3168話

 長の前で、ブロカーズ達をどうやって妖精郷まで連れてくればいいのか、迷うレイ。

 そんなレイを見ていた長は、不意に口を開く。


「それでは、レイ殿の代わりに誰か他の妖精を案内役として向かわせるというのはどうでしょう?」

「妖精が堂々と表に出ると、間違いなく騒動になるぞ。まぁ、妖精なら捕らえられても妖精の輪で逃げ出すことが出来るかもしれないけど」


 現状、妖精というのは基本的にお伽噺や伝承の中の存在と思われている。

 そんな中で妖精が堂々と姿を現したら、どうなるか。

 それはニールセンを見た時のダスカー達の反応が示していた。


「しかし、いずれは妖精郷の存在を公にするのでしょう? なら、少し早めにそのような真似をしてもおかしくはないと思うのですが」

「長の言いたいことは分かるけど、それでも止めておいた方がいいと思う」

「レイ殿の気持ちも分かりますが、そうなると案内人はどうします?」

「妥協案としては……そうだな。俺がギルムまで迎えにいくんじゃなくて、トレントの森で合流するというのはどうだ?」


 長とテレパシーを使って連絡を出来ないのは痛いが、それでもトレントの森とその周辺は長の探知範囲に入っている。

 だとすれば、もし穢れが出れば今夜ミレリアを伝言に寄越したのと同じようにすればいい。

 レイにとっては、それが最善だと思えた。

 幸いにも、ブロカーズは気位が高いという訳ではない。

 ギルムまでレイが出向くといったような真似をしなくても、気分を害することはないだろう。


(ブロカーズはそうでも、イスナだったり、他に一緒に来た連中がどう思うのかは分からないけど。その時はその時だな。それに不満を言うのなら、穢れが出た時にどう対処すればいいのか、アイディアを出して貰えばいいし)


 あるいは、そのアイディアが予想外に有効なものであれば、レイとしても喜ぶべきことだ。

 だが、そんなアイディアも出さず、自分が気に入らないからといって我慢出来ないような相手の場合……それを隠すことが出来ず、レイに当たり散らすような真似をした場合、後悔することになるだろう。

 レイは例え相手が貴族であっても、その力を振るうことを躊躇したりはしない。

 権力や身分によって偉ぶっている者達にとって、それが効かないレイは天敵とでも呼ぶべき存在なのは間違いなかった。

 レイがそのような人物であるというのは、それなりに噂として知られている。

 そんなレイがいる以上、自分から死刑執行書にサインをするような真似をする者は……いないとも限らないのが、貴族という存在だった。


「取りあえず何か起きたら、それはそれで対処すればいいか。ダスカー様の方でも色々と考えてくれるだろうし」


 レイにしてみれば、面倒なことは取りあえずダスカーに投げておけば何とかなると思う一面がある。

 実際に今までそれで何とかなってきたので、信頼感も強い。

 ……もっとも、それによってダスカーの仕事が増えているのだが。

 ダスカーにしても、レイから投げられた案件によってギルムの利益になるのでなければ、受け入れるようなことはしないだろう。

 だが、レイから投げられる案件の大半は短期的、長期的のどちらかでギルムにとって利益のあるものだった。


「そうなると、具体的にどのようにするのかというのを相談する必要がありますね。……そのブロカーズという人を始めとして、いつくらいに妖精郷に来るのでしょうか?」

「生憎と俺にはその辺は分からないな。それこそダスカー様と相談して、それで話は決まると思う。勿論、一方的に決めるんじゃなくて、こっちに確認はしてくると思うけど」


 レイの言葉に、長は微妙な表情を浮かべる。

 大量の人間がここに来るのは仕方がないと思うが、それでも色々と思うところがあるのは間違いないのだろう。


「悪いが、妖精郷に人が来るというのはもう諦めてくれ。それに関してはどうしようもない」

「え? あ、はい。それは分かります。……仕方がないとは思いますし」


 長はレイの言葉にそう答える。

 レイに無用な心配を掛けたくはないと、そう思っての返事なのだろう。


「悪いな」

「いえ、穢れの件を何とかしないと……」


 言葉を途中で濁す長だったが、レイはその言葉の先にどのような言葉が続くのかはすぐに理解する。

 最悪、この大陸が壊滅すると続いたのだろうと。


「穢れについては、可能な限り素早く消滅させる必要がある。長にも色々と負担を掛けるかもしれないが、協力してくれると助かる」

「はい。元々穢れの件は私がもたらしたものですから」

「……いや、穢れをもたらしたのはボブで、そのボブを連れてきたのは俺とニールセンだ。そういう意味では、穢れについての大元は俺達ってことになると思うんだが」


 そう言うレイの言葉に、長は首を横に振る。


「いえ、レイ殿がボブを連れてこなければ、穢れの存在を知るのはもっと遅くなったでしょう。場合によっては、手遅れになったかもしれません」

「そう言われたらそうかもしれないけど、それなら穢れの件を長がもたらしたというのも少し違わないか?」

「ふふっ、そうかもしれませんね。ただ……いえ、この件はお互いに退かない以上、意味がないでしょうし、この辺にしておきましょう。それよりも、今日はもうお休み下さい。絶対にとは言えませんが、恐らくもう穢れの襲撃はないでしょうし」


 長から休むように言われたレイは、そこでようやく自分がかなり疲れていることを自覚する。

 夜中に眠っているところを起こされて、野営地で穢れと戦い、それが終わるとブロカーズ達の乗っている馬車の一件があったから、それも当然だろう。

 緊張している時なら、眠気を我慢する……あるいは眠気そのものを忘れているといったようなこともあったのだろうが、今となっては自分のやるべきことは既に終わっている。

 だからこそ、今のレイは眠ってもいいと言われれば、素直にその眠気に身を任せたいと思ってしまう。


「そうか。なら、俺はそろそろ眠らせて貰うよ。今日の件で色々と疲れたのは事実だし」


 そう言い、レイは長の前から立ち去る。

 そんなレイを、長は頭を下げて見送るのだった。






「セトは……まぁ、狼の子供達と遊ぶのが疲れれば、こっちにやって来るか」


 いつもの場所……数時間前にはマジックテントで眠っていた場所に戻ってきたレイは、周囲にセトがいないのを確認してから、ミスティリングに収納してあったマジックテントを取り出す。

 本来ならセトがいると何かあっても安心出来るのだが……いない以上、それは仕方がない。


「馬鹿な真似をする奴はいないか。……それに妖精はもう殆どが眠ってるし」


 もしここでレイに何か悪戯をしようものなら、間違いなく長からのお仕置きがある。

 妖精達もそれは解っているので、余程のことでもなければレイに悪戯をするといった真似はしないだろう。

 また、何よりも妖精達の殆どが眠っている以上、レイに悪戯をするような者がそもそもいないだろう。

 取りあえず安心だし、セトも狼の子供達と遊び終わったらここに来るだろう。

 そう判断したレイは、マジックテントの中に入る。


「ふぅ」


 マジックテントの中に入ったレイは、大きく息を吐く。

 何だかんだと、結構な仕事量だったので、相応の疲れがある。

 体力的な意味ではまだ随分と余裕があるのだが、眠っているところを起こされてからの諸々の行動だったのだ。

 精神的にかなり疲れたし、一段落したということで眠気も襲ってきた。

 そんな眠気に抵抗する気もなくし、自由な姿になるとベッドに倒れ込み……やがて数分もしないうちに眠りに落ちるのだった。






 レイが眠りに就いた頃……野営地において、フラットは眠りに就くどころではなかった。


「俺……いえ、私のテントがありますので、ブロカーズ様はそちらをお使い下さい。一応一人用のテントですから、それなりに広いとは思います。……本来なら、もっと品質のいいテントを用意しておけばよかったのですが……」


 実際に言葉には出さないし、態度にも出さないものの、フラットの言葉の裏にあるのはブロカーズのようなお偉いさんが来るのなら、それを先に知らせて欲しかったという思いがあった。

 ブロカーズの護衛のイスナは、そんなフラットの態度に思うところはあったものの、実際にそれを口にするつもりはない。

 実際に、ブロカーズが夜中にトレントの森にある野営地に来るというのは、イスナにとっても完全に予想外だったのだから。

 しかも一緒にアブエロまでやって来た者達は誰もおらず、一緒にいるのは護衛の自分と御者だけ。

 そんな状況でブロカーズに相応しい寝場所を用意しろというのは、イスナから見ても無理だというのがこれ以上ない程に理解出来たからだ。

 あるいはここにレイがいれば、マジックテントを使うといった選択肢もあったかもしれないが。

 ……もっとも、レイはマジックテントをそう簡単に他人に使わせるような真似はしない。

 エレーナ達のような仲間なら問題なく使うのを許可するだろうが、それ以外の者達となると話が違ってくる。

 そういう意味では、レイが妖精郷にいて野営地にいないというのは、無駄な騒動が起こらないという意味では悪くない状況だったのだろう。


「ブロカーズ様、明日にはギルムに向かいますが、問題ないですね?」


 問題ないですね? と尋ねてはいるものの、実際にはそれ以外の返答は許さないといった口調だ。

 イスナにしてみれば、辺境で夜に街の外で野営をするというのは、とても歓迎出来ることではない。

 ブロカーズの護衛に選ばれたように、イスナも自分の実力には自信がある。

 それこそ、その辺の盗賊程度なら十人くらいを相手にしても蹂躙出来る自信があった。

 だが、それはあくまでも盗賊であればの話だ。

 辺境に出現するようなモンスターを相手に勝てるかと言われれば、素直に頷くことは出来ない。

 勿論、ゴブリンのような弱いモンスターなら問題なく倒せるだろうが、ここは辺境だ。

 それこそひょっこりとランクAモンスターが姿を現しても、おかしくはない。

 だからこそ、イスナとしてはブロカーズにはアブエロに泊まって貰うか、あるいは特例としてギルムに入って貰いたかった。


「構わんよ。このような場所なら、そう簡単にモンスターに襲われることもないだろう。もっとも、穢れが現れる可能性はあるのかもしれないが」

「そうですね。レイから聞いたところ……そして私達の経験からすると、穢れというのは人のいる場所に姿を現します。そして実際、少し前にこの野営地にも穢れの夜襲がありました。そう考えると、万が一ということは十分に有り得ます」


 フラットの言葉を聞いても、ブロカーズは特に動じた様子がない。

 これを大物ととるか、何も考えていないととるかは人それぞれだったが、ここにいる者達は大物であると考える。

 王都から派遣されてきた、穢れに対する総責任者という立場である以上、そのように考えるのはおかしな話ではなかった。

 ここにレイがいれば、また話は別だったかもしれないが。


「取りあえず、今夜はもう寝ましょう。ブロカーズ様もお疲れでしょうし」


 これ以上ブロカーズの好きに行動させると、また何か面倒が起きるかもしれない。

 そう判断したイスナによって、ブロカーズは半ば強引にフラットのテントの中に入れられる。


「え?」


 いいのか?

 イスナの行動に、そう尋ねたくなるフラットだったが、ここは黙っていた方がいいと判断したのか、特に何かを言う様子もない。


「では、私はここで休みますので。申し訳ありませんが、テントはこちらで使わせて貰いますね」


 イスナがフラットに有無を言わさずといった様子でそう告げる。

 テントの中にいるブロカーズを守る為に、テントの側で護衛をしようというのだろう。

 それはフラットにも理解出来たが、同時にそれはテントの中にいるブロカーズを外に出さないようにしているようにも見える。


(気のせいだな)


 半ば無理矢理自分にそう言い聞かせ、フラットは頷く。


「では、私はこれで失礼します。明日には……いえ、もう時間的には今日ですが、とにかく朝になったらまた顔を出しますので」

「ええ、お願いします。……色々と迷惑を掛けてしまい、申し訳ありません」


 イスナはそう言い、フラットに頭を下げる。

 自分達の……より正確にはブロカーズの行動が、野営地にいる者達に多くの迷惑を掛けているのを十分に理解しているのだろう。

 だが、フラットはそれに対して首を横に振る。


「いえ、穢れの件についてそこまで熱心に行動してもらうのですから、こちらとしては寧ろ喜ぶべきことです。それに……もしそちらが襲われなかったら、恐らくこの野営地に二度目の夜襲があった可能性が高いですし」


 フラットの言葉に、それを聞いたイスナは微妙な表情を浮かべるのだった。

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