十三、逢魔が欲しいモノ

 


 翌日。店主とその息子が三人を見送ってくれた。雪が少し積もり、踏めば足跡が付いた。


 次の行き先はそう遠くはない。この雪の状態であれば、昼すぎくらいに玉兎ぎょくとの都に着くだろう。


 そこから姮娥こうがの邸まで辿り着くには夕方くらいだろうか。


 神子みこであることはあえて口にせず、姮娥こうがの一族の公子である黎明れいめいの身分だけは明らかだったので、店主は先に公子に一礼し、それから宵藍しょうらんに一礼した。


「また、ぜひとも近くに寄った際はご利用ください。お待ちしております」


「・・・・ああ。よろしく頼む」


 簡単に別れの挨拶を交わし、店主は最後に逢魔おうまを抱きしめた。逢魔おうまもぎゅっと店主に抱きつく。守ってくれたことに変わりはなく、店主がいなければ生きていなかったかもしれない。


 幼いながらも、逢魔おうまはそれを解っているようだった。


 遠ざかっていく村に、少し寂しそうな表情を浮かべていたが、ふたりの手をきゅっと握りしめる。見下ろしてくる瞳はそれぞれ違う色を浮かべていたが、逢魔おうまにはどちらも輝いて見えた。



****



 玉兎ぎょくとの都は趣があり、周囲は竹林に囲まれている。竹よりもずっと低い建物が多く、全体的に黒を基調とした木材を使用しているせいか、他の色がよく映える。


 冬は雪が降れば白が映え、春や夏は緑が、秋には朱が映える。


 公子である黎明れいめい市井しせいを歩く度に、すれ違う人々が神子みこである宵藍しょうらんを認識し、有り難い存在と言わんばかりに挨拶をしてくると同時に、皆がこちらを二度見する。


 この都で黎明れいめいを知らない者はいない。神子みこ華守はなもりになる前から有名だった。


 幼い頃に都中に広まった噂。姮娥こうがの一族に天賦の才を持つ男児在り。その男児、素手で岩を砕き、五つの時に初めて妖者ようじゃを倒した、と。


 華守はなもりに選ばれた時、皆が当然だと自慢した。その後の遠い地で聞こえてくる活躍は、言うまでもない。だが、どうしたことか。


 神子みこ華守はなもりがふたりでいるのは当然だが、その真ん中に幼子おさなごがいるのだ。


「まさか、あの公子様にお子がっ!?」


神子みこ様とのお子かっ!?」


「いや、神子みこ様は美しくて可憐だが、間違いなく男だぞっ!?」


 こそこそと集まって、民たちはああだこうだと考察する。それくらい、三人は仲睦まじく、親子のように見えたのだ。


 そんな民たちの好奇の目などまったく気にも留めず、三人は市井しせいを見て回っていた。そんな中、ある店の前で足が止まる。


「どうしたの?あれが気になる?」


 ある一点をじっと眺めている逢魔おうまに、宵藍しょうらんは腰を屈めて視線の先を指差す。


 そこには竹でできた縦笛や横笛がいくつも並べてあった。その中のひとつを逢魔おうまは見つめている。


 それは棚の上に飾ってあり、ふたりには届かない。値も高価なので、触れないように高い位置に置いてあるのだ。


「店主、これを」


 黎明れいめいはふたりの間に入り、いとも簡単に高い位置にある横笛を手に取ると、店主に手渡す。


 そして懐から取り出した財嚢ざいのうの中の金をひとつ掴んで支払おうとしたところ、店主が念の為確認してくる。


「公子様がお使いになるのですか?それとも神子みこ様が?」


 上等な黒竹でできたその笛は、先の方に藍色の紐で括られた琥珀の玉飾りがついていて、普通の楽器ではないと一目で判る。


 ふたりは首を振って、それから黎明れいめいの横にいる、四つか五つくらいの幼子おさなごを同時に見る。


 店主は幼子おさなごに持たせるのだと気付き、下の方に並べてある竹笛を手に取って勧めてくる。


「玩具であればこちらもありますが・・・・?」


「いや、これで間違いない」


 はあ、と店主は納得いかないようだったが頭を下げ、最初の横笛と渡された金を交換し、黎明れいめいに手渡す。黎明れいめいはそのまま逢魔おうまにその横笛を与える。


「これは見事な宝具だね。使いこなせるかな?」


 ふふっと笑って、逢魔おうまの肩に両手をそっと置いて訊ねる。店を出ながら、逢魔おうまは黒い横笛に付いた琥珀の玉飾りを満足そうに眺めて、うんと頷いた。


 それから、後に出てきた黎明れいめいにありがとう!と嬉しそうに笛を掲げる。


「・・・・特別だ」


 照れ隠しか、横を向いて黎明れいめいはひと言だけ呟く。それを見上げて宵藍しょうらんはまた笑みを浮かべた。


「優しい公子様、私はあれが欲しいな?逢魔おうまも欲しいって、」


 上目遣いで袖を掴み、あれ、と飴細工を指差して宵藍しょうらんが甘えてくる。無表情のまま、黎明れいめいはふたりに連れられて行く。


 このままでは夕方までに都の外れにある、姮娥こうがの一族の邸に着くのは難しくなる。だが、楽しそうにしているふたりを邪魔することはしなかった。


 運よく雪が降ることはなく、夜になる前に邸に辿り着いた。



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