第20話 雫山村の秘密
放課後、俺達五年生は皆で連れ立って雫山神社へと向かった。用事があるクラスメイト以外の十三人がワイワイ連れ立って坂道を上がって行く。
紗陽はいつもの女子達と並んで赤いランドセルを揺らしながら坂道を登っていた。丸本は先頭で男子の一団とふざけながら歩いている。俺と三谷は最後尾で、最近読んだ本で面白かった物について話していた。
「あ、そうだ。三谷くん、昼休みに何か言いかけてただろ? 何だったの?」
「あぁ、うーん」
三谷ははっきりしない返事をしつつ、チラリと紗陽達女子の方を見た。そして、大きく息を吐いた後に声を顰めて話し始めた。
「あのさ、綾川さんってどうして神子に選ばれたんだと思う?」
「どうしてって……。俺もここの風習とかは知らないけど、順番に決まったりするんじゃないの? 当番制みたいな」
「綾川さんが神子になる前は天野くんの家系が神子だったらしいんだ」
やっぱりそうだ。前にカモに追いかけられた時に祖母が村長に電話をしていた事を思い出す。祖母がそんな事を言っていた。そして、それからカモはいなくなった。
「天野くん、神子の事や神事の内容なんかをおばさんとかご両親に何か聞いたことある?」
「いいや、聞いた事ないな。どうして?」
「そっか。実は僕、怖い話を聞いちゃって。僕にはボケたおじいちゃんがいたんだけど、去年亡くなったんだ。僕はおじいちゃんと仲が良かったから病気になった時には悲しくて。入院している病院に、時間があれば一人でバスに乗ってお見舞いに行ってたんだよ」
話を聞いているうちに、前の方でザワザワとクラスメイトが話している声が遠のく気がした。あの丸本のうるさい笑い声だって聞こえない。
三谷の話を今どうしても聞かなければならないと思う自分の心がそうさせたのかも知れないけれど、不思議な感覚だった。
「ある日、おじいちゃんが亡くなる前の日なんだけど。何年もボケてたのに、その時だけ僕の名前をしっかりと呼んで手をぎゅっと掴んで『耳を貸せ』って言うんだ。その顔がとても怖くて、そっと耳を寄せたらはっきりとした声でおじいちゃんがとても大切な話を口にした」
「……なんて言ったの?」
「……『ワシは、雫山村の大人が怖い。どうしてあんな
どういう意味だろう。それ以降三谷の祖父は元通りボケた事しか話さなくなったらしい。たった一回だけ、三谷に言葉を残したという事だ。結局その翌日には亡くなったという。
「なるほど、そういう話はよその地域でもあると聞いたことがあるね。それで三谷くんは誰かに話したの? その事」
「母さんに話したんだ。そしたら、『父さんにも誰にも、絶対にこの事を話しちゃダメ』ってものすごく怖い顔をして言われて。それから僕は急に中学受験をする事になった。受かったら、母さんも一緒にこの村を出る事になりそうなんだ」
「それじゃあお父さんは?」
「元々そんなに両親は仲良くなくて。いつかは離婚することになっていたと思う。けれど、僕の言葉のせいでその時期が早まった。母さんは気にするなって言うけど……」
あぁ、三谷のどこか大人びたところは、早く大人になって母親を守らないといけないという気持ちからなのかも知れない。
「ごめん、俺も神子や神事の話はばあちゃんからも聞いてないんだ。聞きづらいっていうか、詳しい事は話してくれそうにない雰囲気で。けど、もうすぐ神子の神事があるんだよな?」
「そうなんだよ。だから僕、何だか怖いんだ。馬鹿みたいだろうけど。この村が、大人が怖いんだよ。でもそんな事、誰にも話せない。丸本にも……」
メガネの向こうで三谷の目が光った。これは涙のせいだ。三谷は泣いていた。クラスメイトの皆は前を向いて歩いているし、少し俺達は出遅れているから気づかれないだろう。
「辛かったんだな。三谷一人で悩んで……」
「ごめ……、こんな、ごめん。天野くんなら、何か知ってるかと思ったのと、僕が話したとしても秘密を守ってくれるだろうから」
「絶対、誰にも言わない。話してくれてありがとう」
「僕……、六年生までは皆と一緒に過ごしたい。だけど同じくらい……もうすぐ行われる神事が怖いんだ。一人で抱え込むのが辛くて……」
ふと、川滝が後ろを振り返る。三谷が泣き崩れるのを見てこちらを指差して皆に報告しているのが見えた。
「どうしたの⁉︎ 三谷くん、大丈夫?」
紗陽がすっ飛んできて三谷に声を掛ける。こういうところはさすが学級委員だ。その顔は心底心配しているみたいだし。けれど俯いて嗚咽を漏らす三谷は話すことも出来ないでいた。
「ごめん、三谷がお腹痛いみたいで。家まで送って来るよ。先に皆で神社に行ってて」
「大丈夫? 私も行こうか?」
心配そうな紗陽と女子達、それに男子達もこちらの様子に気づいたようだ。丸本も駆け寄って来る。
「おい、大丈夫か⁉︎」
「大丈夫、一人で行けるよ。ほら、あんまり皆が近寄ったら三谷も恥ずかしくなるからさ」
思わず皆の前で三谷が腹痛だと嘘を吐いてしまった上に、この言い方だと下痢だと思われたかも知れない。だけどとにかく三谷をどうにかしないと、と俺はしゃがみ込む三谷を立たせて肩を貸して歩いた。
「じゃあ、先に行くね。三谷くん、お大事に」
皆がゾロゾロと歩いて坂を登って行くのを確認して、涙をハンカチで拭っている三谷に声を掛ける。
「ごめん、腹痛だなんて言って」
「いいよ、ありがとう」
さすがに丸本は一番心配そうにしていたが、大丈夫だと言えばやはり遊びたい気持ちが強いようで皆と神社へ向かって行った。案外現金な奴だ。だけど三谷は今日だけはその方がありがたいらしい。
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