パイロット版 Bird in a cage〜自警団Uの事件簿〜
宿理漣緒
1話 The early bird catches the worm
東京某所の閑静な住宅街にひっそり建つフランス瓦の2階建て洋風邸宅。
タイルが貼り付けられている特徴的なポーチをくぐり、玄関を開ける男が一人。
外はまだ朝早くで気温も上がっておらず、季節はクリスマスも終わった12月の終り……だというのに男のメッシュ素材の服には汗が滲み、薄い茶の髪には雫が伝い滴り落ちる。
肩で荒く呼吸しながら男は帰りを待っていた者たちにニっと笑ってみせた。
「け、
まだあどけなさが残る18歳。
自警団U特殊取り調べ課所属、男の名は
そして彼の前に仁王立ちしている仏頂面の黒髪男は蓮陽の上司兼鬼コーチ。
同じく特殊取り調べ課所属、コードネーム
「まだまだ序の口だが……まぁいいんじゃないか」
鬼コーチのお褒めの言葉に蓮陽の顔は花が咲いたように明るくなる。
「
「うんばっちり。啓ちゃんからまずダメ出しが来ないなんて初めてなんじゃない?」
啓太の隣の男は蓮陽に同意しつつ、彼にタオルを手渡し、労いの言葉をかける。
スラリとした長身に薄い赤髪を持つ色男は
コードネーム
2人と同じ課の所属の自警団Uのメンバーだ。
「よく考えたら凄いですよね……!僕春まで引きこもり上がりのバイトで貧弱体質の極みだったのに今となっては10キロのランニング!
人生何が起こるかわからないですね」
4月。通信制高校を卒業し上京した蓮陽は花屋のバイトとして働いていた。
ある日、東早大学に花の配達に行った蓮陽は研究室のデスクのチョコレートを見て「おいしそう」と呟く。
それを聞いた研究室の教授、金鶴和樹と学生、黒百合啓太は彼にチョコレートを食べてみるように言ったのだ。
2人の態度に違和感を覚えつつも蓮陽はチョコレートをペロリと平らげ「ご馳走様でした」と手を合わせた。
それがまさか自警団Uの特殊取り調べ課の入団条件とは知らずに……
チョコレートによって感情フェロモン感知機能が覚醒した蓮陽は人間の【悪意】と【SOS】の感情が聴覚で感じ取れるようになったのだが、巻き起こる事件の数々は超能力じみた力を手に入れても解決が難しいものばかり。
幾多の事件をこの家、birdの寮に住む3人と自警団Uの様々なメンバーの力でくぐり抜けてきたのだった。
「年が明けたらもう一年か……いや〜意外と早いもんだよね」
自警団Uは警察の腐敗と呼ばれる現状を打開するために組織された治安維持組織。
この東京内で3年間だけ試験運用されている。
残る期間はもう2年……
「将来的にどうなるかわからないですけど……終わりの終わりまでみっちり働きます!
事件が辛くても……啓太さんのトレーニングが辛くても……啓太さんのトレーニングが辛くても」
「2回言うな」
「とりあえず頑張るんです!頑張れば僕自身の力になりますから!」
「……相変わらず根性論だけか白羽蓮陽」
突然、冷ややかな低い声が3人目掛けて降ってきた。
階段の踊り場に佇み視線を向けるもう1人のbirdメンバー……コードネーム
日本一の大学を主席で卒業したbirdきっての秀才。
焦茶の癖毛は野良猫のように気まぐれで、メガネ越しに覗く切れ長の目の鋭さは猟犬のよう。
一瞥すると、梟介はスタスタと階段を降りて蓮陽の前で立ち止まり上から見下ろす。
「マグロが泳ぎ続けるのは酸素を取り込むためだ。人間は動き続ける必要などない」
淡々と捲し立てる梟介に前までの蓮陽なら怯えていたのだろうけれど、時間による慣れとは偉大なもので彼はただへらりと笑ってこう返した。
「適度な休息も必要って事ですよね?ありがとうございます」
「……フンっ好きに受け取るんだな」
「れんれん……梟ちゃんの扱い方をわかってきている……!?啓ちゃんなんてまだばちばちしてるのに!?」
「つっても実力行使は無くなっただろ……」
「仲裁役は解任だ。ありがたく思うんだな」
「なぜに上から……?いや、まぁ助かるんだけどね……?ていうかこんな早くから外に出てくるなんて珍しいね?まさか仕事?」
四葩の言葉に梟介は片眉を上げメガネの位置を整えた。
どうやら図星ということらしい。
携えていたノートpcを開くとただ一言
「澪」
とだけ呟く。すると、液晶画面にアニメキャラのような姿の女性が現れ、これまた可愛らしい声で喋った。
[昨夜メールフォームに届いたものです。ご覧ください]
メールフォームに届く一般市民からの情報。事件性の高いものを梟介が溺愛してやまないAI澪が自動選別し、birdメンバーに知らされる。
そして今回届いたものは
「写真一枚か」
送り主の名前は数字の羅列。
写真は暗い所で撮れられたものな上に手ぶれしていて何が写っているかはわからない……
「おい、これ……」
「これ何ですか?凄いブレブレですけど」
のは、これに縁がない蓮陽だけだった。
驚きを隠せないもののあくまで冷静に啓太は蓮陽に教える。
「これが恐らく
「え!?」
「梟ちゃんまずはって言ったよね?このメールの他は?」
[こちらの呟きをご覧ください]
pcの画面に映る沢山のスクリーンショットはどれもSNSのものだった。
時刻は明け方で画面の中の市民はある騒動について口々に語る。
《渋谷で
《男の方すっげぇ暴れてんだけど怖》
《公務執行妨害確定〜》
またしても蓮陽を覗く2人は梟介が言う仕事について察しがついたようだ。
顔を見合わせてこくりと頷く。
「……だとしたらもうすぐか」
「何がですか?」
梟介、啓太、四葩はpcの画面に視線を注ぐ。つられて蓮陽も真似してみるとそこに『calling』の文字と電話の相手の名が映った。
自警団U、未然犯罪課のメンバーでコードネームはアルバ。
エンターキーを押して星空からの電話を取る。
『え?一発で出るの珍しくない?もしも〜しおじさんだよ〜』
間伸びした声が張り詰めていた空気の中に響き渡る。
電話越しでも半強制的に相手が脱力する。この緩さが彼の特徴だ。
何か邪念を振り払うようにかぶりを振り、啓太は電話の向こうへ語りかけた。
「捜査協力の件ですよね」
『あれ梟介じゃなくて啓太?もしかしてみんないる?』
「ねぇ
『それがバッチリなんだけどさ〜黙秘を続けてて困っちゃうわけよ〜いっちょ出動お願いね』
あっという間に話は纏まったようで、電話はすぐに切れ、梟介はpcを畳んだ。
それを皮切りに3人は思い思いに支度を始める。
啓太は黒の外套に袖を通し、四葩はキッチンの片付けを手早く済ませ、梟介はpcを手持ち鞄に仕舞い込む。
蓮陽も慌てて啓太の側に行き同じように外套を着込む。
3人は離れたところからも今起きている事について意見を交わした。
「丹鵠、玄蒾、
「警察に連絡かな〜……とりあえず港に網張ろっか」
「無駄足になる可能性が高いがな。timeには俺のpcから情報を送っておく」
別々に準備をしていたのに3人はいつのまにか同じタイミングで玄関口に集まった。
これもまた年月の積み重ねが成せる技。
そして3人の後ろで未だ状況を把握しておらずおろおろしている蓮陽のことをわからない啓太ではない。
けれど今はまだ説明しない。1ミリたりとも誤解させないように、一番効果的なタイミングで明かす気なのだろう。
「いくぞ白羽、仕事の時間だ」
振り返り視線が合う。そして、いつもより優しいトーンの低い声音で蓮陽の名前を口ずさむ。
この人はちゃんと見ていてくれる。
それを思うとどんな不安も吹き飛んでしまう。
「了解です!」
履き潰したスニーカーを引っかけてまたポーチをくぐる。
「車運転する人〜」
「順番的に黒百合だろ」
「……仕方ねぇな」
話す度、笑う度、白い息が宙に解けて消えてゆく。
薄暗い辺りの様子から浮き出て見えるほどにbirdはもう確かな絆を織り上げていた。
太陽は黒い黒い雲の中。
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