第9話「バカップル」

あと65日

俺は今日、退院することになった。早すぎるって?いやいや完治はしていない。

でも、7週間くらいで治るらしい。俺は左足の腓骨を折ったんだ。

腓骨っていうのはな、脚に2本ある骨のうちの細いほうだ。

しかもな、スパッと切れていたみたいでな。いや、折れていたみたいでな。

「あっ、大丈夫ですね。退院していいっすよ。彼女さんが待ってますしね」

ニヤニヤしながら医者が言ってきた。仕返しに言ってやったさ

「先生は忙しくて、彼女なんて作れませんよね。仕事が彼女ですか?」

ってね。相当苛ついてたね。あれは見ものだった。

でも、もう二度とあの医者にはかかれないな。

緑色のカードが目に入った。これは「臓器提供意思表示カード」だっけ。

一応もらっておこう。

退院すんのやだな。可愛い看護婦さんたちがいっぱいいたのに……。

でも、俺には更に可愛い彼女の花夏さんがいるんだ。

今日も来てくれるそうだ。

入院中は俺の看護をしてくれた。人生初の「あ〜ん」なんて最高だった。

残りの殆どを松葉杖を付きながら過ごさなきゃいけないってのは大変だな。

俺にも、彼女にも……。


松葉杖になってしまったので俺はバイトに行けなくなった。

正社員ではないし、保険にも入ってないから収入はゼロになった。

だから、新たな職業についた。

ネットに学生が載せた、わからない問題を解いて解説をするという内容だ。

教えることは嫌いじゃないし、教えられる人が限られている点から給料が高いので続けていきたいと思っている。


「お待たせ!」

我らの天使の入場だ。いや、僕の!

「ありがとう。本当に」

今日は僕の退院の日なので、荷物と僕を家まで運んでくれるらしい。

「いや、彼女ならば当然です!」

なんか僕の彼女って言うことに慣れてきたみたいだ。

「荷物は特にないよね?」

「あぁ、大丈夫」

「じゃ、帰ろう!」

「えっ!ちょっと待って!」

「?どうしたの?帰りたくない?」

「いやいや違くて。花夏さんが車運転する?」

「そうだよ」

「いや、俺が運転するよ」

花夏さんの運転はとてつもなく怖いのである。

事故らないけど事故りそう。助手席に乗ったら、寿命が縮みそうなくらいである。

本人に自覚がないのが怖いところだ。

「でも、骨折してるのに運転できないでしょ」

忘れてた!でも、左足使わないし……。

「じゃ、今度こそ行こっか!」

俺ってあと65日あるよな。縮まないよな。


あと60日

俺の家に何故か花夏さんがいる。どうしてだろう。

「あのぉ、どうして僕の家の僕の部屋にいらっしゃるのでしょう?」

「新しい曲を書きたいんだけど、恋愛物にしたいから愛を感じ取ってる」

なに言ってんだこの人?

翻訳するとこんなところだろう。

彼女は歌手になったから新たな歌を作りたい。その歌は恋愛物?

つまり愛を伝えるようなものにしたいから、その「愛」を僕から感じ取って歌詞にしようといったところだ。

さすが僕。花夏さんの考えていることはお見通しさ!

「ついでに掃除してあげようと思ったのに、とってもキレイね」

「まぁ、僕は几帳面な方だし。ちなみに、やましい物はなにもないよ」

俺はバイトで稼いだものをほとんど貯金している。

だから、何かを買うなんてことは少ない。

俺はソファに横になった。そうすると、花夏さんが一緒に寝転んできた。

「あ、あのぉ、僕にはちょっと刺激が強いと言いますか……」

きっと僕の顔は茹でダコのように真っ赤だろう。

「私達は恋人なんだよ?こんなの普通だよ」

花夏さんも耳まで真っ赤だ。自分でやってきたくせに!ここは俺が強く出てやる!

ギュッ

俺は花夏さんを両腕でしっかりと抱いて俺に近づけた。やばい、超絶恥ずかしい!

こんなところを客観的に見たら、ただのバカップルだ。

花夏さんも決心したのか僕に顔を近づけてくる。

「花夏さん?ナ、何してるんですか?」

「恋人なら普通にやることよ」

そう言ってまた顔を近づけてくる。

目をつぶって、鼻が当たらないように少し顔を斜めにして……。

潤った唇がなんとも言えない魅惑を持っている。

残り3cm!

そう思った時、花夏さんの体が少しズレた。

人の上に乗ってるんだから安定しなかったのだろう。

ズレたときに彼女の足が僕の左足に乗っかり体重がかかる。

そう!左足に……

「ギャイッツァぁ!」

彼女の体重は重くない。きっと身長163cmにしては軽いほうだ。

49kgあるかないかだ。でも、それでも、俺の足には響いた。

とてもいい雰囲気だったのに。俺の悲鳴が台無しにした。

寝ていた態勢からは予想もできない大ジャンプをした。

花夏さんはキョトンとした後に顔を伏せて、

「あの……キスされるのそんなに嫌だった?」

悲しそうな顔でそんなことを言ってくる。

「ち、違う、違うよ。た、ただ君の脚が僕の左脚に乗っかってきただけだから。

全然嫌じゃないから。キスとかそういうのは……」

「そうだったの。ごめんね」

そういった後、ニコニコし始めた。

「どうしたん?」

左足を押さえながら聞いてみる。

「いや、さっきの仁くん可愛いなって思って」

彼女には敵わない。そう再認識した。

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