Episode028:傭兵団



 特攻隊である俺達は敵の本拠地であるヴァルハラを前に急襲を受けていた。

 だが敵は【悪魔達の宴】ではない。

 纏う装備に刻まれた紋章を俺は知らないのだ。

 少なくとも、【悪魔達の宴】のものでないのは確かだった。

 というか、全員がピエロの面をつけていた。



「こいつらなんなんだ!?」



 俺は迫り来る敵を押し退けつつ、並走する奏多に問い掛ける。



「多分、こいつら【残忍な道化】だな」

「【残忍な道化】……?」

「ああ」



 ──なんでも、【残忍な道化】という集団はポイントさえ積めばどんな依頼でも引き受ける傭兵団らしい。

 人数は少ないが、実力は折り紙付き。

 ただし、ユニオンではない。

 それ故に誰が所属しているのかは一切不明。

 正体不明の集団。

 それが【残忍な道化】の正体であった。

 玉響にでも雇われたのだろう。

 奏多はそう言った。



「なるほど」



 そう来たか。

 ここまでの道程にも敵はいたが、どいつもこいつも雑魚ばかり。

 妙に守りが薄いと思っていたが、こいつらを雇っていたからなのだろう。



「まあ、ロクな連中じゃねえのは確かだぜ」

「だろうな」



 でなければ、【悪魔達の宴】に加担するはずがない。


【残忍な道化】の人数は1500人程。

 数的優位はこちらにあるが、戦力に差は感じられなかった。

 個々の能力が高いのだろう。

 突破には時間が掛かりそうだ。

 逸る気持ちはあれど、ここは慎重に各個撃破が望ましい。

 急いては事を仕損じる。


 その時、強烈な殺気を感じて、俺は背後に剣を振るった。

 甲高い音が鳴る。

 俺の剣を止めていたのは、鋭い鉤爪であった。

 何者かは分からないが、それなりの実力者と見て間違いないだろう。



「ふむ。やはりか」



 おもむろに発したその声は、低い男のものであった。

 何がやはりなのか。

 多少気にはなるものの、俺は構わず剣を振るう。

 だが、またしても男の鉤爪によって止められた。

 強いな。

 竜崎よりも遥かに強い。

 続け様に剣を振るおうとするも、後方に跳んだ男が制するように手を前に出した。



「待て。我々はお前と戦う意思はない」

「ん?」

「依頼人がお前との戦いをご所望でな。お前には手を出さないように言われているのだよ」

「依頼人って、玉響一刻か?」

「ああ」

「なら、お前等全員退いてくれよ」

「それは出来ない相談だ。ここを通していいのはお前だけだからな」

「それなら俺も出来ない相談だ。悪いが仲間をここに残していくつもりはない」

「交渉決裂、か……」



 だが、と継いで。



「──竜胆暁斗の身に危険が迫っていると聞いても同じことが言えるかな?」



 刹那。

 俺は男との距離を一瞬で踏み潰して、男の首筋へと刃を添えた。

 触れてはいない。

 けれども少しでも力を込めれば、いつでも命を刈り取れる。

 そんな距離だ。

 しかし、男は動揺した様子もなく肩を竦めた。



「流石だな。見えなかったよ」

「説明しろよ。なんでお前がその名を口にする?」

「簡単なことだ。依頼人からそう告ろと言われていたまでのこと。親子なのだろう? お前達は」

「何故それを知っている」



 俺の問い掛けに、男は首を傾げた。



「さてな? 我々には分かりかねる。ただ、そう言えばお前は必ず動くと玉響は言っていたよ」

「それで、その玉響はどこにいるんだよ?」

「知らん。が、強いて言うのならヴァルハラのどこか、だろうな」

「そうか。なら、もうお前に用はない」



 ──死ね。



 思い切り振り抜いた刃は、男の首を刎ねる。

 しかし、斬った感覚が人のそれではない。

 血が出ることもない。

 断面には配線が敷き詰められていた。

 つまるところ──



「斬っても無駄だ。これは、俺の本体ではない」



 ──男はロボットだったのだ。



「らしいな」



 今の今まで人間だと信じて疑わなかった。

 それほどこのロボットは精巧なのだ。

 動きにぎこちなさを感じない。

 声だって、仮面で少しくぐもっていたが、肉声に聞こえた。

 しかし、それならば刃を添えられても動じなかったのも頷ける。


 何かしらのスキルだろう。

 だが、俺の知らないスキルだ。

 あるいはユニークかも知れない。



「俺の役目は果たされた。さらばだ青年よ、またどこかで会おう」



 その言葉を最期に、転がる首の双眸から光が消えた。

 本体を見つけ出してぶっ飛ばしたい気持ちは山々だが、今はそれどころじゃなかった。

 道化の男の言葉を信じるなら。



「父さんが危ない……」



 しかも、ようやく見付けた手掛りだ。

 今すぐにでも飛び出したかった。

 多分、俺1人ならここを突破するのは難しくない。

 だが……ここには仲間がいる。

 彼等を置き去りにすることは出来ない。


 まただ。

 また俺は迷っている。

 いつかのおっちゃんは言っていた。

 たまには直感で動いてみろよ、って。

 直感に従うなら行くべきなのだろう。

 あの男の言葉は事実であると思えてならない。

 だけど──。



「大和!! なにぼーっとしてやがんだ!!」



 奏多の声でハッとする。

 そうだ。

 ここは戦場だった。

 考え事をしている場合じゃない。


 少し下がれと半ば強引に後方へと引きづられた俺は、頭を掻きながら奏多へと詫び入る。



「悪い」

「お前……なんかあったのか?」



 奏多は怪訝に眉を顰めた。

 戦場でぼうっとしていれば、訝しまれても無理はない。



「父さんが見付かったかも知れない」

「マジか!?」

「マジだ」

「なら、早く行けよ。お前1人なら突破出来るっしょ?」



 迷うことなく、奏多はそう言った。

 分かっていた。

 こいつはそういうやつだ。

 だけど。



「俺は、お前等を置いては行けねえよ」



 俺は小さく笑った。


 皆を守ると約束したのだから。

 俺の勝手な都合で無責任に放り出すことなんて出来やしない。



「お前……」



 苦い顔で呟く奏多に「さっ、戻ろうぜ」と踵を返す。

 すると。



「大和」



 不意に名前を呼ばれて肩越しに振り返る。



「ん?」

「歯、食いしばれよ」



 それは、渾身の右ストレートだった。

 奏多の拳が俺の頬を打つ。



「〜〜〜〜ッッ!? いってえええ!! 何しやがんだ!?」

「やったのお前だろうが!!」



 なんでやった方が痛がってんだよ。



「格好つけたかったのに、台無しじゃねえか!!」

「知るか!!」



 ふざけてないで戻るぞと身を翻した俺の肩を、奏多が掴む。



「待てよ」

「なんだよ……」



 振り返ると、奏多は顔を俯かせて肩を震わせいた。



「俺は……俺達はそんなに頼りにならねえか? 足でまといなのか?」

「そんなことは──」



 ──果たして、ないと言い切れるだろうか。

 いや、決してそう思ってるわけじゃない。

 だけど、俺の言動や行動は足でまといだと言っているようなものではないだろうか。

 そう思うと、言葉に詰まってしまった。



「ふっざけんじゃねえ!!」



 俺の胸ぐらを掴んで叫ぶ奏多。



「俺はな、お前の足でまといにゃなりたくねえんだよ!! 力になりてえんだ!!」



 だから、と継いで。



「行けよ、大和」

「奏多……」



 鋭くも、柔らかい視線が俺を見据える。



「そうよ」



 唐突に声がして視線を滑らせると、そこには銀髪少女の姿があった。



「さっさと玉響一刻をぶっ飛ばしてきなさい」

「詩音……」

「大和君、ここは私達に任せて」



 青藍まで……。


 フッ、と胸ぐらを掴んでいた手が緩む。



「ありがとう、皆。俺行くわ」



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