Episode032:一輪の華



 詩音、奏多、青藍の3人は黒い仮面の男と対峙していた。

 奏多を前衛、詩音を中衛に配し、青藍が後方よりサポートする。

 朝陽とさえ渡り合える手堅い陣形である。



「〈スキル:技能強化〉」

「〈スキル:破弓〉」

「〈スキル:爆剣〉」



 青藍によって底上げされた2人のスキルが仮面の男を襲う。

 しかし──。



「おっとっと、危ないわ」



 男は造作もなく全ての攻撃を躱す。



「チッ」



 舌を打つ奏多は、地を蹴って追撃を図る。

 されど、当たらない。

 掠りもしない。



「大雑把やなあ……。それじゃあ、ワイには当たらんで」

「グハッ!!」



 奏多の身体が宙を舞う。

 振り上げた男の足の爪先が、奏多の顎を蹴り上げたのだ。

 そして男は、タアンと地を踏み締める。



「〈スキル:無突き《ムツキ》〉」



 浮き上がる奏多の腹部めがけ放たれる拳。

 しかしそれは、奏多の身体に触れる寸前で止まった。


 ──否、止まったのではなく、止めたのだ。


 一拍遅れて、後方へと吹き飛ばされる奏多。



「ガッハッ!!」



 強く地面へと叩き付けられた奏多の肺から無理矢理空気が吐き出される。



(やべぇ……上手く息が出来ねえ……)



 恐らく、骨が折れている。

 あるいは内臓を損傷したかも知れない。


 朦朧とする意識の中、奏多はされど立ち上がった。



「アンタ、大丈夫なの!?」



 後方から詩音の声が飛ばされた。


 大丈夫なわけがない。

 立っているのがやっとだ。

 だが、奏多はサムズアップして答える。



「ヨ、ヨユーだっつーの」



 強がりであることは誰の目にも明らかだ。

 無理があるのは自分でも分かっている。

 しかし、そうでも言わなければ今にも卒倒してしまいそうなのだ。

 それは、自身を鼓舞する為の言葉でもあった。

 詩音もそれを悟ったのか口を閉ざす。



「無理になったら下がりなさいよね」

「わーってるよ」



 とは言うものの、下がるつもりは微塵もなかった。

 詩音にしても青藍にしても、近接戦が出来なくはないが、アレが相手では正直厳しい。

 時間稼ぎさえも危うい。


 そもそも、青藍ならまだしも詩音を前に出しては全てが無駄になってしまうのだ。

 彼女には、彼女の役目がある。

 自分が下がるわけにはいかない。



「オラァ!!」



 双剣を両手に駆けた奏多は、力の限り腕を振るう。

 当たらずとも、何度も何度も。

 それが無謀であると知りながら、奏多が止まることはなかった。

 それが、自身に出来る唯一のことであったからだ。



「アンタ、よう動くなあ。ワイの〈スキル:無突き〉喰らってそんだけ動けるんも大したもんやわ」



 せやけど、と紡ぎ。



「コレはどないやろか。──〈スキル:雨突き《ウヅキ》〉」



 降り注ぐ雨の如き無数の打撃が、ほぼ同時に奏多へと打ち込まれる。

 1撃1撃はさほど重くはない。

 威力でいえば〈スキル:無突き〉の方が格段に上だろう。

 だが、それが1度に数百ともなれば話は別だ。


 いくつかの打撃を防いだものの全てを対処することは出来ず、奏多は大きく弧を描いて空を仰いだ。

 自分では、一体どれだけ吹き飛ばされたのかも分からない。



(ここまでか……)



 最早、立ち上がる力は残っていなかった。


 やはり、自分はまだ弱い。

 どれだけ鍛錬を重ねようと、それが事実だ。

 現実だ。

 朝陽や大和には遠く及ばない。

 それこそ、天と地の差だろう。

 この男にしてもそうだ。

 何度やっても勝てる気がしない。


 しかし、自分にはこの男にはないものがある。


 仲間だ。

 足りない部分を補って余りある仲間。


 1人で勝てないのなら、皆で戦えばいい。

 自分達はずっと、3人で戦っていたのだ。


 吹き飛ばされたのはかえって好都合だ。

 これで、巻き添えを喰らわずに済む。



「──決めろ、詩音」



 薄れゆく意識の中、奏多は反転する視界に弓を引く詩音の姿を捉えた。

 足下には、淡く光る円環の幾何学模様が。



「任せなさい。──〈中級魔法混合スキル:雷華破弓〉」



 詩音が放った黒き矢は、華の如く咲き乱れる雷を迸しらせ虚空を駆ける。


 詩音には魔法の才能があった。

 魔法そのものの才能もそうだが、それとは別に、こと魔法においては類稀な才を持つ大和にさえない才能を持っていた。


 ──それは、魔法とスキルを掛け合わせるという才能。

 これは、大和にも扱えない技術だ。


 しかし、まだ発展途上にある詩音では構築までに時間がかかる。

 それ故に奏多は、無謀と知りながらもがむしゃらに剣を振るったのだ。

 奏多が稼いだ時間は、ここに実を結んだのである。


 だが、それだけでは終わらない。



「〈スキル:能力強化〉」



 青藍のスキルが〈中級魔法混合スキル:雷華破弓〉の威力を底上げし、更に加速させる。



「これは……アカンやろ……」



 男は仮面の下で思わず苦笑いを浮かべた。

 これはマズイ。

 これを喰らえばタダでは済まない。


 だが、躱せない。

 偶然か否か。

 男の身体は〈スキル:雨突き〉による反動で、反応が鈍くなっていた。

 視覚で理解出来ても、身体がついて来ないのだ。

 これでは、躱すことはおろか防御さえ間に合わない。


 全身から冷や汗が吹き出る。


 轟音と共に、高く空へと駆けた雷が暗雲を突き破る。

 その様はまるで、戦場に咲く一輪の華。

 本来落ちるはずの雷が昇るという異様な光景に、戦場の全ての人間が釘付けとなった。



 ──果たして、男は消え去っていた。

 塵のひとつも残すことなく。


 これでは生死の判断が付けられないが、おそらくは死んだのだろうと詩音は思った。

 アレには、それだけの威力がある。

 青藍も同意見だ。



「指揮官は討ち取ったわよ!!」



 詩音の声が高らかに響き渡る。


 これを皮切りに、【残忍な道化】は次々と戦線を離脱していった。

 敗北を悟ったのだ。



(大和、無事でいなさいよね。今行くから……)



 こうして、【残忍な道化】との戦いは幕を下ろしただった。





「──いやー、ホンマに焦ったわ。助かったで、エリー」



 一方、男はエリーの背に揺られていた。

 間一髪の所で彼女が男を救ったのだ。


 衝突の刹那。

〈スキル:操糸〉を使い、無理矢理に男を引き寄せたのだ。

 エリーの撤退が僅かでも遅ければ、直撃は免れなかっただろう。


 しかし無傷というわけではない。

 装備は全壊し、仮面も下半分が割れている。

 右腕もあらぬ方向へと曲がっていた。



「本当ですよ。ワタシが来なければどうなっていたことやら」



 エリーはそう言って肩を竦めた。



「いやはやホンマに参ったわ。危うく死ぬとこやったで」

「遊び過ぎなんですよ。アナタが本気を出せば、彼等程度に負けるなんてことないでしょうに。これでは、依頼失敗ですよ」



 どうするんですかと責め立てるエリーに、男は飄々と答える。



「どうするもこうするもトンズラしかないやろ。一刻ちゃん怒らせたら、ワイかてどうにもならんで」

「それなら初めから真面目にやってもらえませんかね!?」

「そりゃあ無理な相談やわ。ワイは不真面目日本代表やさかいな」

「そんなのねえよ。シバくぞ」

「口調崩れとるで? あと、関西弁でシバくはお茶するって意味やけど……って、ちょっ、ちょっと待ってやエリーさん? なんで持ち上げてるんです?」



 気付くとエリーの足は止まっていた。



「すみません、隊長。手が滑ります」

「それもうわざとや──おっふ、いったあああッッッ!!」



 地面をのたうち回る男を放置して、エリーは近場の瓦礫へと腰掛けた。

 ここはもう戦場からは随分離れいる。

 疲れた。

 少し休もう。



「そういえば……」



 ふと思い出すのは、戦いが始まる直前に隊に加えて欲しいとやって来た謎の男。

 本来、身元不明の男を加入させることはありえないが、男は報酬として多額のポイントを渡してきたのだ。


 ポイントさえ積めばどんな依頼でも引き受けるのが【残忍な道化】の信条である。

 一時的に加入するだけでも構わないというのもあって、彼女達は男の頼みを依頼として引き受けた。

 しかし、今にして思えば彼の目的も分からない。



(まあ、どうでもいいですね……)



 ポイントさえもらえれば後はどうでもいい。

 そんなことよりも、さしあたって問題なのは一刻からの依頼だ。

 最悪は【悪魔達の宴】と事を構えることになる。

 それは避けたい所であった。



「はあ、いっそ負けてくれませんかね」



 上客を失うのは手痛いが、戦うことになるよりはマシだ。

 依頼主の敗北を願いつつ、未だのたうち回る自身の隊長を一瞥してもう一度溜め息を零すエリーなのであった。



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