第3話 ミンミンゼミは良くてもアブラゼミは無理

 医者の口から出た言葉はこんなものであった。

「君はナルコレプシーだ」

 一瞬何を言っているのかわからなかった。ナルコレプシー?25年間生きてきて一度もそんな言葉を聞いたことはない。医者いわく

ナルコレプシーとは過眠症のひとつで、日中に突然強い眠気が出現して、眠り込んでしまう病気らしい。ナルコレプシーの眠気は強烈で睡眠発作と呼ばれるもので、眠気が襲ってきたことに気づく前に眠り込んでしまうため、居眠りをしたことに本人が気づかないこともあるそうだ。この間突然寝てしまったのはこのせいである。

医者に一番気になっていたことを聞いた。

「ナルコレプシーというものは死に直結するものなんですか?」

 答えはNO。規則正しい生活をしていれば治ることもあるらしい。また、こまめに睡眠を取っておけば突然寝ることもなくなるそうだ。

 俺が死ぬまでの残りの日数は94日。

つまりこれとは別の何かが原因で俺は死ぬのだろう。

 診察が終わり、会計を待っていたら見知った顔が前を通り過ぎた。

「花夏さん、こんなところでどうしたの?具合悪い?」

「えっ!小泉くん!?い、いや別にからだは大丈夫だよ。ただ健康診断をしに来ただけで。そっちこそなんで?」

「なんか、最近気づかないうちに寝ているから診察してもらったら、ナルコレプシーっていうやつだって言われた」

「全く知らないけど、お大事にねー」

最初はあたふたしているというか、オロオロしているかよくわからない仕草をしていたが、話し終えるとスタスタと歩いていってしまった。

 聞き慣れない病名で少し怖かったが花夏さんと少し話しただけで結構気が楽になった。ナルコレプシーなんて普通は全く知らないだろう。僕も初耳だ。

この小説の作者は頭がオカシイのではないだろうか。こんなことを知ってるんだったら勉強しろ!

 この病院は田舎の広い土地にあるせいで、とても大きく色々な設備が整っているので各地から健康診断だけでなく、手術などのために訪れる人もいる。俺らの町で唯一誇れるのはこの病院程度だろう。「小泉さん、小泉仁さん」と会計の人に呼ばれながら今日は花夏さんとは過ごせなさそうだなと思った。


残り90日


 先日の件があってから僕は花夏さんにナルコレプシーについてすべて話した。よく一緒にいるため、いずれ話さないといけないので早いか遅いかだけだろう。

最近は運動を良くする。花夏さんはもともとバドミントン部だったので昨日、バドを一緒にしたらボロ負けした。運動を怠ってきた引きこもりが、歌手を目指し体型維持のために色々な運動をしている花夏さんに勝とうなんて100年早かった。とてつもない量の汗を掻いただけで終わってしまった。

 今日は自転車で近くの森まで行き昼食を一緒に食べたり釣りをしたり、自分ってこんなにアウトドアだっけって思った。バリバリの夏だったのでセミがうるさくアメリカザリガニがうじゃうじゃいた。僕なんて魚よりザリガニのほうが釣れていたと思う。帰りに自転車に乗っている最中にナルコレプシーの症状が出て突然寝てしまい起きたら体の半分が泥まみれになっていた。自転車からころげ落ち田んぼに倒れ込んでいたらしい。花夏さんもドロドロだったのでぼくを助けるのに苦労したようだ。悪いことをしたなと思いつつ、いつもとは雰囲気の違う花夏さんを満喫した。それだけではない。餌の虫に苦戦している花夏さんは実に可愛らしかった。セミやザリガニは素手で触れるのになぜ餌の虫はだめなのだろうか。ちなみに俺はセミは無理です。ミンミンゼミ以外は。

 アルバイトによって会えない日もあったがほとんど一緒に夏を過ごしていた。

あと83日。僕は決心していた。残り70日になったらこの思いを打ち明けようと。

もし拒絶されても、こんなにいい思い出を死ぬ前にくれたのなら構わない。

そんなことを思った日だけはやけにセミが静かな夜だった。

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