルムにいて、フラットの話から想像する限りでは、既にグリムアースという人物が保護しているのだ。
であれば、感謝するにしても夜中に野営地にやって来る理由が分からない。
「俺にも詳しい話は分からない。だが……グリムアース様の様子を見る限り、ただ感謝する為だけにやって来た訳ではないらしい。俺が直接会って感じたことだと、グリムアース様は貴族だが、レイが嫌うタイプの貴族って訳じゃない。そういう意味では安心してもいい」
「……夜中に俺を叩き起こすように言う奴がか?」
意地悪くそう言うレイだったが、その表情には納得の色が強い。
フラットから聞いた限りだと、自分から望んでそのような真似をするような相手には思えない。
だとすれば、何かそうしなければならない理由があり、仕方がなくそのような真似をしたのだろうと、そう思えたからだ。
「そう苛めないでくれ。取りあえずグリムアース殿がレイに悪意を抱いているとか、そういうことはないと思う。それに……もし悪意を抱いていても、レイの場合はそういうのは関係ないって感じで吹き飛ばすことが出来るだろう?」
「それは否定しない」
あっさりと言うレイ。
もし他の冒険者がそんなレイの言葉を聞けば、唖然とするだろう。
もしくは強がりを言うなと怒鳴る者すらいるかもしれない。
貴族に逆らうというのは、それだけ普通なら有り得ないことなのだ。
もっとも、レイの力を知っているフラットにしてみれば、レイの言葉が嘘でも大袈裟なものでもなく、純粋に真実なのだというのを知っている。
「だろ? だから頼むって」
「……しょうがないな。こうして起きてしまったしな」
大きく息を吐き、レイは渋々といった様子だったが貴族と会うことにするのだった。
グリムアースという貴族がいるテントの中に入ると、テントの中では護衛と思しき者も目が覚めていた。
フラットがレイを呼びに行ってる間に色々と事情を聞かされていたのか、フラットとレイが入ってきても特に驚いたり、ましてや露骨に警戒して臨戦状態になるようなことはない。
ただ、護衛の対象であるグリムアースに何かあったら即座に守れるようにといった様子ではあったが。
「おお、君がレイか。君には我が子のことだけではなく、私達も助けられたと聞く」
「いや、気にしないでくれ。無事で何よりだ」
レイの言葉遣いについては、グリムアースも特に気にした様子はない。
前もってレイがそういう相手だというのを、フラットから聞いていたおかげだろう。
護衛の男も特に不満に思うような様子はない。
「ああ、骨折していたらしいが、それもポーションのお陰でもう問題はない。……馬車はともかく、馬が死んでしまったのは残念だったが。あの馬達は、私がいい馬に育つと思って買った馬なのだよ」
「そのままにしておけば、モンスターや動物に食われてしまうかもしれないから、取りあえず俺のアイテムボックスの中に預かっている。馬車もそうだが、必要なら後で渡そう。埋葬するなりしたいのなら、そっちの方がいいだろうし」
「すまないね。出来ればそうしてくれると助かるよ。……さて、本来なら他にも色々と感謝をしたいところなのだが、今はそれよりも本題に入ろう。どうやらレイもその方がよさそうだしね」
本題に入ってくれるのは、レイにとっても悪い話ではない。
だからこそ、レイはグリムアースの言葉に頷く。
「そうしてくれると嬉しい。……赤ん坊の件に関係すると聞いてはいるけど?」
「うむ。……率直に聞こう。私の子供を助けた時、そこには他に何もなかったかな?」
「そう言われてもな」
レイはリザードマンから赤ん坊を預けられた時のことを思い出すが、赤ん坊が特に何か持っている様子はなかった。
赤ん坊が着ていた生地がかなりいいのはレイにも分かったが、グリムアースが言ってるのはその生地のことではないだろう。
そうである以上、レイには他に何も思い浮かぶことはない。
(待てよ?)
ふと、レイはそう思う。
自分が何かを見つけることは出来なかったが、それはあくまでも自分ならだ。
しかし、直接赤ん坊を保護したのはレイではない。
レイに赤ん坊を預けたリザードマンだ。
もしかしたら、そのリザードマンが赤ん坊が身に付けていた何か……グリムアースが探している何かを見つけたという可能性もあった。
「フラット、赤ん坊を助けたのは俺以外にもいただろう? そっちに話は聞いてないのか?」
「いや……だが、関係があると思うか?」
「分からない。ただ、グリムアースが探している何かは俺には分からない。けど、俺が分からないのなら……」
実際に赤ん坊を助けたリザードマンが知ってるのではないか。
そう言外に尋ねるレイに、フラットは難しい表情を浮かべる。
「どうするべきだと思う? 今から生誕の塔に行くとかした方がいいと思うか?」
「俺はどっちでも構わないが、グリムアースが探している何かを見つけたいのなら、直接聞いてみた方がいいと思わないか?」
「ちょっと待って欲しい」
レイとフラットの会話にグリムアースが割り込む。
グリムアースの表情には疑問の色があった。
「私の子供を助けたのは、レイだと聞いている。しかし今の話を聞いた限りでは、レイ以外にも助けた者がいるのか?」
「それは……」
フラットが困った様子を見せる。
グリムアースがこの野営地についてどのくらいのことを知ってるのか、フラットには分からない。
そうである以上、リザードマンのことを話してもいいのかどうか、微妙に思えたのだろう。
「ゾゾ達のことを教えた方がいいんじゃないか? もしここで俺達が何も教えなければ、グリムアースは疑問を抱いて、それによってこっちを信じたり出来ないようになるかもしれない。……そう思うだろう?」
「……分かった」
たっぷりと一分程に沈黙した後で、フラットはレイの言葉に頷く。
ここで下手に誤魔化すようなことをすれば、レイが言うようにグリムアースからの信用を失ってしまうと思えたからだ。
「何か私に隠していることでもあるのか?」
二人の会話から、そう予想したグリムアースの言葉にフラットは頷く。
「はい。ただ、これは隠していたという訳ではなく、ダスカー様から秘密にするように言われていることの一つなので。ただ、ダスカー様もグリムアース様達をここに来てもいいと許可をしたのなら、恐らくその辺は話しても問題はないと思ったのでしょう。……ただ、ここについての秘密を迂闊に人に話すような真似をした場合、ダスカー様に目を付けられることになると思いますが、それでも構いませんか?」
真剣な表情で尋ねるフラット。
もしここで一瞬でも躊躇すれば、真実を知ることは出来ない。
正確には、グリムアースにとってこの野営地の秘密というのはどうでもいいことだ。
しかし、子供と一緒に行方不明になったとある物を見つけるのに必要なら、ここでその機会を見逃す訳にはいかない。
「構わない。秘密については出来る限り守ろう。もし私から秘密が知られた場合は、相応の対処をして貰って構わない」
この場合の相応の対処というのが、具体的にどのようなものなのかはフラットにも分からない。
分からないが、それでも軽々しく考えられるような何かではないのは明らかだった。
そこまで覚悟が決まってるのであれば、と。フラットは口を開く。
「グリムアース様の子供をレイが確保したのは間違いありませんが、これが真実という訳でもありません。今は暗くてわからないと思いますが、明るくなれば生誕の塔というリザードマンの拠点があります」
「ちょっと待って欲しい。リザードマン? リザードマンというのは、あのモンスターのか? 何故そのリザードマンがこの野営地の近くに? いや……もしかして、あの子を連れ去ったのは……」
「落ち着いて下さい」
フラットはグリムアースにそう言う。
リザードマンが近くにいたというのはグリムアースにとって驚きだっただろう。
だが、そのリザードマンが赤子を奪ったかもしれないといったようなことを口にするのを聞いては、半ば錯乱していると認識してしまう。
そもそも生誕の塔にいるリザードマン達は、空を飛ぶことは出来ない。
そうである以上、貴族街に行くには普通に歩くか……あるいは、それ以外の方法を使うしかなかった。
具体的には、地中を掘り進めるといったような。
だが、フラットはそういう方法でリザードマン達がグリムアースの子供を連れ去ったとは思っていない。
あるいは生誕の塔にいるのが普通の……この世界にいるリザードマンであれば、そのように考えてもおかしくはないだろう。
だが、生誕の塔にいるリザードマンはそのような普通のリザードマンなのではなく、異世界から来た、高い知性を持つリザードマンなのだ。
とはいえ、そこまで言ってもいいものかどうかは分からなかったが。
一応覚悟はあるとグリムアースは言ってるものの、知らないなら知らない方がいいこともあるのは事実。
なら、グリムアースに覚悟があろうとも、何とか誤魔化す方がいいと思ったのだ。
……もっとも、グリムアースに実際にそのリザードマンと会ってみたいと言われれば、流暢に言葉を話すリザードマンといった、こちらの世界では考えられない相手と接触することになってしまうのだが。
「そのリザードマンの一族は穏やかな性格をしており、自分から人に危害を加えるような真似はしません」
その言葉にグリムアースは胡散臭そうな表情でフラットを見る。
(だよな)
レイも自分が何も知らない状況でそのように言われれば、グリムアースと同じように反応するだろうと思いながら、話の成り行きを見守るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます