無人駅
真冬の通勤時間帯というのは、どうも鬱屈としてしまう。日が昇らぬうちに家を出、日がどっぷり沈んでから帰宅する。寒さで身は縮まり動作は愚鈍で思考もはっきりしない。こんなネガティブなことを思うのも凍てつく寒さを運んでくる冬のせいだと認識している。
勤務地が遠いおかげで早朝のラッシュに巻き込まれない時間帯に電車に乗れるのはうれしいことだった。ゆっくりと腰を落ち着け、一時の仮眠をとることができる。都心に向かう電車ではなく山へ向かうのでなおのこと人が少ない。貸し切りになることもままあった。
日も差し込まない山の間を縫うようにして職場へ向かう。孤独で静謐な時間だった。
しかし、ある無人駅で毎度目が覚める。山と山の間の駅で、街灯も一つあるくらいの閑散とした駅。自然と浮上する意識に瞼も上がり、ぽっかりと口を開ける出入り口に視線が行く。一寸先は闇とはまさしくこのことで、明るい車内が余計に影を濃くしていた。
次の日も、あくる日も、目を覚ます。そして、寒さが突き刺す極寒の日、扉が開くと暗闇の縁に人影があった。地べたに
なんだ、生きていたのか。急いで救急に電話しようと手を伸ばそうとした瞬間だった。体が動かないことに気が付いた。寒いからだとか驚いたからではない。まるで人形にでもなってしまったかのように動けないのだ。
その間も人影は徐々に光の照らすこちら側へと向かってきている。手足の関節を立て、まるで蜘蛛のようにこちらへ歩み寄ってくる。照らされた顔には雨土で汚れた毛先が貼りつき、らんらんと開いた黄ばんだ目がこちらを見上げている。大きく開いた口は汚れた歯列を並べ、大げさなほどの笑顔が向けられた。
非日常が迫りくる恐怖に心臓が暴れた。しかし、相変わらず体は動かず、それからも視線は逸らせなかった。
ぺたぺたと音を立てゆっくりと迫り来る爪先にはびっしりと泥が詰まっていた。
扉の発射前の警告ベルが鳴る。とっとと、閉まってくれ。早く発車してくれ。願えど扉はなかなか閉まらない。
ぺたり、車内に左手が入った。ずずず、と体を引きずって胸、腹、と身を乗り出してくる。右手、左足、右足。順に乗車するころには、そいつの笑顔は足許にまで迫り来ていた。
圧縮された空気がこすれる音がした。開閉警告音とともに、電車の扉は閉じていった。
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