プリンス

「殺された被害者、家族はみんな普通の家庭だったって知ってたか?」


僕は、首を横にふった。


「朝も言ったけどな。プリンスは、ウジのはった死骸を食って生きてたんだ。ガスも電気も水道も、逮捕された時には止まってた。両親の姿もなかったって話だ。犯行に及ぶ頃には、もうプリンスは一人だった。わずかな食料で命を繋いでた。殺された被害者の財布から金を取って食い物も買っていたらしい。」


工藤さんは、煙草を灰皿に押し当てた。


「それでも…」


「わかってる。」


工藤さんは、また煙草に火をつける。


「いくら悲惨な境遇だって、人を殺していい理由になんかなんねーよな。でもよ。何人もの大人と法律ってやつが、プリンスを許したんだよ。なぁ、一季君よ。」


「はい」


「今のプリンスに会ったら、一季君はどうする?」


「殺したいです」


僕は、拳を握りしめた。


「だけど、殺すなよ」


工藤さんは、煙草を消した。


「何でですか?」


「同じになっちまうなんて、ありきたりな台詞は言わねーよ。一季君が、どんだけ真っ暗闇にいるかわかってる。私だって、被害者遺族だ。」


「えっ?」


南沢凛子みなみさわりんこ、妹の娘だった。」


「そうだったんですね」


「ああ、小さな頃から可愛い可愛い姪っ子だったよ。あの子の亡骸を見た時は、刑事なんか辞めたかったよ。強姦されていたのは、すぐにわかった。身体中は、拭かれていたが体液が付着していた痕跡はあった。一季君と同じだ。私も、見るなと心の中で叫んでいたよ」


「工藤さん」


僕は、工藤さんの言葉に泣いていた。


「体液から犯人をなかなか特定できずにいた。死亡した容疑者は、蓮沼李光人はすぬまりひと当時【25歳】だった。蓮沼は、犯罪なんかとは無縁の絵にいたようないい子ちゃんだった。だから、蓮沼の犯行だって誰も思わなかった。捜査線上にも、あがってこなかったからな」


「プリンスは、それをわかっていて、蓮沼を利用したんですか?」


「さあな?蓮沼が、どこでプリンスを見つけたのか?プリンスが、蓮沼をどこで見つけたのか?いまだにわかっていない」


日下部君は、眉間に皺を寄せていた。


「どうした?」


「いやー。蓮沼が、飛び降りてその場で死亡したわけですよね?」


「そうだな」


「それなら、誰がプリンスに一皿を渡したのかなって」


その言葉に、工藤さんが目を見開いた。


「どうしたんですか?」


「あの日、一季君を見にプリンスが直接いたって事か?」


「そんなわけありませんよ」


日下部君は、僕の言葉に言った。


「あの日、一季さんは冷静でしたか?犯人の後ろに誰か居たとしたら気づいていましたか?」


「えっ?」


「一季君、あの日を思い出せるか?ハッキリと…」


日下部君と工藤さんに、言われても僕は、あの日をハッキリと思い出せなかった。


思い出そうとすると、美代の死体が浮かぶだけだった。


「やはり、思い出せないんだな」


「すみません」


「人間の脳なんて、そんなもんですよ。」


「まあ、プリンスに会うことなんかないわけだから…。何を考えていたか、あの日いたのか、なんてわからないよな」


工藤さんは、頭を掻いて立ち上がった。


「じゃあ、晩飯食ってけよ」


「はい」


工藤さんは、厨房に行った。


「日下部君」


「はい」


「プリンスの写真を手に入れる事は、出来ないだろうか?」


「どうでしょうか、調べてみます。でも、手に入れてどうするんですか?」


「わからない。ただ、終わりにしたいだけだよ」 


僕は、日下部君に笑った。


もし、何かあったら僕を工藤さんが殺してくれる。


「ほらよ」


工藤さんは、ビールと焼き鳥を持ってきてくれた。


血まみれの遺体が頭に残ってるくせに、肉料理を食べれる自分の神経を疑ってしまうのだ。


「いただきます」


日下部君と乾杯をして飲んだ。


未成年ってだけで、プリンスはこの世界のどこかで生きてるんだ。


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