3130話

「で? この状況は一体どうなってるんだ?」

「だから、何も問題はないから心配しないでくれ。正確には問題はあったけど、こっちで解決したからレイは気にしなくてもいい」


 レイの言葉に護衛の一人がそう言って話を終わらせようとする。

 自分達がレイと敵対するつもりはないと、そのように言っているのだろう。

 レイはその相手にどう反応しようか迷う。

 目の前にいる護衛達が自分との関係を悪くしようとはしていないというのは分かったが、だからといってこのままそれを受け入れてもいいのかどうか迷っていたのだ。


「もがぁっ!」


 不意に聞こえてきたその呻き声に、護衛達によって取り押さえられている男に視線を向ける。

 レイに視線を向けられた男は、そんなレイの様子に不満そうな様子で何かを言おうとする。

 だが、既に猿轡によって何も言えなくなっている状態である以上、言葉を口にするような真似も出来ない。


「気にしないでくれ。この連中に関してはこっちで処理をする。決してそっちに……そして野営地にいる連中に迷惑を掛けるつもりはない」

「そうか? ……なら、一応その言葉は信じてもいいけど、次も同じような面倒があったりするのはごめんだぞ」

「ああ、分かっている。こっちもわざわざレイと敵対するつもりはない」


 そう言ってくる護衛の様子からすると、それは表向きだけの話ではなく本気で言ってるように思えた。

 レイと戦うといったことを考えてはいない。

 そうである以上、この状況を何とかして穏やかにすませる必要があった。

 幸い、レイは話して分からない相手ではない。

 時には無謀とも思えるような行動をすることもあるという噂を聞くが、それでもこの現状においてはレイを信じるしかないのも事実。


「分かった」


 そして案の定……護衛達にとっては幸運にも、レイは特にそれ以上は何かをするでもなく、大人しく引き下がる。


「いいのか?」


 レイが今まで話していたのとは違う、別の男がそう尋ねる。

 周囲にいる他の護衛達は、ここで余計なことを言うなと思う。

 思うのだが、それでも改めてレイに尋ねた男にしてみれば、ここでしっかりとレイに確認しておく必要があると判断したのだ。

 ここで自分達にとって都合のいいような言葉を聞き、その結果として実はそんな風に思っていないといったようなことを後から言われれば、護衛達にとっては最悪の結果となる。

 もっとも、レイにしてみればそのような真似をするつもりはないのだが。

 だからこそ、確認するように尋ねてきた男に対して素直に頷く。


「ああ、問題はない」


 その言葉に、聞いてきた男も安堵した様子を見せる。

 レイと明確にだけではなく、暗に敵対する状況にもならないことを助かったと、そう思っているのだろう。

 レイにしてみれば、そこまで気にするようなことではないのでは? と思っている。

 この辺りは、レイと敵対した時に自分達がどのような被害を受けているのか、レイよりも周囲の者達が余計にそう思っているかの認識の違いなのだろう。


「そうか。じゃあ、この件はこれで終わりだな。……それにしても、まさかギルムで待機していろと言われてすぐにまた来るように言われるとは思わなかったよ」


 現在の雰囲気をどうにかしようとしたのか、軽く言ってくる男。

 レイもその男の考えに乗って、素直に頷く。


「そうだな。俺もまさかオイゲンを始めとした研究者達が湖の側で寝泊まりするとは思わなかったよ。野営地から湖までの距離はそう離れてないんだから、野営地で寝泊まりすればいいと思うんだが」

「研究者ってのは、無駄な時間は出来る限り使いたくないと思っているらしいからな。俺が護衛をしている研究者も、睡眠時間や食事の時間を削ったりしてるよ」

「それは駄目だろ」


 睡眠時間が足りなければ、頭があまり働かない。

 空腹でもそれは同様だ。

 そのような状況で研究をしても、特に進展があるとはレイには思えなかった。


(漫画家だったか? 日本にいた時のTVでインタビュー番組があって、眠ろうとしてる時にこれ以上ない最高のアイディアが思い浮かんだと思って急いでメモをして眠ったものの、翌日にそのメモを見たら最高でも何でもない、ありふれたアイディアだったとか、そういうのを見たことがあるな)


 実際にはレイが思い浮かべたものと、寝不足や空腹の研究者というのは似て非なるもの……いや、そもそも似てすらいないのだが、レイは取りあえず似たようなものだろうと無理矢理思っておく。


「そうだろうな。俺も何回も言ってるんだけど、それでも研究に夢中になれば俺の話をすっかり忘れてるみたいでな。レイは何かそういう相手をどうにかする方法について知らないか?」

「俺がか? それこそ、力で無理矢理引っ張っていって食事や睡眠をしっかりするようにさせる……といったくらいしか思いつかないけどな。食事くらいなら、パンとかサンドイッチとか、そういうのを近くに置いておけば食べるようになるんじゃないか?」

「駄目だな。それは前にやったことがあるけど、研究に夢中で全く食べる様子はなかった」


 本人が集中していて空腹であるというのを認識していなくても、身体は空腹な筈だ。

 その状態で近くにパンがおいてあれば、無意識にでもそれを手に取ってもおかしくはないのだが。


「そうなると、本当に無理矢理どうにかするしかないだろうな。……さて、いつまでもこういう話をしている訳にもいかないし、取りあえず話を戻すぞ。お前達はこれから研究者達の護衛をする事になると思う。その際にこの野営地にいる冒険者達とも接触する機会は多くなると思うが、馬鹿な真似はしないようにしてくれ」


 それはアドバイスというよりは忠告。

 もし研究者の護衛達が何らかの問題を起こした場合、自分が出るようなことになるかもしれないという。

 中にはそれは脅しで、実際に何か問題があってもレイが出てくるようなことは基本的にないのでは?

 そのように思っている護衛もいたが、そのような思いもレイが実際にこうして目の前にいると、とてもではないが否定が出来なかった。


「わ、分かった。気を付ける」


 護衛の中で最初にレイに話し掛けてきた人物が答える。

 自分ではレイに気圧されないようにしていると思っているのかもしれないが、傍から見ればレイを前に何とか虚勢を張っているのは明らかだった。

 とはいえ、護衛達も……それどころか、野営地にいる冒険者達も、そんな男を馬鹿にしたりといった真似は出来ない。

 もし自分がレイから脅しに近い忠告を受けている状況で話した時、同じような真似が出来るかと言われれば、その答えは否なのだから。


「じゃあ、取りあえず……どうする? この連中をオイゲン達のいる場所に案内した方がいいと思うけど、俺がやろうか?」


 こうして尋ねたのは、レイは現在特に何かやるべきことがなかったからだ。

 だからこそ、トレントの森の探索をしていたのだから。

 そのような状況だったからこそ、ある意味で親切心から尋ねたレイだったが……それを聞いた護衛達は、冒険者達のリーダー格、野営地の指揮を執っている男に断って欲しいといった視線を向ける。

 必死の視線を受けた男は、さすがにこの状況で見捨てるのは不味いと判断したのか、レイに向かって首を横に振る。


「いや、止めておく。これから付き合いが長くなる……かどうかは分からないが、恐らくはそういうことになる可能性が高いんだ。そうである以上、最初の出会いをそのまま引きずらないように、ここは俺達が案内をするよ」


 それは若干無理がある説明だった。

 だが、レイは自分が暇だったから案内しようかと提案しただけで、どうしても自分がやりたいと思っている訳ではない。

 自分以外にそれをやりたいと言ってる者がいるのなら、自分が無理にそれをやりたいとは思わなかった。


「そうか、じゃあ任せる。じゃあ、俺はもう行くけどいいよな? ここでの用件はもう終わったんだろうし」

「あ、ああ。そうだな。……手間を掛けさせてしまって悪かったな。けど、レイのおかげで大きな騒動にならなくてよかったよ」


 これは心からの言葉だ。

 もしレイがいなければ、ここまで素直に護衛達が自分の非を認める……というか、冒険者達に絡んだ者達を自分達で鎮圧するような真似をしたかどうかは微妙なところだろう。

 レイの存在を知っていたからこそ、レイを敵に回すような真似は出来ないと判断し、馬鹿を鎮圧するという行動に出たのだ。

 そういう意味では、やはりレイがいてこそ現在のような状況になったのは間違いない。

 そんな言葉に気が付いているのかいないのか、レイは特に気にせずに頷くと、軽く手を振ってからその場を後にする。

 そんなレイと……そしてセトとニールセンの後ろ姿を見送ると、野営地を任されている男、護衛達のリーダー格の男が顔を見合わせて思わず笑みを浮かべる。

 ただし、その笑みは苦い笑みと評するのが相応しい笑みだったが。


「助かったな」

「ああ。助かった。もしここでレイと敵対するようなことになっていたら、一体どうなっていたか。……前に見た時も思ったが、一体何なんだレイは。外見からはとてもじゃないが強そうに見えないのに、その実力は……」


 この場にいる護衛の多くは、相応の実力を持つ。

 そのような者達だからこそ、レイがその外見……小柄で、一見すればそこまで強そうに見えないのに、実際の強さは自分達よりとてつもなく強く、深紅の噂は誇張されたものではないと、理解出来てしまうのだ。

 勿論、中にはレイを見て食って掛かろうとした男のように、お互いの実力差を全く理解出来ない者もいるのだが。


「じゃあ、これからはレイを敵に回さないように、お互いに上手くやっていこう」


 野営地の指揮を執る男の言葉に、護衛達もそれぞれに頷く。

 レイを敵に回すといったことをした場合、双方にとってただですむとは思えない。

 そうである以上、レイとは友好的にやっていくのが一番いいと、理解しての行動だった。


「けど、フラットさん。そいつらはどうするんだよ? 今は何も言えなくなってるからいいけど、そいつらを自由にさせたら、また面倒を起こすと思うけど」


 冒険者のその言葉に、野営地の指揮を執る男……フラットは、少し困った様子を見せる。

 フラットの本心としては、出来ればそのような相手と一緒に行動したいとは思わない。

 だが、フラットがどう思おうと、そのような者達を呼んだのは自分達ではなく、研究者なのだ。

 そうである以上、ここでフラットが勝手に騒動を起こした男を処分するといった真似は出来なかったし、それは護衛達もまた同様だった。

 フラット達から見れば、護衛達と一括りにしてはいるものの、その護衛というのも結局のところは研究者一人ずつに対する護衛であって、指揮系統は一つではない。

 それこそ、護衛達の数程に指揮系統はあるのだ。


「そっちの方で何とかしてくれないか? 具体的には、そいつらを護衛として雇っている研究者に何とか言って欲しい。研究者も、レイを敵に回すといったことはしたくないだろうし」


 穢れの研究をしている現在、その穢れを捕らえることが出来るレイというのは非常に重要な存在だった。

 研究者がそんなレイを敵に回すような真似はしないだろうと言うフラットの言葉は、それを聞いている者達にとって間違っていないように思える。

 もし研究者がレイを敵に回した場合、その者はレイが炎獄で捕らえた穢れを観察するような真似は出来なくなる。

 いや、それ以前に研究者達を率いる立場にいるオイゲンが、レイと敵対した研究者をどうにかするだろう。

 オイゲンや他の研究者にしてみれば、自分達はレイと上手くやっているのに、個人の判断によってレイと敵対した結果、自分達全員が穢れの研究をしにくくなるのは避けたいのだから。


「レイがここにいて良かったよな」


 フラットのその言葉は、聞いていた全員……それこそ、研究者達をも納得させるのには十分な説得力があった。

 もっとも、レイにしてみれば自分をそういうのに巻き込むなと、突っ込みたくなるのかもしれないが。


「とにかく、これからは上手くやっていこう。お互いにレイを怒らせるような真似はしたくないし」


 護衛の一人がそう言うと、フラットも頷く。

 こうして、ある意味では妥協と言ってもいいのかもしれないが、冒険者達と護衛達の間に良好な関係が結ばれることになる。

 ただし、表情には出していないものの、納得出来ないと心の中で思っている者もいるのだが、心の中でどのように思っていても、それを表に出すようなことがないのなら問題はないと、そう判断してるフラット達は、ある意味で大人なのだろう。

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