九、選択



 朝になり、村から一番近い位置にいた術士たちに男を引き渡し、男は姮娥こうがの一族が管理する、罪人を収監する洞に連れて行かれることになった。


 怪異かいいは鎮められ、裁かれるべき者も暴かれた。宵藍しょうらんたちは夜が明ける頃に再び女の墓へ行き、血陣けつじんを清め、本来の墓の状態に戻してやった。


 うっすらと土の上に積もった雪を掃い、供物を供えた。


 黎明れいめい宵藍しょうらんの肩に手を添え、並んで歩く。飛んで行っても良かったのだが、ゆっくり帰ろうと言われたのでそれに従った。少し霞がかった朝焼けに、瞼を細める。


 辺りは肌寒く、宵藍しょうらんの肌が白磁の陶器のように透き通って見えた。


 もう少しで村が見えるだろう距離で足を止めて、翡翠の瞳が見上げてきた。


「相談があるんだけど、」


「・・・あの、幼子おさなごのことか?」


 なんとなく、だが。黎明れいめいは訊ねる。目下、残った問題はひとつだった。あの、金眼の幼子おさなごをこのまま村に置いてはおけない。


「姉上に頼んでみるが・・・・鬼子おにごを一族で保護するのは難しいかもしれない」


 他の一族や術士たちの目もあるし、なにより今まで前例がない。姮娥こうがの一族は代々女宗主で、現宗主は黎明れいめいの六つ上の姉である暁明きょうめいが担っている。


「だからね、私たちが一緒に連れて行くのはどうかな?」


「・・・・・・それは、同意できない」


 神子みこを危険に晒すようなものだ。鬼子おにごは陰の気を引き寄せる。


 つまり、妖者ようじゃ妖鬼ようき妖獣ようじゅうまでも引き寄せるかもしれない。


 いくら自分たちが力を持っていても、万が一ということもある。


「もし、君とあの幼子おさなごのどちらかを救わなくてならなくなったら、君が望まなくても、俺は迷うことなく君を選ぶ」


 そうなれば、やはり傷付くのは宵藍しょうらんなのだ。それに、この旅は幼子おさなごには過酷すぎる。


「・・・・けれど、もう、決めているんだろう?」


 その性格を呆れているわけでも、諦めているわけでもなく。むしろ尊敬している。一度決めてしまったら、もう、どうしたって動かないのだ。


「ごめんね、いつも」


「本当に、いいんだな?俺は一度止めたからな?」


 うん、と宵藍しょうらんは小さく笑った。そこにはどこかほっとしたような表情で、黎明れいめいはもう何も言うまいと心に決めた。


 視界の先に村が見える。吐く息はお互い白く、繋いだ手は冷たかった。


 自分たちが付けた足跡を辿るように、ふたりはゆっくりと再び歩を進めた。



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