第33話

「に、兄さんが朝ご飯を作ってしまったんですか?」

「う、うん」


 そう呆然とした顔で僕に言ってくる。


 もしかして、作っちゃダメだったのだろうか。いつも僕がすると嫌がるからダメだとは思っていたんだけれど、そんなにダメだったのかな......。


「に、兄さんは、どうして朝食を?」

「か、花蓮が......」

「私の事がいらなくなったとかじゃないですよね?」


 そう上目遣いで聞いてくる。目の端に涙を浮かべているのは気のせいだろうか。


 それになんで、花蓮の事がいらないっていう話になるんだ?


「花蓮の事はいるに決まってるでしょ?僕にとって大切な人だから」

「ほんとう?本当そう思ってくれていますか?」

「うん、本当に決まってるでしょ」

 

 不安で揺れている瞳で見つめてくる花蓮をぎゅっと抱きしめて頭を撫でる。


「ごめんね、花蓮。心配させちゃったいみたいだね。でも僕はただ、花蓮に喜んでもらいたかっただけなんだよ?」

「そ、そうなんですか?花蓮がいらなくなったわけではないんですよね」

「うん、当り前だよ。花蓮のことは大事だもん。昨日は球技大会で疲れていたから、僕が作ってあげようと思っただけ」

「じゃ、じゃあ全部花蓮のためを思って作ってくれたんですね?」

「うん、そうだよ。だから、食べてくれると嬉しいなって。あ、でも少し焦げたのはごめん」

「大丈夫ですよ。兄さんが私を思ってしてくれたことを否定できるはずがありません。作ってくれてありがとうございます」


 朝食を食べてもらうために抱きしめていた腕を緩めると、不満そうな顔になって逆にぎゅっと抱きしめてくる。


「もう少しこのままで。私を心配させた罰です」

「分かった」

「ちゃんと撫でてくださいね」

「うん」


 花蓮を抱きしめながら、撫でること数十分。


 流石に朝ご飯を食べたいくなり、花蓮の事を離すと不満な顔をされたけれど「まぁいいです」とそういって席に着く。


「あの、さ。あんまり美味しくはないかもしれないからごめん」

「大丈夫です。絶対に美味しいですから。いただきます」


 花蓮がベーコンエッグを一口食べる。


 もぐもぐと咀嚼して、ゴクリと飲み込む。


 何故か頬が赤い気がする。


「大変美味しいです。絶品ですね」

「そ、そんなわけないだろ。焦げちゃったし、それに簡単なものだし」

「違います。兄さんが作ってくれたからこんなにも美味しいんです」

 

 もう一口食べて味わうように咀嚼する。


「ですが、こんな大変美味しい料理を作ってくれる兄さんには申し訳ありませんが、やはり私は兄さんに作りたいんです」

「そ、そっか」

「もし私がまた寝てしまっていたら起こしてでも私に作らせてください」

「そ、それは......」

「いいですね?絶対です。もちろん他の家事についても同じです」

「は、はい」

「よろしいです」


 そう言ってまたゆっくりと口の中で嬲るように咀嚼していく花蓮。


 もう、僕は家事をしない方がいいのかもしれない。


 一人暮らしをするまで。

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