3026話
取りあえずギルムにはすぐに危険はないということが予想出来たので、対のオーブを使った通信はすぐに終わる。
本来ならもっと色々と話したかったのだが、もう夜も大分遅い。
何か緊急の理由があるのならともかく、特にそういうのもない以上はということで対のオーブを使った通信は終わったのだ。
そうしてエレーナ達と話していた余韻に浸っていたレイは……やがて長に向かって声をかける。
「なぁ、長。ダスカー様に渡すような……健康を維持するとか、病気にならないとか、寝不足を解消するとか、疲労を回復するとか、そういうマジックアイテムってないか?」
レイがそう尋ねたのは、対のオーブを使って話した内容が内容だからだろう。
エレーナ達と話したことにより、改めてダスカーが行ってきた連日の激務について理解出来てしまったのだ。
そして話している時にも口にしたように、ダスカーが疲労でダウンするようなことになったら、洒落にならない。
冬になれば一段落するので、そういう意味ではもう少しで楽になるのは事実だが……だからといって、冬になるまでダスカーが大丈夫なのかという疑問もある。
もしダスカーがダウンするようなことになれば、正真正銘このギルムはどうしようもなくなる。
そうならないようにする為には、何らかの手段でダスカーの健康を守る必要があった。
そんな中でレイが頼りになりそうだと思ったのは、長。
妖精の作るマジックアイテムが強力な効果を持つのは、レイも十分に理解している。
そうである以上、何らかの回復用のマジックアイテムもあるのではないかと思ったのだ。
一応レイのミスティリングにもポーションの類はある。
しかし、それはあくまでもポーションなのだ。
怪我をしていれば癒やすことは出来るが、疲労を回復するかと言われると……難しいだろう。
疲労に全く効果がない訳ではないだろうが、レイの持つポーションの中でも非常に高価で希少なポーションならそれなりに効果はありそうだと思う。
しかしそれはあくまでもそんな風に思うというだけで、実際に試してみないと何とも言えないし、何よりレイであってもそこまで高価なポーションは多く持っていない。
であれば、別の手段を考えた方がいいのは事実だった。
「難しいですね。妖精は基本的にあまり病気とかにはなりませんし。悪戯をしていて怪我をするといたようなことはありますから、傷を癒やす薬はありますが」
「傷を癒やすのなら、ポーションとかがあるしな。にしても病気にならないのか」
そう言いながら、レイはニールセンを見る。
この時、レイが思い浮かべていたのは日本にいた時によく聞いた言葉だ。
即ち、馬鹿は風邪を引かない。
もっとも馬鹿だから寒くなっても半袖で動き回って風邪を引くので、そういう意味では馬鹿だから風邪を引くだよなと友人達と笑い話にしていたのだが。
「何よ?」
言葉には出さずとも、レイがどのようなことを考えていたのか……具体的にはニールセンが不愉快になるようなことを考えていると察したのか、ニールセンの不満そうな視線がレイに向けられる。
ニールセンの態度から何か気が付かれたか? と疑問に思いつつも、レイは何でもないと首を横に振る。
「ニールセンも病気にならないのかと思ってな」
「そうね。病気とかになった経験はないわ。でも、レイが思っていたのは本当にそれだけなのかしら?」
疑惑の視線を向けられるレイだったが、動揺を表に出さずに頷く。
「ダスカー様にもニールセンみたいな元気があったらと思っただけだよ」
「ふーん。……まぁ、そういうことにしておいてあげる」
「ニールセン」
レイに対する言葉遣いが気にくわなかったのか、長が短くニールセンの名前を呼ぶ。
その声に一瞬固まるニールセン。
そんなニールセンを見ながら、長は呆れたように口をひらく。
「全く」
短い一言だったが、だからこそ込められた言葉の意味は十分以上に理解出来てしまうのだろう。
「ともあれ、妖精郷にその手のマジックアイテムがないのは残念だったな」
このままでは、またニールセンがお仕置きされてしまう。
それは少し可哀想だろうと考え、話題を逸らす……いや、元に戻すレイ。
「今度その手のマジックアイテムを作ってみてもいいかもしれませんね。ただ、あってもあまり使われるようなことはないと思いますが」
妖精達にとって、疲労を感じるということはあまりない。
いや、勿論全力で遊んでいて疲れるといったことは珍しくはない……どころか頻繁にある出来事なのだが。
この場合の疲労というのは、その直前の行動によって疲労するといったようなものではなく、長期間の間仕事があって休む暇も殆どなく、少しずつではあるが疲労が溜まっている状態のことだった。
妖精達の感じる疲労というのは、当然それとは全く違う疲労となる。
敢えてそのような疲労を覚える者となると……長くらいのものだろう。
「長にはそういう経験はないのか? ニールセン達みたいな妖精を率いているんだ。かなり疲れるだろう?」
「ちょっと、レイ?」
自分の名前が出たことで不満そうなようすを見せたニールセンだったが、レイがそれに何かを言うよりも前に長が口を開く。
「この子達を率いて感じるのは、疲労は疲労でも肉体的な疲労ではありません。精神的な疲労です」
「ああ」
その言葉に、あっさりと……そして強烈なまでに納得してしまうレイ。
ニールセンや他の妖精達の性格を知っている以上、精神的な疲労だと言われれば納得出来てしまう。
これ以上ない程、完璧に。
ニールセンはそんなレイや長に何かを言い返したそうにしていたものの、今のこの状況では自分が何を言っても意味はない。
それどころか、下手な真似をすれば長によってお仕置きされかねなかった。
「ただ、そうですね。疲れた時は甘いものを食べるといいというのはよく聞きます。レイ殿からも何かそのようなものを持っていってはどうでしょう?」
「甘いものか。……色々とあるにはあるが」
レイの持つミスティリングの中には、新鮮な生の果実もあれば、干した果実や蜂蜜、あるいはクッキーのような焼き菓子といったように甘味はそれなりにある。
しかし、それらはどれも入手するのは難しくない。
高額で買うのに躊躇するといったような甘味もあるが、ダスカーの財力があればそれらも購入するのは難しい話ではないだろう。
もっとも、実際にそれを購入するかどうかと言われれば、また別の話だったが。
「それらを届けたらどうですか?」
「俺がギルムに行けば、色々な意味で目立つんだよな」
いっそセトに乗らないで歩いてギルムまで行き、普通に正門を通って街中に入るという手段もレイの頭の中にはあったが、トレントの森……それもかなり奥の方にある妖精郷からギルムまで歩いて移動するのは、かなり面倒なのも事実だ。
セトに乗って移動すれば数分でギルムに到着するのだが、歩いて移動すると数時間必要になる。
レイの身体能力を考えれば、走って移動するといった方法もあるのだが。
「無難なのは、マリーナの家に行った時に甘味をマリーナに預けることだろうな」
マリーナは会おうと思えば夜中であってもダスカーに会うことが出来る。
それは対のオーブで話していた時の一件を見れば明らかだろう。
……ダスカーにしてみれば、自分の黒歴史を知っているマリーナが会いに来るのは決して面白いことではないのだろうが。
「そうした方がいいかと。それよりもう夜も遅いです。そろそろ眠りませんか? レイ殿も明日に疲れを残すのはどうかと思いますから」
そう告げる長の言葉は紛れもない事実だ。
今日は色々とあったが、だからといってその分明日は暇という訳でもない。
恐らくボブのいる影響によって穢れの関係者の狙いがトレントの森……より正確には妖精郷になっている以上、いつ穢れの関係者の襲撃があってもおかしくはない。
そんな時、レイが寝坊をしていたらどうなるか。
あるいは寝不足でろくな判断力がなかったらどうなるか。
それは考えるまでもなく明らかだろう。
「そうだな。俺もそろそろ眠くなってきたし……今日は大人しく寝ることにするよ」
そう、レイは長に告げるのだった。
「おはようございます、レイさん」
「ボブか? 早いな」
前日の夜のことがあったからだろう。
レイの身体は現在を寝惚けてもいい時だとは認識せず、依頼を受けて活動している時と同じように認識していたのか、起きた時はいつものように寝惚けるようなこともなく、すぐに行動出来た。
身嗜みを整えて朝食でもと思ってマジックテントから出たレイに焚き火の前で何かの肉の串焼きを焼いているボブに声をかけられたのだ。
少し離れた場所では、セトがリラックスした様子で寝転がっている。
「ええ。昨夜は忙しかったんですけどね」
ボブの口から出た言葉は、決して大袈裟なものではない。
事実、レイが長との話を終わってここに戻ってきた時、まだボブは帰ってきてなかったのだから。
つまり、レイよりも遅く寝て早く起きたということを意味している。
「何だってそんなに急いでるんだ? 今は別に何か急な用件とかはないだろ?」
「あははは。妖精達に、その……」
「ああ、何も言わなくても分かった。つまり妖精達が解放してくれなかった訳か。どうする? 何ならその件を長に話せばどうにかしてくれると思うけど。そうなれば、妖精達に遊ばれるといったこともないと思うし」
「いえ、それは遠慮しておきます。今のままでも結構楽しいですから」
ボブの言葉を一瞬強がりか何かかと思ったレイだったが、こうして見ている限りでは特に強がりを言ってるようには思えない。
それはつまり、ボブは本気でそのように言っているということなのだろう。
レイには理解出来ないものの、本人がそのように思っているのなら特に長に知らせる必要もないかと判断する。
「で、今日はこれからどうするんだ?」
「何人か一緒に狩りに行きたいという妖精がいて……」
「大丈夫なのか?」
その一言には色々な意味が込められていた。
まず、最近妖精郷の周囲には強力なモンスターが姿を現すことが何度かあったことからのもの。
そして穢れに関係する何か……具体的にはレイが昨夜戦った黒い塊のような存在がまたやって来るかもしれないということ。
最後に、妖精達と一緒に行動するということは、妖精達が狩りの邪魔をするのではないかということ。
特に最後の一件は、腕利きの猟師ではあっても戦闘能力という意味ではそこまで強くないボブにとっては大きな意味を持つ。
ニールセンのように魔法で相手の足止めをしてくれるのなら、狩りをするボブにとっても頼もしいだろう。
しかし妖精達が悪戯をしたら……それは狩りの獲物がボブを相手に逆襲をするという可能性もあるのだ。
ニールセンは何だかんだとレイも付き合いが長くなっている……いや、長いというよりは濃くなっているので、それなりに性格も理解している。
長がレイに恩義を感じているということもあってか、レイに妙な悪戯をすれば長にお仕置きをされるといった風に認識しているからかもしれないが。
しかし、ボブは違う。
長から感謝をされている訳ではない。
それどころか、穢れを妖精郷に持ってきたという意味では好かれていない。
妖精達からはそれなりに人気があるようだったが、それが具体的にどのようなことになるのかは分からない。
そんな風に心配するレイに、ボブは笑みを浮かべて頷く。
「大丈夫ですよ。妖精達とはかなり仲がいいですから。それに、別に一緒に狩りに行くのは今日が初めてじゃないですし。結構な数の妖精が来るらしいので、今日が初めてという妖精もいるでしょうけど」
食べますか? と焼けた串焼きをレイに渡すボブ。
レイはそれを受け取り、早速齧り付く。
朝から串焼きというのはどうかと思ったが、この世界において朝食は結構ガッツリとしたものを食べる。
冒険者の場合は身体を動かすのに影響が出てくるというのを、経験から知っているのだろう。
そういう意味では、朝から串焼きを食べるというのはおかしな話ではない。
「ん、美味いな」
肉そのものは鹿の肉で、そこまで特別な肉ではない。
味付けに何か特別な調味料が使われている訳でもなく、塩だけだ。
しかし、口の中に広がる味は美味いと表現するのに十分だった。
(これは、多分解体の仕方が上手かったんだろうな。さすが猟師だ)
ガメリオンの時もそうだったが、ボブの解体技術はかなり高い。
肉を売って収入を得ている以上、当然なのだろうが。
解体の仕方でここまで味が変わるのかと、レイは驚きつつも串焼きを食べるのだった。
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