Episode020:御守り
第1部隊の一同が乗る車は先頭を走っていた。
度々モンスターが現れるが、全て轢き殺すか躱すかして止まることなく突き進んでいる。
丈夫な装甲の車だからこそ出来る荒業だ。
小物に足踏みをしている余裕はない。
狙いはあくまでも竜なのだ。
もっとも、大抵のモンスターはその奇っ怪な鉄の塊に恐れをなして逃げ出すのだけれど。
後部座席は囲うようになっていて、後ろから朝陽、昴、詩音、陸、奏多という席順になっている。
運転しているのは青藍だった。
悪路を走行することを想定して造られた車両は、軍用車をモチーフにしている為車体は大きく無骨なデザインをしている。
理知的な青藍にはあまり似つかわしくなく、青藍自身もあまり好みではないのだが、この中で最も運転が上手いが故に半ば強引に運転席へと座らされていた。
(普通、こういうのは交代制じゃないかしら……)
エンジンに魔力を供給している昴と朝陽はまだしも、ただ車に揺られているだけのその他3人は代わる素振りくらい見せて欲しいものだ。
代わらないにしても、せめて助手席でサポートするとか。
しかし3人にそんなつもりは毛頭なく、挙句には3人でババ抜きをやり始める始末だ。
(せめて……せめてもう少し緊張感を持ってもらいたいものね……)
これから竜討伐に行くというのにこれだ。
彼等は緊張という言葉を知らないのだろうか。
青藍は内心で溜め息を吐く。
(まあ、3人の能天気さに救われることもあるのだけれど……)
厳しい状況の中でも、普段と変わりないあの3人を見ているとどうにかなるのではないかと思わされる。
今だってそうだ。
息が詰まるような空気にならずにすんでいるのは、彼等がいつも通りだからという理由もある。
だからあまり怒る気にもならない。
「オッシャア!! 残念だったな詩音!! カッカッカッ!!」
「ぐぬぬっ……」
「次は大貧民でもやろうか?」
「はあ? 大富豪だろ?」
「どっちでもいいわよ! 早く次やるわよ!」
──まあ、それにしても少しは自重しろよと思う青藍であった。
魔力を原動力としたこの車両には、常に多量の魔力を供給し続けなければならない。
その為、6人の中で突出して魔力量の多い朝陽と昴の両名が交代で魔力の供給を担っていた。
2人で交代しながらであれば、休憩を挟まずとも止まらずに進むことが出来る。
本来ならば運転をしていない3人も交代で供給をすべきなのだが……。
陸、奏多、詩音の3名では供給したとしてもすぐに魔力が枯渇してしまう。
3人の魔力量はまだ少ないのだ。
竜との戦闘を控えていることを考慮すると、3人は温存しておく必要があった。
「昴、さっきは大和に何を渡されたんだい?」
肘置きのところに設置された供給部に魔力を流しながら朝陽が問う。
「ん? ああ……さっきのか。……これだよ」
懐から取り出したのは、金の文字で"守"という刺繍がされた赤い巾着。
サイズは小さく、飴玉の1つでも入れたらいっぱいになってしまいそうだ。
中には何か詰め込まれているようで、パンパンに膨らんでいる。
「御守り……?」
「多分な」
クスッと朝陽が笑みを零す。
「御守りなんて、大和も意外と可愛い所があるじゃないか」
「そうだな。らしくないことをする」
本人は隠しているつもりなのだろうが、喜んでいるのがダダ漏れだと朝陽は思う。
想い人から贈り物をされたのだから無理もないが。
「というかあいつ、目立つのが苦手なクセにどうしてあんなに注目を浴びるようなことをするんだ。めちゃくちゃ恥ずかしかったぞ!」
お守りを懐に戻した昴は、観衆の前で名前を叫ばれたことを思い出して頬を赤らめる。
「まあ、大和は注目されてるの気付いてなかったみたいだからね」
「あいつは昔から鈍感過ぎる」
「変な所は鋭いんだけどね。あれじゃあまるで恋人同士の別れだよ」
「まったくだ」
と、昴はペットボトルのお茶を呷り。
「──ゴフオオオッッッゴホッゴホッ、こ、こい、こい、恋人だと!?」
「いや、動揺しすぎだから」
「お前が急にこ、恋人なんて言うからだろ……」
昴の声は上擦っていた。
普段は実年齢よりも大人びているのに、どうして色恋になるとこうまで幼退化してしまうのだろうか。
今どき、小学生だってここまで動揺しない。
この様子だと、彼女の恋が発展することは当分なさそうだと朝陽は内心で独りごちる。
「なになに? なんの話し?」
割って入ったのは詩音だった。
先程までトランプで盛り上がっていたはずだが、いつの間にか抜けていたらしい。
今は、陸と奏多でポーカーをやっているようだ。
「トランプはもういいのかい?」
「いいのよ、あいつらとやってもちっとも面白くないから」
どこかすげない態度の詩音に、負け続けて臍を曲げたのだろうなと朝陽は苦笑いを浮かべた。
そして、もうしばらくすると今度は陸にコテンパンにされた奏多が臍を曲げるまで読める。
いつものパターンだ。
「それで、2人でなんの話してたのよ?」
「これの話だ」
ぷらんっ、ともう1度懐から取り出した御守りを摘んで見せる昴。
「なにそれ?」
「御守りだよ。昴が大和から貰ったんだ」
朝陽が言ったその刹那。
「──…………はっ? なにそれアタシ知らないんだけど?」
詩音から途轍もない殺気が放たれる。
(おっと、これはもしかして地雷だったかな……?)
子供の頃から、詩音が大和に対して特別な感情を抱いていたのは知っている。
誰が見ても分かる程、他の男子とは大和への対応が違った。
ただそれは、恋心などではなかったはずだ。
もっと憧れや尊敬に近いものだった。
それがいつの間にこんな過激な嫉妬を抱くまでになってしまったのか。
ちらりと昴を一瞥すると、彼女も彼女で困ったように笑っていた。
まさか、こんなことになるとは思っていなかったようだ。
「……ねえ、2人とも聞いてるの?」
剣呑な目付きの詩音に、2人は大袈裟に首を振る。
「も、もちろん聞いてるぞ。なあ、朝陽」
「う、うん。もちろん」
「じゃあ説明して。どうして昴だけがあいつから御守りなんて貰ってるのかしら?」
「……」
「……」
2人は答えに窮する。
((そんなの本人に訊いてくれ……))
とは思うものの、それで納得する詩音ではないだろう。
どうしたものかと思い悩み、朝陽はふと丁度いい言い訳を思い付いた。
「あー、アレだよ。これは皆にって意味の御守りだから、昴が渡されたのは偶然さ」
「……皆に?」
「そう、皆に」
「……本当?」
昴もこれ幸いと首を大きく縦に振る。
「なーんだ。そうならそうと早く言ってよっ!」
ふっと殺気が緩み、いつもの詩音に戻る。
どうやら納得してくれたらしい。
2人は安堵した様子で短く息を吐く。
それと同時に、詩音と対峙するモンスターはいつもあんな殺気に当てられているのかと思うと少しだけ憐れに思えた。
しかし、事件はそれで終わらない。
「なら、これはわたしが持っておくわね」
詩音はそう言って、昴から御守りを奪ってしまったのだ。
「なっ!? おい、ふざけるなよ詩音。返せ」
これには流石の昴もご立腹だった。
先程は誤魔化す為に皆のと言ったが、実際は昴に渡された物だ。
声を荒らげて奪い返そうと手を伸ばす。
が──。
「嫌よ。皆のってことなら別にアタシが持っててもいいじゃない」
詩音は頑として返そうとしない。
「ふざけるな。これは私が渡されたものなのだから私が持つべきだろう!」
「そんなの誰が決めたのよ!」
「ちょ、2人とも……」
朝陽が空いている方の手で割って入るが、2人が止まる気配はない。
せめて両手が使えればと思うが、左手は供給部に触れていなければならない為使うことが出来ない。
このままでは、取っ組み合いに発展しそうな勢いだ。
(だ、誰か助けてくれ……)
朝陽は陸と奏多の方を一瞥するが、2人はニヤニヤとしているだけで助けてくれるつもりは微塵もなさそうだった。
(ア、アイツら……)
──と。
キイイイッッッ!!
車が急停車する。
振り返った青藍は、まるで鬼の様な形相をしていた。
「あなた達、いい加減にしなさああああいッッッ!!」
車内に響き渡る青藍の怒号。
そこで2人はようやく我に返る。
「あのね! 忘れてるかも知れないけれど、私達はこれから戦いに行くのよ!? あなた達がここで揉めてどうするの!?」
「う、すまない」
「……ごめんなさい」
「違うでしょ。私に謝ってどうするの?」
青藍に諭された2人は互いに見合せて頭を下げた。
「すまない。少々熱くなりすぎたよ」
「アタシの方こそごめん。これは返すね」
「あ、ああ……」
詩音が巾着を返すのを見た青藍は満足気に頷いて、前へと向き直る。
「喧嘩がしたいなら帰ってから好きなだけやりなさいな」
フンスッと鼻を鳴らす青藍の言葉に、朝陽は微笑する。
「そうだね。その為にも、まずは勝って帰らないと」
──全員無事に、ね。
全員が力強く頷いた。
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