大和の彼女


「兄ちゃん、遅いから」


「ごめん」


「お兄さん、初めまして。遠藤紗奈えんどうさなです」


「初めまして」


「関西弁で、ええのに」


「ホンマに!じゃあ、そうさせてもらう」


そう言って、紗奈さんは笑った。


「はい、どうぞ。軽めにしないとね。明日、結婚式だから」


「ありがとうございます。」


母さんは、魚を持ってきた。


「いやー。いっちゃんより先に大和が行くとはなぁー。」


「お父さんは、いっちゃんに任せっきりだったからでしょ」


「あー。そやな。中学生のいっちゃんに、父親変わりさせすぎてたね。」


父さんは、ゆっくり話す人だった。


「ごめんよ。いっちゃん」


「いや、僕は、別に」


「いっちゃんは、お母さんとずっと一緒にいたらいいの」


「なんでや?俺には、はよ、孫見せーゆうてたやんけ」


「いっちゃんは、すっごい傷ついたの。だから、恋愛なんかいいの」


母さんは、俺の前にビールを置いた。


「ありがとう」


母さんは、僕の悲しみを知っていた。


だから、いつもいっちゃんは恋愛なんかしなくていいと言った。


みんなで、ご飯を食べ終わった。


「じゃあ、大和の彼女を送ってくるからね」


そう言って、お父さんと大和は、大和の彼女を送っていった。


「いっちゃん、片付け手伝って」


「うん」


僕は、お皿を下げる。


「母さん」


「いっちゃん、美代みよちゃんが亡くなって、もう10年だっけ?」


「ああ、そうだね」


母さんが、洗った皿を僕は乾いた布で拭いていく。


「いっちゃんは、付き合えないって言ったのよね?美代ちゃんに」


「うん」


「中学三年生の時だから、15歳の時よね」


「うん」


「でも、美代ちゃんは、嫌だって言ったのよね」


「うん」


「いっちゃんは、女児殺害事件覚えてる?」


「全然」


「そうよね。お母さんが、いっちゃんに教えないようにしたから」


「そっか」


「大和には、言ったのよ。子供ばっかり狙われてたから…。お母さん、いっちゃんがあの女の子を好きだって知らなかったから…。ごめんね。知ってたら、お葬式に行ったのにね」


「別に、いいよ。気にしてないから」


「嘘つかない」


母さんは、僕の顔をジッーと見つめる。


「何?」


「美代ちゃんが、亡くなった日にいっちゃんが言った言葉覚えてる?」


「さあね」


「みんな、僕の前から消えていくって言ってたよ」


「そっか」


僕は、お皿を拭き終わった。


「お母さんね、いっちゃんは結婚しなくてもいいって思ってるからね」


「いつか、するから」


「気になるなら、調べてみたら?」


「何を?」


母さんは、引き出しを開けた。


「これだよ」


それは、新聞の切り抜きだった。


「これ、何?」


「いっちゃんが、好きやった女の子の記事でしょ?」


「相原夢子…。そうだね」


「気になるなら、調べてごらんよ。納得いくまで」


「母さん」


「じゃないと、いっちゃんは前に進めない。ねっ?」


母さんに言われて僕は、その記事を持って二階に上がった。


僕は、アルバムを持ってきて眺める。


単身赴任が多い父は、決まって夏にだけ帰ってきていた。


14歳の夏に帰ってきた父が、8月8日の僕の誕生日に何か欲しい物はないかと聞いた。


当時、彼女と出会っていた僕は、父にカメラが欲しいと頼んだのだ。


父は、中古の一眼レフを買ってくれて、何故か大和もトイカメラを買ってもらった。


二ヶ月後、僕のカメラを大和は壊した。


「兄ちゃん、ごめん」


「もういいよ」


「これ、あげるから、許して」


わざとじゃないのは、わかっていたのに許せなかった。


僕は、大和のトイカメラをもらった。


どんな事をしたら、シャッターボタンを押せなくなるのか大和に聞いたけど、わからないの一点張りだった。


父は、新しいものを次の夏に買ってあげると言ったけれど、もうその夏には必要なかった僕は、断ったのだった。


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