3164話

 レイとフラット……それと周囲で何気なく二人の話を聞いていた者達が見ている中で、妖精が地上に降りてくる。

 ある程度降下したところで、地上にいる者達の多くが自分に視線を向けているのだと気が付いたのだろう。

 慌てたように上に戻る。


「心配いらない、この連中はお前に危害を加えないから、降りてこい!」


 そんな妖精にレイが声を掛ける。

 あるいはこれが特に急ぎでも何でもないのなら、妖精が落ち着いて降りてくるのを待つといったようなことをしてもよかっただろう。

 だが、この状況で妖精がやって来た以上、長からの伝言を持ってきたと考えるのが自然だ。

 この状況で悪戯をしに来たのなら、それこそレイは長に告げ口をしようと思っていたが、妖精の様子を見る限りではそのようなことはないらしい。

 そんなレイのいる場所に、妖精は恐る恐るといった様子で降りてくる。

 そんな妖精の様子を見れば、悪戯をしに来たのではないことはレイにも予想出来た。


「レイさん、その、長からの伝言です。穢れが他の場所にも現れたらしく、そちらに向かって欲しいと」


 その妖精は内気な性格をしているらしく、レイ……だけではなく、フラットを始めとした他の面々からも視線を向けられ、若干泣きそうになっているかのように言ってくる。

 正直なところ、伝言をするには向いていない性格なのは明らかだ。

 なのに、何故長はこの妖精を伝言として寄越したのか。

 レイの中にはそんな疑問があったが、今はそれどころではないのも事実。


「他の場所? 野営地の冒険者達が見張りをしている場所か? それとも生誕の塔か?」


 そう尋ねるレイだったが、すぐにそれは違うだろうと判断する。

 もし生誕の塔に穢れが現れた場合、リザードマン達が知らせに来る筈だ。

 そして見張りをしている者達のいる場所に穢れが現れても、それは同様となる。

 唯一の不安要素としては、見張りをしている者達は少人数で複数の場所に分散している以上、もし夜の闇に紛れて穢れが転移してきて、それに対処出来なかった場合、少人数であるが故に対処出来ず、死んでしまってもおかしくはない。

 それでも少人数とはいえ、数人はいるのだ。

 全員が何も逃げ切れず穢れに殺されるとは、レイには思えなかった。

 そうなると、つまり新たに穢れが現れた場所はそのような場所ではなく、他の場所となる。

 そんなレイの疑問に答えるように、妖精は頷く。


「何でも、トレントの森からこの野営地に向かっている途中だって長は言ってましたけど」

「それは……いや、ここでわざわざ考えているような余裕はないな。今はまず、そっちに行く必要がある。セト!」

「グルゥ!」


 レイの言葉を聞いてすぐにセトが喉を鳴らしながら近付いてくる。

 そんなセトの背に跨がったレイは、伝言を知らせに来た妖精に視線を向けた。


「それでお前はどうするんだ? 長が見つけたという以上、穢れがいるのは間違いない筈だ。俺はそっちに行くけど……」


 尋ねるレイに、妖精は少し迷う。

 自分がどうするべきなのか、全く考えていなかったからだ。

 ここに来るまでは、とにかくレイに事情を説明するのを最優先にしていた。

 しかし、そのレイに事情を説明した以上、これからどうするべきなのか。

 あるいは妖精郷に戻ってもいいだろう。

 妖精は自分の飛行速度に自信がある。

 自信があるからこそ、こうして長からレイに伝言を伝えるように頼まれたのだが。

 そして伝言もきちんと伝えた以上、いつまでもここに残る必要がないのも事実。

 だが……自分でも妖精として見た場合は気が弱いと理解しているにも関わらず……


「あの、私も一緒に行かせて下さい!」


 自分でも何故そのような行動を取ったのかは分からなかったが、自然とそのように言ってしまっていた。

 妖精が一緒に来るというのは、レイとしても別に反対ではない。

 何かあった時、妖精魔法で助けて貰える可能性がある為だ。

 勿論、長に次ぐ実力を持つニールセン程に期待出来る訳ではないだろう。

 それでも妖精魔法を使える者がいるかどうかというのは、いざという時に大きく違ってくる。


「分かった、来い」


 そうレイが言うと、妖精はレイの側にやってくる。


「右肩に掴まってろ。……セト、頼む」

「はい」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、妖精とセトはそれぞれ返事をしてすぐに行動に移る。


「じゃあ、俺はちょっと行ってくるから、こっちの後始末は頼んだ!」


 助走をするセトの背の上からレイが言うと、フラットは頷く。


「こっちは任せろ! それより穢れの方を頼む」


 その言葉を聞きながら、レイはセトに乗って空を駆け上がっていく。


「それで、お前の名前は?」


 空に上がったところで、レイは自分の右肩にいる妖精に尋ねる。

 ニールセンとは……それに他にも妖精郷で会ったことのある妖精とは違って、随分大人しい性格をしている妖精は、レイの言葉に恥ずかしそうにしながら口を開く。


「ミレリアです」

「そうか。じゃあよろしく頼む、ミレリア。これから俺達が遭遇するのが普通の穢れなら大丈夫だが、もし普通じゃない穢れだった場合、ミレリアにも色々と協力をして貰うことになるかもしれない」

「え? 私がですか? その、私は飛ぶ速度には自信がありますけど、魔法とかはそこまで得意な訳じゃないんですけど……あ、でもいざとなったら穢れを引き付けるとかは出来ると思います!」

「いや、それって自分を餌にするってことじゃないのか?」


 妖精の口から出て来た言葉に、レイは思わず突っ込む。

 ミレリアは大人しい、あるいは気弱な性格をしているとばかり思っていたのだが、その口から出てきた内容はとてもではないがそのような性格の者が口にするようなものではない。

 もしかしたら、自分はミレリアの性格に何か勘違いをしていたのか。

 そのように思いつつ、レイは首を横に振る。


「お前自身を餌にする必要はない。ニールセン程じゃないにしろ、妖精魔法は使えるんだろう? そっちで頼む」


 ここで下手にミレリアを餌にして、その結果ミレリアが怪我をしたら……いや、穢れの性質を思えば、死んだら、どうするのか。

 ミレリアが死んだら長がどう思うのか。

 そう考えると、レイとしてはとてもではないがミレリアを餌にしようとは思わなかった。


「そうですか? 分かりました。レイさんがそう言うのなら、魔法で頑張ってみます」

「グルルルゥ!」


 レイとミレリアが話をしている中で、不意にセトが喉を鳴らす。

 その様子に、レイは地上に視線を向ける。

 月明かりと夜目によって、レイは地上を走っている馬車の姿を発見する。

 そこにあるのは、一台の馬車。

 必死になって走っている馬車から離れた場所には、黒い何か……恐らく穢れが追っているのが見える。

 ただし、馬車と穢れの間にはかなりの距離が空いていた。

 元々穢れの移動速度は遅い。

 馬車が全力で走っている以上、穢れが馬車に追いつける筈がなかった。


「よし。……既視感があるな。もっとも、あの時は馬車が一台だけじゃなかったけど。そもそも、この夜中にどうやってギルムを出たんだ? ……ギルムから来たんだよな?」


 地上を見ながら、レイは呟きを漏らす。

 ギルムは夜になれば朝まで門が閉じられ、外に出ることが出来ないようになる。

 そして今はもう真夜中と呼ぶに相応しい時間だ。

 その時間にこうしてギルムの外にいるということは、一体何がどうなっているのかレイには分からない。

 増築工事をしている場所から外に出たのか、それともギルムから来たのではなく、アブエロからやって来た馬車なのか。

 ……特に後者の場合、馬車が一体何故ここにいるのかという疑問もある。


「とにかく、穢れを倒してから話を聞く必要があるか」

「じゃあ、私が引き付けるので……」

「いや、だからなんでそんなに自分が突っ込みたがる?」


 レイの言葉に真っ先に反応したミレリアに、レイは呆れた様子で告げる。

 ミレリアの性格がいまいち理解出来ない。

 気弱かと思えば、自分が穢れに突っ込んで引き付けると主張するのだ。

 何がどうなってそのようなことになるのか、レイには全く理解出来なかった。


「いえ、でも……折角レイさんと一緒に来たんですから、何か役に立たないと」

「やる気なのはいいけど、敵を引き付けるのはセトに任せておけ」


 セトも穢れに触れると、黒い塵となるのは間違いない。

 だが、ミレリアとセトでは違うところがある。

 それは、ミレリアが自分で穢れに近付こうとしているのに対し、セトはスキルによって遠距離攻撃が可能だということだ。

 その違いは大きい。


「そうですか」


 レイの言葉にミレリアは残念そうに呟く。


(いや、なんで残念そうに呟く?)


 ミレリアの様子にそう思うも、今はミレリアに何かを言うより馬車を追っている穢れを倒す方が先だ。


(とはいえ、何であの馬車は穢れに追われてるんだ? 穢れは基本的に攻撃してきた相手を敵と見なす。それはつまり、あの馬車に乗っている奴が穢れに攻撃をしたということになるんだが……だとすれば、馬車に乗ってるのは穢れの性質を知らない奴ってことか?)


 レイは馬車に乗っているのはゴーシュの仲間だと予想していた。

 アブエロからやって来た者達が偶然ここに迷い込むよりも、その可能性が高いだろうと。

 だが、もしゴーシュの仲間……もしくはゴーシュであっても、穢れについての性質は知っている筈だ。

 そうである以上、ここで穢れを相手に攻撃するなどという真似をするとは思えない。

 攻撃をしなければ追ってこないのだから。

 だというのに、現在こうして馬車は追われている。

 それは馬車に乗っている者達が穢れを攻撃したということを意味している。


「まさか、俺が来るのを待っていて、その時にあっさりと倒せるように準備していた……とか、そんなつもりはないよな?」


 そう言いながらも、レイはセトを軽く叩く。

 その合図でセトは翼を羽ばたかせながら地上に向かって降下していった。


「きゃっ、きゃああああああっ!」


 セトの行為が突然だった為か、ミレリアの口から悲鳴が上がる。

 飛ぶ速度が自慢のミレリアだったが、それでも自分で飛ぶのとセトに乗ったレイに掴まって地上に降下してくのは大きく違うのだろう。

 そんな悲鳴を聞いていたセトだったが、地上に向かって降下しつつ口を開く。


「グルルルルルルルゥ!」


 その口から放たれたのは、クリスタルブレス。

 相手を水晶の中に閉じ込めるといった効果を持つスキルだったが、レベル二の為に現時点ではそこまで強力なスキルではない。

 しかし、この場合はスキルの威力は関係ない。

 あくまでも穢れを攻撃したという事実があればいいのだ。

 攻撃さえされれば、穢れはすぐにその攻撃をした相手に向かう。

 そういう意味で、広範囲に攻撃をするスキルとして、セトにとってクリスタルブレスはちょうどよかったのだろう。

 ブレスという点ではファイアブレスがレベル五と高レベルで強力になっているものの、生憎とここはトレントの森のすぐ側だ。

 もしここでその強力なファイアブレスを使おうものなら、その炎が森に燃え移る危険があった。

 レイが穢れを倒す時のように、範囲を限定させることが出来れば話は別だったものの、ファイアブレスにそのような効果はない。

 他にもブレス系のスキルはあるが、現在の状況で一番手っ取り早いのはクリスタルブレスだったのだろう。

 そしてセトの狙い通り、クリスタルブレスは穢れに命中しつつ、その身体を一瞬クリスタルで覆う……も、次の瞬間には穢れを覆ったクリスタルは黒い塵と化す。

 同時に、穢れの群れは自分達に攻撃をしてきたセトに攻撃の矛先を向ける。


「よくやった、セト。後は敵を纏めて俺の魔法で倒す。ミレリアは俺から離れるな!」


 叫びつつ、レイはセトの背から飛び降りる。

 途中で何度かスレイプニルの靴を使って空中を蹴り、落下速度を落として無事地面に着地する。

 その時には既にレイの手にはミスティリングから取りだしたデスサイズが握られている。


「きゃあああっ!」


 レイのドラゴンローブに掴まっていたミレリアは、その行動に悲鳴を上げていた。

 そんなミレリアの様子には全く気が付いていない……もしくは単純に無視をしているだけなのか、レイはミレリアを気にした様子もなくセトを追い始めた穢れを確認する。

 改めて確認すると、馬車を追っていた穢れはその全てが現在セトを追っていた。

 もしかしたらクリスタルブレスの範囲外にいた穢れもいたのではないかと心配したレイだったが、この辺はさすがセトといったところなのだろう。


(穢れは、黒い円球だけか。黒いサイコロも一緒にいるのかと思ったんだが。まぁ、こっちにしてはどっちでもいいか)


 そんな風に思いつつ、レイは魔法発動体のデスサイズを手に呪文を唱え始めるのだった。

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