幕間 二節 子供部屋のアリス

_____私は泥棒である。

泥棒といえど、金品、宝石、地位その他にはとんと興味が湧かない。

人を襲い、手を染める訳でもない。否、手を染めていることには変わりはないのかもしれない。

私が盗むものは音である。

誰かの中に存在する旋律かもしれない。街中に流れるリズムかもしれない。君が持つ装飾音かもしれない。そこに落ちている楽器の編み出す音の嗜好かもしれない。

いやもしかしたら何も盗んでいないのかもしれない。泥棒といえど、見つけるだけなのも、糾弾することだって出来るのだ。

何もそんな目で見ないで欲しい。現代に存在しうるものは所詮は全て盗用によって成り立っている。聞いている音楽のメロディも楽器の編成もコードも全て過去に出尽くしている。

私達は、盗用を繰り返すことで作品を生み出しているにすぎないのだ。

しかし、盗んだかどうかも情報の一つにしかならない。何よりも価値があることは作品そのものの価値ではなく、君が感じた”美しい”というその感性に何よりも価値がある。

その感性が作品の価値を決める。他者の評価に依存されるのではなく、君自身が決定づけるからこそ価値が生まれる。

_____僕にだってその”美しさ”が分かる筈なのに。

夕陽が沈むさまは綺麗だと君にも分かる筈だ。そんな景色の中でさよならを口にしたくなる。

それが詩だ。

実につまらない。

ただ中身の無い歌を書いている。

私は人を呪うのが心地良いから詩を書いている。そこに美しさなんて無い。

詩を書くのは昔から好んでいた。全てを音に変えられるからだ。

この孤独も、妬みも空白も音にできる。

ただ、どんなに曲を作っても穴は埋まらないのだ。

聞いてる側は実に楽なことだろう。

聞くだけなら努力はいらない。

本を読むだけなら努力はいらない。

聞くだけで、読むだけで、見るだけで自分の穴が埋まった気でいられる。

だから、どんなに中身の無い歌を作っても気づきやしない。

あいつも馬鹿だ、こいつも馬鹿だ。どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。

上っ面の物しか見ていないからだ。

この曲が人気だそうだ、この歌は実に素晴らしい。

たかる烏共はいつもそういう。

本当の価値も、美しさも知らないでそう口にするのだ。

素晴らしいなんて当たり前だ。売れるだなんて当たり前だ。

だって私が盗んだのだから。

_____偽物しかない世界だ。

死に体しにたい曲ばかりだ



少女、ケヴィンは英国生まれ日本育ちのやや特殊な経歴を持つ少女だ。

5つ年上の兄がいるが、父兄はおらず兄に育てられて暮らしてきた。元々は孤児院にいたのだが、そこを出て現在兄に高校に通わせてもらっている……という生活をしている。

趣味は楽曲作り。家では電子機器とにらめっこをしながら音符と詩を日々打ち込んでいた。

ただここ数日、ここ数週間ケヴィンは楽曲作りに悩んでいた。創作をすることに悩んでいた。

何を作ってもオリジナルではなく、誰かの楽曲をメロディーを盗んだものでしかないと思っているのだ。むしろ、盗んだ方が良いものが作れる気がしていた。

それで誰かから称賛されることを醜いと感じ始め、好きなことが出来なくなりつつあった。

今は悩み期の真っ只中だ。

そんな最中に、コンビニからの帰り道で奇怪で異様な雰囲気を纏わせた古本屋の前を通りがかる。

新しい刺激と気を紛らわせるきっかけが欲しかった彼女は恐る恐るその店へと踏み込んでしまった。

踏み込んだ先には、人の形をした自称店主、その何かがようこそと仰々しく歓迎する。ケヴィンは脅えながら困惑しながらも、店主に誘われて行った。


少女は泥棒である。

躊躇いの泥棒である。

今を生きることに躊躇い、胸を張ることを躊躇い、前を見ることを躊躇う泥棒である。

アリスは泥棒である。

不思議の国へせっかく誘われたのだ。

本のひとつやふたつ。みっつやよっつ読んで言ってくれないと店主としては実に困ってしまう。

店主は化け物である。

怪異、魑魅魍魎、それらの集合体である正体不明の何かを知ろうとするなら深淵の底へと引きずり込まれてしまう。そんななにかである。


相容れない存在の2人が、本がどのような結末をもたらすのだろうか。

本の中の人間たちはどのような世界を見せてくれるのだろうか。

アリスよ、アリス。まだ帰らないでおくれ。

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