第2話 家出の少年
「……うん、そうなの。……まぁそういう事もあるわよ。……しばらくね、分かったわ」
電話をしないでよ、と頼んだのに祖母はどうやら自宅に電話しているらしい。まぁいいや、しばらく父さんとは話したくないから祖母の家で過ごそう。わざわざ連れ戻しにも来ないだろうと思いながら、つまらないお笑い番組をぼーっと眺めていた。
「桐人ちゃん。夏休みはまだあるんだし、しばらくはおばあちゃんちで居てもいいわよ。好きなだけね」
「うん、ありがとう」
父さんはどうやら俺を連れ帰るのを諦めたらしい。喘息の妹の為に引っ越して来たこの土地でも、やっぱり両親の関心は二個下の妹だけに注がれているんだ。
胸がモヤモヤとして、テレビの中のお笑い芸人が笑っている顔にものすごく腹が立つ。祖母の敷いてくれた布団へ、風呂にも入らずに潜り込んだ。
「あ……、すっ転んだズボンのままだ。まぁいっか……」
祖母が遠くで何か言っていたけど、俺はもう目をしっかり閉じて寝たフリをした。そうすると段々と眠気が襲ってきて、本当にこのまま意識を手放したくなってくる。打ち付けた尻の痛みも意識と共に遠のいていた俺は、もう睡魔に抗う事をやめて眠る事にした。
――「桐人! お前はどうしてそんな風にしか言えないんだ?
「そんな事言ったって。俺に何が出来るって言うんだよ⁉︎ 友達と離れ離れになってここに引っ越してきたのだって、父さんと母さんが勝手に決めた事だろ!」
両親は明日香のためにこの田舎に引っ越して来たことを、さも『いい事』のように言う。俺は仲の良い友達とも、楽しい学校生活とも別れる事になったのに。
俺はこんな田舎に来たくなかった。優しい雰囲気の祖母の事は好きだけど、山の中の集落には無いものも多い。
「お兄ちゃん、ごめんね……」
そう言って悲しそうな顔を見せた明日香にも優しい言葉をかけられる雰囲気じゃなくて、つい乱暴に立ち上がった。母さんは泣き顔の明日香を抱きしめているし、父さんはこれでもかと目を吊り上げ顔を赤く紅潮させて怒っている。
「どうせ俺だけが悪者だよ!」
そう言ってまだ見慣れない玄関に吊るしてあった懐中電灯を手に、住み始めたばかりの家を飛び出した。
家を飛び出してすぐ、丸くて大きな月が空にぽっかりと浮かんでいるのが見える。前に住んでいた街とは違って、星が桁違いにたくさん見えた。夜空にこんなにたくさん星がある事を、自分の目で見たのは初めてだった。少し感動している自分に「そうじゃないだろ」と言い聞かせて、頭をブルブルと振った。
「俺は怒ってるんだからな! 父さん達はどうせ俺なんか居なくても困らないんだろ」
そう言ってから、昼間は屋根が見えるほど近くにあったはずの祖母の家へと俺は家出する事にした。
けれど夜になると周囲の景色はガラリと変わっていた。祖母の家の青い屋根など月と星の光だけでは全く見えない上に、家の目の前にある小さな神社の木々はザワザワと大きな音を立てて俺を脅かしてくる。
祖母の家は神社横の林をまっすぐに抜けたらすぐの場所にある。そこを通らないならば、民家のないクネクネとした坂をしばらく降りたところだから余計に怖い気がした。何よりも途中にある赤い前掛けをしたお地蔵さんが記憶に残っていて、こんな夜にその前を通る事はどうしても嫌だった。
そして持ち前の強がりだけであの林を突っ切っていた時、落ち葉に隠された穴に足を取られた。
「大丈夫?」
そう言って仰向けに倒れた俺を覗き込んだのは、髪の毛の長い……。
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