3203話
セトに乗って妖精郷から出たレイはダスカーのいる場所に向かっていた。
長から大体の場所は聞いていたので、特に迷うこともない。
ダスカー達がトレントの森に入ったのは、樵達が伐採していた場所からだ。
考えてみれば当然なのだが、樵達が伐採した場所は木がなくなっている。
……正確には木の幹が残ってはいるのだが、木の枝によって太陽が隠れていないだけでそれなりに歩きやすいのは間違いなかった。
だからこそ、レイも長からそう聞かされると特に迷ったりせずセトに頼み、そちらに向かったのだ。
妖精郷を出て数分も経たず、トレントの森の中を進む集団が見えてくる。
「いた、あそこだ。セト」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトが喉を鳴らし、地上に向かって降下していく。
地上でも降りてくるセトの姿に気が付いたのだろう。
何人かが大きく手を振っていた。
集団の中にダスカーとブロカーズ、イスナといった面々の姿を確認し、レイは安堵する。
トレントの森にいるモンスターの襲撃はなかったか、あっても特に問題がなかったらしいと判断した為だ。
そうして地上に降りると、真っ先にレイに近付いて来たのはダスカーだ。
……ここがトレントの森の中というのも影響してるのか、その身体には武器や防具が装備されている。
普段、領主の館でダスカーに会う時が多いレイだったが、その時は強面であっても領主であると認識は出来る。
だが、こうしてトレントの森の中にいるダスカーを何も知らない者が見れば、戦士や騎士といったように思えるだろうが、領主であるとは思えないだろう。
それだけ、ダスカーも現在の自分がいつ戦いが起こってもおかしくない場所にいると認識してるのは間違いなかった。
「来てくれたか、レイ」
「はい。長からダスカー様達がトレントの森に入ってきたという話を聞いたので、念の為に。……見たところ問題はないようですけど、高ランクモンスターの襲撃とかはなかったんですか?」
「ああ、今のところはゴブリンくらいだな。まだトレントの森に入ってからそう経っていないからだろうが」
「レイ殿から見て、トレントの森の危険度はどのくらいですか?」
レイとダスカーの会話が一旦落ち着いたと判断したのだろう。
イスナがそう尋ねてくる。
以前……それこそトレントの森で助けた時と比べると、レイに対する態度が大分柔らかくなっている。
(あの時はブロカーズの無理に付き合わされたんだから、それも無理はないのか)
何としてもブロカーズを守らなければならない。
そんな時に、レイのような存在と遭遇すれば、例えそれが助けられた相手であっても態度が厳しくなってもおかしくはないのだろう。
「一概には言えないな。野営地で聞いたかもしれないが、トレントの森はまだ出来たばかりの場所だ。だからこそ、動物やモンスター達もそれぞれ自分の縄張りを欲して争っている。それに森だからいい餌場にも思えるんだろうな。多くのモンスターや動物がやってくる。実際、俺もランクBモンスターくらいの相手に襲われたことがあるし」
翼を持つ豹のことを思い出しながら、レイはそう告げる。
そんなレイの言葉に、イスナは顔を引き攣らせる。
ブロカーズもそうだが、イスナは王都からやって来た。
普通なら王都でランクBモンスターのような存在と戦うことはまずない。
勿論、ここが辺境である以上は高ランクモンスターと遭遇するかもしれないとは考えていたものの、それでもレイがあっさりと……それこそ少し珍しい動物か何かを見たかのような感覚で、ランクBモンスターに襲撃されたというのはどうしても驚いてしまう。
レイの感覚では、辺境で高ランクモンスターと遭遇するのは、日本において道路を歩いていて外車を見るのと似たような割合なのだろう。
……レイが住んでいたのは東北の田舎なので、外車を自分の目で見たことは修学旅行の時くらいだったが。
とにかく珍しいものの、信じられない程に珍しい相手ではない。
そういうのが、辺境におけるランクBモンスターとなる。
これがランクAモンスターや……ましてや、ランクSモンスターともなれば、もう少し話は違ってくるのだが。
「ランクBモンスター……普通に現れるんですね」
「街道の近くだとあまり現れないんだが、ここはトレントの森だしな」
レイの言葉にイスナは道案内として雇われた冒険者に視線を向ける。
イスナが聞いた話によると、その冒険者は樵の護衛として毎日のようにトレントの森に入っていたという。
そのような高ランクモンスターと遭遇することを考えれば、道案内の冒険者もかなりの腕なのだろうと、そう思えたのだ。
だが、そんなイスナの視線の意味を理解した冒険者は、慌てて手を横に振る。
「俺達はそんなに強くないですよ。個人でランクBモンスターに勝つのはまず無理です。……ただ、冒険者というのはレイのようにソロで活動するのは珍しいんですよ。基本的には数人で行動するので、そのくらいの戦力が集まれば、ランクBモンスターを相手に勝つのは無理でも耐えるのは可能ですし、場合によっては撃退するといった真似も出来ます」
「なるほど。……気を引き締めた方がよさそうですね。先程のようなゴブリンではなく、高ランクモンスターと遭遇した時は大変そうですし」
「セトがいるから、基本的にはあまり心配しなくてもいいけどな」
緊張した様子のイスナに、レイはそう声を掛ける。
「そうなのですか?」
「ああ、セトがいれば、低ランクモンスターなら近付いてこない」
「……いえ、今問題にしてるのは、高ランクモンスターなのですが」
レイの言葉に若干の呆れと共に、イスナが言う。
イスナにしてみれば、低ランクモンスターとの遭遇であれば自分でも何とか出来るという自信があるのだろう。
しかし、それこそ高ランクモンスターが出て来た場合、どうなるか。
戦うだけなら出来るかもしれないが、戦いながらブロカーズを守れるかとなると、それはそれで難しい。
「高ランクモンスターが出て来たら、俺とセトが受け持つ。そして弱いモンスターはセトの気配を察して襲ってこない。これなら問題はないだろう?」
「それは……」
レイの言葉にも一理あると思ったのか、イスナはそれ以上何も言えなくなる。
もっとも、レイがこのように言ったのはイスナを護衛に専念させる為……だけという訳でもない。
レイにしてみれば、高ランクモンスターとの戦いによって魔石を入手するのは望むことなのだから。
魔獣術によって強化出来るので、そのように考えるのはレイとしては当然だった。
「分かって貰えたか? ……取りあえずそれで問題がないなら進もう。長を待たせる訳にもいかないし。それに穢れが転移してきたりしたら、俺が出向く必要もある」
一応、レイが妖精郷にいない時に穢れが転移してきた場合、飛ぶ速度に自信のある妖精を伝令に走らせるとは聞いている。
だが、当然ながら出来ればそのようなことはない方がいい。
だからこそ、レイは今は少しでも早く妖精郷に戻りたかった。
(ダスカー様達がくるのを長が感知出来ると知っていれば、セト籠を使って移動してもよかったのかもしれないな)
妖精郷から少し離れた場所には、セト籠で着地出来るような場所もある。
セト籠にダスカー達を乗せて、それで移動すれば移動時間もかなり短縮されていたのは間違いないだろう。
今更そんなことを考えても、意味はなかったが。
「うむ。穢れの件については少しでも早く話した方がいい。急ぐとしよう」
ブロカーズがそう告げる。
イスナはそんなブロカーズの様子に、微妙な表情を浮かべる。
ブロカーズが穢れの件で少しでも早くなんとかしたいと思っているのは、間違いない。
だが同時に、妖精郷に行きたいと考えているのも間違いはないのだ。
それを口に出すと色々と不味いので、微妙な表情となるだけだったが。
「では、行くとしよう。……レイ、すまないが護衛を頼む」
「分かりました。セトがいるから安心して下さい。……こっちの戦力も高いですし」
道案内の冒険者やイスナも相応の実力の持ち主であるのは間違いない。
それ以外にも護衛の騎士達が複数いる。
ちょっとやそっとの敵が襲ってきても、楽に勝てるだけの戦力が揃っているのは間違いないのだ。
そこにレイとセトが加わったのだ。
この一行の戦力は、ある意味で過剰なまでに強力なものになってるのは間違いない。
それでも辺境にあるトレントの森である以上、いつ高ランクモンスターが姿を現すか分からないのだが。
(さて、出来れば雑魚とかは出て来ないで欲しいんだけどな。戦いに時間を掛けるのも面倒だし)
そんな風に考えながら、レイはセトと共にダスカー達を護衛しながらトレントの森を進む。
護衛の騎士達も、普通ならこのような場所での戦いは慣れていないのだろうが……そこは辺境にあるギルムの騎士だけあって、普通の騎士と比べるとこのような場所での戦いも決して苦手ではない。
歩きながら素早く周囲の様子を確認し、襲ってくる敵がいないかどうかを警戒する。
……実際には、偵察という意味ではセトがいるのでその辺についてはそこまで気にする必要もないのだが。
ただ、セトの五感や第六感は非常に鋭いものの、それが絶対という訳でもない。
中には何らかの方法によってセトの警戒の内側に入ってくる敵がいる可能性もあるので、セト以外に周囲の様子を警戒する者がいるのは決して無意味ではない。
限りなく無意味に近いことであるのは間違いないが。
「グルゥ」
と、不意にセトが喉を鳴らす。
そんなセトの反応に過敏なまでに反応するイスナ。
「安心しろ。今のはモンスターがセトの気配を感じて近付かないで逃げていったというのを教えてくれただけだ」
「そうですか。……なら、いいのですが」
レイの言葉に息を吐くイスナ。
イスナとしては、レイの言葉をどこまで信じていいのか分からない。
高ランク冒険者や異名持ちと会ったことはあるイスナだが、それでもグリフォンをテイムしているような相手とは会ったことがない。……そもそも、テイマーや召喚魔法を使う者がそこまで多くはないので、仕方がない。
ただ、レイの存在が公に知られることによって、テイマーを希望する者は増えている。
テイムの仕方は人によって違うので、爆発的に増えるといったことは難しいだろうが……それでも相応に増えているのは間違いのない事実なのだ。
とはいえ、そのようなテイマーが従えることが出来るのは、動物やせいぜいが低ランクモンスター程度でしかない。
そのような相手とイスナが会っても、テイマーの本当の力を知るといったことはそう簡単ではないだろうが。
「それでは行きましょうか」
イスナが納得したのを見たレイは、ダスカーにそう告げる。
ダスカーも出来るだけ早く妖精郷に向かうのは望むところなので、ここで反対をするような真似はしない。
そうしてトレントの森の中を進むと……
「やっぱりセトがいると楽だな」
案内役の冒険者が、しみじみといった様子で呟く。
案内役という意味では、それこそ妖精郷の場所をしっかりと知っているレイがいるので、今はもう案内役というよりは護衛の冒険者といった扱いになってはいるが。
ただ、樵の護衛として頻繁にトレントの森に来ていただけに、セトがいることによって明らかにモンスターの襲撃が減っているのが分かるのだろう。
ある程度近付いてきてはいても、セトの存在を察知して逃げていくモンスター……あるいは動物は多い。
冒険者はそれを察知し、感心してるのだろう。
樵がいる時もレイは頻繁に様子を見にやって来たし、その時にセトの存在を察知して逃げる動物やモンスターもいた。
だが、こうして一緒に行動することによって、より多くの違いを実感出来る。
そうして動物やモンスターが撤退していくのを察知出来る辺り、冒険者もトレントの森で樵の護衛として働くのをギルドに認められる腕があるということの証なのだが。
「ん? どうした?」
感嘆の視線を自分に向けている冒険者に気が付き、レイはそう尋ねる。
だが、冒険者はそんなレイに気安く口を開く。
「いや、レイとセトがいればトレントの森でも大分楽を出来ると思ってな」
「それは俺じゃなくて、セトがいればだと思うんだがな」
「そのセトをテイムしてるのはレイだろ? なら、それもレイの実力だろうに。もしセトがレイの実力を認めてなかったら、グリフォンが大人しくレイに従うと思うか? ……いや、従いそうだな」
従うと思うか? と尋ねつつ、すぐに意見を変える男。
ギルムでペット的な扱いを受けているセトを見れば、そして人懐っこいその性格を考えれば、不思議とレイがいなくてもギルムのマスコットキャラとなるのでは?
そう思う男だった。
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